プロローグ
彼にバレたあのクリスマスの夜から、あたしの時間だけが止まっている。
それは寂しさに負けて彼を裏切った罰なんだと思う。親友たちの眩しい笑顔を見るたび、あたしだけが別の檻に閉じ込められているみたいで、時々、本当に息ができなくなる。
いっそ、全部捨てて誰もあたしを知らない場所へ逃げ出せたら。
……なんて思ってもそんな勇気もない。結局あたしは「みんなに愛される花園瑠奈」っていう嘘っぱちの自分を守るために彼と別れた本当の理由を何重にも笑顔でコーティングして隠している。
家の乾いた廊下では、写真立てのガラスだけが白く光る。
東向きの自室には薄い朝が差し、窓ガラスをなぞる指先が冷たさを肌の内側まで染み込ませていく。
机の上には鏡とコンタクトケースと梨沙からもらったお気に入りのピンクのリップ。
スマホの画面を点ける。
青白い光が部屋の温もりを少しだけ奪った気がした。
写真フォルダーをスクロールして、彼と一緒に撮った写真が目に留まる。
あどけない表情で笑う彼とその隣で幸せそうに微笑んでいる自分。
彼との写真を消せば軽くなるような気がして、消したらあたしがしてしまった罪から逃げるようで、指先が削除しますか?の確認で止まる。
あの夜の彼の表情と荒い息遣い。そして彼があたしに向かって言った「最低な女」という言葉が未だに脳裏から離れることはない。
自分という存在を全肯定してくれたあの人すらもあたしに価値がないかのように離れていき、その時になってあたしがしてしまった罪を自覚した。
でも、その時にはもう遅すぎて。彼と別れた理由を親友たちに言うことはできなかった。本当の理由を言えば周りから軽蔑される気がして。親友たちや今の立場を失う方がよっぽど怖くて堪らなかった。
結局、彼との写真を削除することはできなくて、別フォルダーに移す。そのまま洗面台の鏡に向かう。リップを塗ってから口角をあげる。笑顔を作り、いつもの自分を装う。
たとえあたしの時間が止まったままでも。あたしの居場所を守るためならこのまま隠し通してみせる。
この時の“私”は過ちを隠し通せるなんて愚かにもそう思っていた。隠し通せるはずがないのに。




