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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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第11話 鎌倉遠足

 いつもより少し早く目が覚めた。窓のカーテンを開けると、昨日の夜に天気予報で見た通り雲ひとつない青空。


 ほんとに晴れてよかった……!って小さく声が漏れる。


 昨日はみんな教室でお菓子の話とかしおりのページに落書きするくらい盛り上がってたっけ。


 あたしはずっと笑ってばかりだったのにベッドに入るとなんだか眠れなくて、スマホの画面を何度も見返してしまった。既読のついたやり取りやスタンプで溢れたグループトークが今も胸の奥で小さく弾んでいる。


 だから今朝は気合いを入れる。まずは洗顔をして温い水で顔を引き締めると、ほんの少し眠気が飛んだ。


 化粧水を肌に馴染ませて、乳液を薄くのばし、日焼け止めも塗るのを忘れない。鏡に映る自分の顔を確かめる。


 よしって小さく呟きながら、制服のブラウスに腕を通す。いつもより糊のきいた襟元が今日は特別な日の印みたいに感じられた。


 ドレッサーの椅子に腰掛けてからゆっくり深呼吸をする。下地を均等にのばしてから、ファンデーションを重ねる手もなんとなく普段より慎重になっている。


 ビューラーでまつげを上げるとき、指先が少し震えて、失敗しないようにって何度も確認した。リップの色も鏡の中で光を受けて、ふわっと顔の印象が変わっていく。


 メイクがひと段落すると、机の上に置いていたリュックを開け、使用人がコンビニで買っておいてくれたお菓子を中に詰めていく。


 スマホの充電器、ハンカチ、ミニサイズの日焼け止め。ひとつひとつ詰めていくたびにリュックが膨らんでいく。その重みすら今日はなんだか心地よかった。



 すでに校庭の一角はお祭りみたいににぎやかだった。リュックやキャリーケースを持ったクラスメイトが集まっていて、芝生の上に腰を下ろしてお菓子の袋を開けている子もいる。

 先生たちは点呼表を片手に声を張り上げ、名前を呼ばれるたびにはい!と返事が重なった。


「ねえ、ちゃんとしおり持ってきた?」


 梨沙がわざとらしくあたしの肩をつつく。


「持ってきたよ!」

「絶対忘れるタイプかと思った〜」

「ちょっと、それ瑠奈に失礼!」


 紗月がかばってくれるけど、顔はにやにやしている。


「それ言うならあたしより美桜のほうでしょ!!」

「え、私!?」

「確かに美桜のほうがいつも忘れてるよね」

「そんなこと無いし!!!」

「それより見て〜!お菓子ぎっしり!プリン味のポッキーもあるんだよ!」

「またプリン!?」

「柚菜はプリン好きすぎでしょ!」


 そうやって突っ込みが飛び交って、笑い声がはじける。そのとき、横で静かに黙っていた是枝くんがふっと口を開いた。


「……それなら俺も一本もらおうかな」


 一瞬その場の空気が止まって、すぐに梨沙がぱっと目を丸くする。


「ほら出た!是枝くん、たまにこういうとこでノッてくるんだよね〜!」

「分かる!普段静かなのに、急に言うと笑いさらうタイプ!」


 笑い声が一段と大きくなって、みんながからかう中で、是枝くんは別に普通だろとさらっと返してまた視線を逸らした。でも、その一瞬の冗談が胸の奥でやけに強く残って、あたしは鞄の持ち手をきゅっと握りしめた。


 バスの前で足を止めると、委員長の咲良が点呼表を片手に声を張り上げた。


「はい、席はもう決まってるからね!紙に書いてある通り、順番に座ってくださーい!」


 その声に従って、みんながぞろぞろと車内へ入っていく。

 窓側〜!って喜ぶ子もいれば、隣よろしくね!と手を振る子もいて笑いながら奥へ進んでいく。


 狭い通路でリュックがぶつかり合ってちょっと押さないでよ〜!と声が上がるたびにまた笑いが広がった。


 あたしも列に並んで、ゆっくりとバスに乗り込む。

 朝の光を反射した窓ガラスに自分の顔とリュックが重なって映って、なんだか少しだけ非日常の入り口みたいに思えた。


 指定された席に向かうと、やっぱり隣は是枝くんだった。目が合った瞬間、彼はほんのわずかにうなずく。それだけなのに胸が少し弾んでしまう。あたしも小さく笑ってリュックを抱え、席に腰を下ろした。


「よろしくね」

「……おう」


 短いやり取りが落ち着いて耳に残る。ちょうどそのタイミングで、バスのエンジン音が低く響き出し、ゆっくりと校門を抜けていった。


 シートの振動に合わせて出発〜!って声があちこちから飛び出して、拍手がどっと広がった。窓の外で手を振る先生や用務員さんの姿が少しずつ小さくなっていく。気づけば車内はもう完全に遠足モード。


 前の席では梨沙と美桜が待ってましたとばかりに袋を広げて一発目のおやつ!とチョコを周りに配り始める。

 カサカサと袋が鳴るたびに後ろの席の男子がこっちもー!って手を伸ばしてきて、あっという間に小さなお菓子パーティーが始まった。


「やば、まだ朝の九時だよ?」

「関係ないし!遠足に時間割なんて存在しませーん!」


 そんな声と一緒にどこからかBluetoothスピーカーの音楽が漏れ出してくる。先生が来る前に音小さくしろ!と男子同士で騒いで、また笑いが弾けた。


 その賑やかさの中で、隣の是枝くんが小さな声でぽつり。


「……まだ出発して五分も経ってないのに、もうカオスだな」


 真顔で言うから余計におかしくて、思わず吹き出してしまい、慌てて口を押さえた。


「ほんとだね。先生たちは絶対大変だよね」

「だな。……まあ、これが遠足ってやつか」


 彼がほんの少し口元を緩めて言った瞬間、窓の外の景色がいつもより鮮やかに見えた。


「まあ……先生にはバレないようにな」

「やっぱり先生みたいなこと言う!」


 思わず突っ込むとそのやり取りにすぐ前から梨沙がにやにや顔で振り返った。


「ほら〜!やっぱ瑠奈と是枝くんって相性いいよね」

「ちょっ……そんなことないし!」


 声が裏返りそうになって、慌てて両手を振る。だけど車内のざわめきはすぐにその言葉を拾って、前後の席からくすくす笑いが漏れてきた。


「いいコンビ〜!ほんと先生と生徒って感じ」

「漫才始めたら絶対ウケるよ」


 後ろの席に座っている紗月までひょいと顔を出して茶化すから、笑い声がさらに広がっていく。美桜まで紗月と同じことを言うから、余計に顔が熱くなった。


「ちょっとやめてってば!」


 必死に抗議しても、みんなの楽しそうな笑い声にかき消されてしまう。


 是枝くんは特に気にした様子もなく、窓の外に視線を逸らしたまま小さく言う。


「……落ち着けよ」


 ほんの一言なのにその声が耳に残って、胸の奥がぎゅっと熱を帯びる。

 窓の外ではビルの影が流れるたび陽射しがちらちらと車内を照らしていて。冷静な横顔と対照的にあたしの心臓の鼓動だけがドクンドクンと強く響き続けていた。


「なぁなぁ〜!次の信号までに替え歌やろうぜ!」

「よっしゃ、俺からいくわ!」


 いきなり男子が立ち上がって、わざと大きな声で歌い出した。


「遠足〜のしおりは〜三百円の〜お菓子〜〜〜!」

「いや急に演歌!?」

「三百円ネタまだ引っ張るの!?」


 突っ込みが飛んで笑いが広がる。すると別の男子がすかさず続いた。


「プリ〜ン♪プリ〜ン♪鎌倉プリ〜ン♪」


 今度は妙にメロディアスで、わざとビブラートまでつけるから余計におかしい。


「バカすぎ!」

「やめろ〜!」


 女子が笑いながら突っ込むけど、男子は全然やめない。むしろノリノリで、おーい!次はお前歌え!なんてマイク代わりのペットボトルを回し始めた。


「次のは絶対しらす丼の歌だな!」

「いやそれ演歌調にしろよ!」


 車内全体がライブ会場みたいに盛り上がって、あたしもつい声をあげて笑ってしまった。


「かーらーすー♪ なぜ泣くの〜♪」

「カラスの勝手でしょ〜〜!」


 男子たちが腹の底から声を張り上げると、車内は一瞬で合唱モード。笑いながら座席の背もたれを叩いてリズムを取る子もいて、まるでカラオケボックスみたいなノリになっていた。


「ちょっともうやめなって!先生来るよ!」


 委員長が制止するけど、声は笑いにかき消される。


「これ録っとこ!」


 舞がスマホを掲げると、柚菜が絶対あとで黒歴史動画になるやつ!と叫んでさらに笑いが広がった。


 梨沙と紗月は前の席から振り返ってお前ら合唱部入れるって!と拍手して、バスの後ろの方までわあっと笑いが波のように広がっていく。


「音痴すぎる」


 是枝くんのその一言でまた笑いが起きて、誰かが今の地味に一番ウケた!と叫んだ。


 ――こんなふうに隣で同じものを見て同じタイミングで笑えるのが、なんだか特別みたいに感じてふわりと揺れた。

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