第8話 家族との時間
日曜の午後。松濤から代官山へ車で移動する。
春の陽射しは柔らかいけれど、風が少し冷たくて、髪が頬にかかるたびに指先で直した。
並木道のカフェのテラス席では人が笑い合い、ガラスのグラスが光を反射してきらりと揺れる。
街のざわめきが胸にまで響いて、なんだか心まで浮き立つような午後だった。
ママとお姉ちゃんと並んで、ショーウィンドウをのぞき込む。
中には白いレースのブラウスや淡いラベンダー色のスカートが並んでいて、春をそのまま形にしたみたいだった。
「これ遠足でも着やすそうじゃない?」
ママが軽く言うと、お姉ちゃんがちらりと横目をくれる。
「瑠奈なら似合うと思うよ」
「あたし?どうかな……」
そうやってお姉ちゃんに笑って返す。
言葉は軽いのに胸の奥で小さく波紋が広がった。
お姉ちゃんはこういうのが自然に言える。
色合いの組み合わせも、着こなしのイメージも、迷わず口にできる。
昔からそうだった。買い物に行けば、お店の人と楽しそうに会話して、気づけばお似合いですねと褒められる。そんな様子をあたしはその横で頷いているだけ。
「お母様はこれ試着してみたら?」
お姉ちゃんは自分のことじゃなくても、すぐに人に似合いそうなものを選べる。
ママも笑いながら首を傾げて、店員さんを呼んだ。
お姉ちゃんがラックから一着のワンピースを抜き取って、あたしの前にかざした。
柔らかいクリーム色の布地が光を受けて揺れて、鏡に映った自分の輪郭をほんの少し変える。
「……」
あたしは思わず立ち止まって、姿勢を直す。お姉ちゃんは横に並んで、じっと鏡をのぞき込んだ。
二人の姿がガラスに重なる。167cmの背と160cmの背。そのわずかな差が鏡の向こうでははっきりと浮かび上がっていた。
店内のスピーカーから流れる洋楽のリズム。
隣の棚でママがバッグを手に取りながらどうかしらと小さくつぶやいている。でも耳はすでにお姉ちゃんの声に集中していた。
「こういうの着たら背が少し高く見えるよ」
「え、あたしに?」
「うん。まあ瑠奈も身長高い方だし、スタイルもいいから自信持ちなよ」
「……お姉ちゃんの方が高いじゃん。それに梨沙とか紗月の方が高いから、自信なんて持てないよ」
言葉を返すとき、喉が少し詰まる。
鏡越しに並んだ肩の高さが、頭の中で何度も測り直される。わずかな差にすぎないはずなのに、それがどうしてこんなに大きく見えるんだろう。
「それはそれ。これはこれでしょ」
お姉ちゃんは肩をすくめて笑う。その仕草は自然で軽やかであり、妙に様になっている。
あたしの胸の奥では言葉よりもずっと長い余韻が揺れていた。
ちゃんと似合ってるのかな。頭のどこかでそんな言葉が浮かぶ。
ママが満足そうに試着室から出てくると、お姉ちゃんはいいじゃんとすぐに褒める。
あたしも笑って同意するけど、その声は少し遅れて出た。
買い物袋を手にしたママが歩き出す。
店を出ると、通りにはまた違う店の音楽が流れていて、香水の甘い匂いが風に混じって届いた。
お姉ちゃんがバッグのストラップを直しながら、自然に足を早める。
あたしもつられて一歩速く歩く。
視線がふと合って、ほんの一瞬だけ微笑み合った。
仲が悪いわけじゃない。むしろこうして休日に一緒に出かけるくらいには仲がいい。
でも、完全に同じ歩幅では並ばない。
そのわずかなずれが影のように残っていた。




