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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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第7話 会うなんて思ってなかった

 カラオケの部屋に入ると、テーブルにはすぐにフライドポテトや唐揚げ、枝豆、そしてジュースのボトルが並んだ。ソファに腰を下ろすや否や、わいわいと声が飛び交う。


「部屋めっちゃ広いじゃん!」

「うわ、このポテト揚げたて!」

「ドリンク絶対こぼすなよ!」


 藤井くんが炭酸のペットボトルをバシュッと開けて、乾杯しよーぜ!と声を張る。


「かんぱーい!」


 その掛け声とともにグラスや紙コップを掲げると、軽くカチンと音が重なった。


「で、誰から歌うの?最初って緊張するよね」


 笑い声が弾む中、舞がリモコンを持ち上げた。すかさず峰島くんが椅子に背を預けたまま片手をひらひらさせる。


「いや、ここはやっぱり盛り上げ担当でしょ。藤井、出番じゃん」

「おいおい!お前ら分かってんな〜!」


 藤井くんが自信満々にリモコンをひったくる。


「ちょっと待って!静かな曲で始めたい人もいるでしょ?」


 梨沙が止めようとするが、藤井くんは聞く耳を持たない。


「いやいや!カラオケは最初が肝心!トップバッターは俺しかいねー!」

「チャラ神のターンきたー!」

「どうせふざけるでしょ」

「でも、盛り上がるならありかも」


 笑い混じりのツッコミを浴びながら、藤井くんは『Party Tonight!』を予約して、イントロが流れると同時に立ち上がり、マイクを両手で握って全力で叫んだ。


「うわー始まった!」

「テンション高っ!」

「これ、近所迷惑だろ!」


 手を振り回して踊りながら歌う藤井くんに、男子組は手拍子、女子組はストローやタンバリンでリズムを合わせる。部屋全体が一気にライブ会場みたいに熱を帯びた。


 曲が終わった瞬間、大きな拍手と笑いが爆発。


「まあ……盛り上がったのは認める」

「チャラ神のくせに、ちょっとカッコよかったかも」

「くせには余計!」


 また笑いが広がり、場の空気が一段と明るくなった。続いて梨沙がBlueNumberの『切ないバラード』を選ぶ。

 さっきまで笑っていた空気がふっと和らいで、スクリーンに流れる夜景の映像と彼女の歌声が重なる。


「うわ、うまっ……」

「声伸びるねー!」


 紗月が感心したように手を叩き、柚菜はカラオケじゃなくて本物のステージみたいなんて真顔でつぶやく。

 男子たちも思わず静かになって聴き入っていて、曲が終わった瞬間におー!という歓声と拍手が弾けた。


 梨沙は照れ隠しみたいに笑って、やめてよ〜と手を振りながらも、最後のフレーズまでしっかり歌いきった。


「じゃ、次は美桜!」

「任せなさい!」


 勢いよく立ち上がった美桜はPerfuneの『Shiny Shiny Girl』。

 イントロが鳴った瞬間、彼女はマイクを両手で持って腰をひねり、アイドルっぽく踊り出す。


「かわいー!」

「さすが映え担当!」


 スマホを構える舞が動画を撮りながら笑い、藤井くんがオレもバックダンサーやる!と立ち上がって隣でふざけて踊る。

 それがまたツボに入って、部屋中がさらに大きな笑い声に包まれた。


 紗月は洋楽カバーのアップテンポ。

 マイクを持った瞬間から堂々とした姿勢で、イントロが流れ出すと発音の良さにみんなが一瞬黙って聴き入る。サビで自然に手拍子が起こって、男子までイェー!と合いの手を入れるほど盛り上がった。


 柚菜はロック調の『明日へのシャウト』。

 叫ぶように声を張り上げるたびに部屋の熱が上がって、舞がノリノリでタオルを振り回す。スクリーンの歌詞を睨むように歌いきった姿にかっけー!と拍手が飛んだ。


 遥は空気をがらっと変えて、しっとりしたバラード。

 透明な声がマイクから溶けるように響き渡って、全員が自然に息を飲む。最後のフレーズが静かに消えると、場の空気が一気に落ち着いた。


「すご……遥の声、鳥肌たった」

「しっとりしすぎて泣きそうなんだけど」


 誰かの小さな感想にみんなが頷いていた。


 そして美羽が元気よく立ち上がって『キャンディ・ラッシュ』。ぴょんぴょん跳ねながら振り付けまで完璧に披露すると、部屋は一気に可愛い世界へ。


 スマホを構えていた舞が尊い!と叫ぶと、他のみんなもスタンプみたいに尊い!を連呼して大爆笑になった。


 笑い声と拍手が絶えないまま、リモコンの予約画面は次々と名前で埋まっていく。

 ソファの隅でジュースを口に運びながら、あたしは心臓が少しだけ早く跳ねるのを感じていた。


 リモコンを受け取って、あたしは少し迷った末に『SOLWIMPSの空想列車』を選んだ。

 イントロが流れた瞬間、胸の奥がくすぐったくなる。マイクを握る手にじんわり汗がにじむけど、画面に映る星空の映像に合わせて声を重ねると不思議と落ち着いてきた。


 柔らかく始まるメロディに部屋の空気がふっと和らぐ。

 サビに入ったとき、舞が小さくリズムを取って、梨沙と紗月がいいじゃん!と笑ってくれる。

 視線の端で美桜がスマホを横に構えているのが見えて、余計に頬が熱くなった。


 曲を歌い終わった瞬間、わっと拍手が広がる。


「やっぱ瑠奈の声かわいすぎ!」

「透明感やばいんだけど」


 からかわれるみたいに褒められて、どう返せばいいかわからず、ただ笑うしかなかった。


 マイクをテーブルに戻すと自然に視線がソファの隅に集まった。

 静かにコーラを飲んでいた是枝くんと片手でスマホをいじっていた峰島くん。


「ねぇ、次そっち歌わない?」


 美桜がマイクを差し出すと、峰島くんは肩をすくめて笑った。


「じゃあ俺からでいい?」


 選んだのはロック調の『闇を越えて』。

 低く始まるイントロに合わせて立ち上がると、普段の眠そうな雰囲気とは違って、力強い声が響いた。


 サビに入ると一気に迫力が増して、部屋の空気まで振動するみたい。梨沙や美桜、美羽、舞が驚いた顔で見守って、最後のフレーズを歌いきった瞬間に拍手が広がった。


「え、かっこよすぎ!」

「ずるい、声低いのほんと反則」


 峰島くんは照れもなく、ただ軽く片手を上げてありがととだけ言ってソファに戻った。


 その横で是枝くんは小さく息をつく。

 みんなが次は是枝くんでしょ!と一斉に声をかけると、彼は少しだけ困ったように笑って、ゆっくりとリモコンを操作した。


 彼が選んだのは『君のために』。

 シンプルなバラードが流れ出すと、さっきまで騒いでいた声がすっと静まる。


 真っ直ぐで飾らない声が歌詞と重なってまっすぐに響いてくる。

 派手さはないのに不思議と胸に残る。スクリーンの映像なんて見えなくなるくらい耳と心がその歌声を追っていた。


 歌い終わった後、誰もすぐに声を出さなかった。数秒の沈黙のあと、舞が……やば。予想外にうまいんだけどと口を開いたのをきっかけに拍手が広がる。


「ずるいなー!普段静かなのに!」

「ギャップで落としにきてる」


 是枝くんは首を振って別にと小さく言うだけで、少し赤い耳を隠すように水を飲んだ。


 マイクのリレーが一巡して、テーブルのドリンクもすっかり空になっていた。氷が溶けきったグラスが並んでいるのを見て、梨沙が声を上げる。


「ちょっと飲み足りなくない?誰か取りに行こうよ」

「じゃ、あたし行ってくる!」


 美桜が元気よく手を挙げると、紗月がすかさず一人じゃ持てないでしょ、誰か付き添いが必要〜と突っ込む。


「じゃあ私も行くよ」


 あたしも自然に立ち上がって、グラスをまとめてトレイに乗せる。


 廊下は店内のスピーカーから漏れるカラオケの音でにぎやかだった。受付カウンターの奥の自販機コーナーへ向かうと、ちょうど逆方向からやって来る二人の姿が見えた。


 ――新汰くんと楠木くんだ。


 足が反射的に止まり、息が詰まりそうになる。

 笑いながら会話していた二人も、こっちに気づいてわずかに動きを止めた。笑顔の形だけが残って、空気が一瞬で変わる。


「あれ……?なんで……?」


 新汰くんの声は驚きよりも戸惑いが強くて、胸の奥をざわつかせる。


「……あ、えっと……」


 声が喉に詰まって、言葉がうまく出てこない。笑顔を作ろうとするけど、頬がひきつる。


「……そっ、その……久しぶりだね」

「あぁ……」


 そこで会話は途切れ、楠木くんは視線を合わせず、ポケットに手を突っ込んだままだ。靴のつま先で床を小さく擦る音がやけに響いて、余計に気まずさが増した。


 美桜が慌てて明るい声を上げる。


「お、おつかれ〜!偶然だね!」


 その声が空回りするくらい、場の空気は重い。


 あたしは咄嗟に……うん、偶然だねと返す。でもその声は硬く、まるで自分のじゃないみたいだった。


 沈黙が数秒落ちる。廊下の奥から別の部屋の盛り上がった歌声が聞こえてくるのに、この場所だけ時間が止まったみたいだった。


「……飲み物買わなきゃ」


 そう口にして、その場から逃げるみたいにあたしは視線を自販機へ向けた。


 自販機で買い物を済ませてから美桜が気まずさを振り払うかのように手を振った。


「じゃ、あたしは先に戻ってるね。戻るの瑠奈はゆっくりでいいから!」


 その声が遠ざかって、廊下にひとり取り残される。

 自販機の光に照らされながら、手にしたペットボトルを強く握る。


「……はぁ」


 小さく吐いた息が震えていた。胸の奥がざわついて、うまく整えられない。

 数秒間だけ深呼吸を繰り返してようやく足を動かす。


 ――顔に出てないといいけど。まさか新汰くんと会うなんて思ってもいなかった。


 そう心の中でつぶやいて、あたしは静かに部屋へ戻っていった。

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