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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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第10話 真面目アピールは怪しい

 チャイムが鳴って、教室の空気が一気にざわめきに変わった。椅子の脚が引かれる音、カバンのジッパーが開く音、友達同士の「また明日〜!」って声。どの音も混ざって、帰り支度の時間特有の賑やかさが広がっていく。


「ねえ、帰りにちょっと寄り道しない?」

「いいじゃん!」

「行こ行こ!」


 梨沙が声を上げた瞬間、紗月と美桜がニヤニヤしながらこっちを見てきた。あの顔、絶対なんか企んでる。


「え、でも——」


 あたしが言いかけるより早く、梨沙がにやっと笑って肩を突いてきた。


「だから瑠奈は是枝くんと帰ればいいじゃん」

「そーそー!二人同じ方向なんだし!」

「ちょ、ちょっと……!」


 声が裏返るのが自分でも分かる。頬が一気に熱くなって、教科書をカバンに押し込む手まで変にぎこちなくなる。


 いつもは一緒に駅まで行くのに!絶対あとでネタにされるやつじゃん!


 あたしがオロオロしている横で、是枝くんは落ち着いた動作で鞄のファスナーを閉めていた。わざとらしくも何ともなく、自然な仕草のまま、淡々と。


「……駅まで一緒に行くか」


 その一言が周りのざわめきとは違うリズムで耳に届いた。声は落ち着いているのに、あたしの心臓は逆にドクンと跳ねて、息が少し詰まる。


「……う、うん」


 やっとの思いで返事をした瞬間、背後で梨沙たちのひそひそ声と抑えきれない笑い声が弾けた。


 ……も〜〜!ほんとに何なの!!


 昇降口を出ると、夕方の風がふわっと吹いてスカートの裾が揺れた。空はまだ明るいけど、ビルの隙間から差し込む光がオレンジ色に変わり始めていて、街全体が少し柔らかく見えた。

 遠くで電車の通過音が響いて、アスファルトに伸びた影がゆっくりと長くなっていく。


 隣を歩く是枝くんはいつも通り落ち着いた足取り。大きな鞄を肩に掛けたまま、ちらりと横を見てきた。


「……明日の遠足のしおり、ちゃんと持ってきたか?」

「え?あ、もちろん」

「ならいいけど。忘れると先生に面倒くさく言われるからな」


 その言い方がなんか先生っぽくて、思わず笑ってしまう。


「是枝くんなんか先生ぽい」

「普通だろ」

「絶対、将来先生になるタイプじゃん」

「……いや、それはないな。うるさい生徒に怒鳴って即クビ」

「え、想像できる!静かにしろーって」


 そう言いながらあたしは思わず吹き出してしまう。


「……それお前だろ」

「えー!あたしこれでも真面目だよ!」

「真面目アピールしてるやつほど怪しいって先生も言ってただろ」


 思わず口を尖らせたけど、横を歩く是枝くんは素知らぬ顔で前を向いてる。その落ち着いた横顔になんだか余計におかしくなって笑い声が漏れた。


 代官山駅が近づくにつれて、人のざわめきが一気に濃くなる。制服姿の生徒たちが友達同士で肩を並べて笑い合い、スーツを着た社会人が早足で改札へと急ぐ。駅前のビルのガラスが夕陽を反射して、歩道の一角だけがオレンジ色に染まっていた。


 その喧騒の中で、横に並んで歩いているだけで心臓の音が大きくなる。手の甲が一瞬かすめただけで、鼓動が跳ねて呼吸が乱れそうになる。人の声や電車のアナウンスが頭の上をすり抜けていくのに、自分の鼓動だけが響いていた。


「……」


 あたしは言葉を探しながら視線を落とした。鞄の持ち手をぎゅっと握りしめて、ほんの少し声を絞り出す。


「……遠足ほんとに楽しみだね」

「おう」


 短い返事なのにその一言に確かな温度があって。言葉の先に少し笑みがにじんでる気がして、それだけで胸がふわりと揺れる。

 ふと横を見ると、是枝くんがわずかに視線を落として、鞄の持ち手を直す仕草をした。その指先がほんの少しだけ強張って見えて、――もしかして同じ気持ちなのかな。なんて勝手に考えてしまう。


 でも、頬が熱いのはきっとそのせいだけじゃないのはなんとなくわかる。

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