表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
19/84

第6話 ち、違うし!

 登校してきたばかりの廊下にはまだ春の冷たい空気が残っていて、白い息がほんのり揺れていた。


 ノートを閉じる音やイスを引く音が重なって、休み時間の気配が一気に広がっていく。


 その後に授業が終わる合図のチャイムが教室に鳴り響く。弁当箱のフタが開く音、購買袋のガサガサした音、友達の笑い声があちこちで弾ける。


 あたしは梨沙や紗月、美桜と机を寄せ合ってお弁当を広げる。美桜がタッパーをパカッと開けて、中の黄色い卵焼きを得意げに差し出した。


「見て、これ今日の卵焼き。ママのやつ、甘いから好きなんだよね」

「また自慢してる〜」

「でもわかる、美桜ママの卵焼きって本当に神」


 目を細めて鼻先まで近づける美桜に梨沙はわざと呆れ顔をして、でも口元はにやけている。それを見ていた紗月は箸を止めて、真剣な顔で頷いた。


 あたしは思わず笑ってしまう。くだらないやり取りなのに、目の前でみんなが楽しそうにしてるのを見ると、それだけで胸の奥が少しあったかくなる。


 昼休みのざわめきに紛れて、机の上に並ぶ色とりどりのお弁当や購買パンの袋が、まるでちょっとしたピクニックみたいに見えた。


 梨沙がペットボトルのお茶を豪快に飲み干し、美桜は自慢の卵焼きをもう一切れ取り出してやっぱ最高!と満足そうに笑っている。紗月はその横で冷静にノートを整えながらも、口元には小さな笑みが浮かんでいた。


「そういえばさ、明日みんなで遊ぶんだっけ?」

「うん、土曜は私予定あるから、日曜にしよってなったじゃん」

「じゃあ決まりだね!」


 美桜が両手を合わせるようにぱちんと叩いた。指先についた卵焼きの欠片を舐め取りながら、いたずらっぽくウインクする。


 その様子に梨沙が食べ方まで子どもじゃんと吹き出し、紗月までつられて笑った。机の端に置いたお弁当箱が、笑い声に揺れて小さくカタリと鳴る。


「男子も来るのかな?」

「どうだろ、あのメンツ来たらうるさそう」


 笑いながら返したけど、あたしの目は自然と別の方向に向いていた。少し離れた席で静かにノートを閉じる是枝くんの姿。周りの喧騒に紛れない、不思議なくらい凛とした雰囲気。ペンを置く仕草ひとつにしても、落ち着いていて丁寧で、その姿がやけに目に残る。


 小テストのときもあんなふうにさらっと書いてたな……。やっぱりすごいな。


 気づけばじっと見てしまっていて、慌ててお弁当に視線を戻す。胸の奥が少しざわつく。別に好きとか、そういうんじゃない。けれど、自分と違って確かなものを持っているように見えるのが羨ましい。

 ノートの隅に殴り書きされた落書きが急に子どもっぽく思えて、箸を持つ指が少し冷たくなる。


「ねぇ瑠奈、聞いてる?」

「え、あ、ごめん!なに?」

「もう、ボーッとしすぎ」

「絶対考えごとだよね〜」

「誰のこと〜?」

「ち、違うし!」


 思わず強めに返すと、三人は一瞬きょとんとしたあと、揃って声を上げて笑った。

 梨沙が身を乗り出して怪しいな〜とじろっと覗き込み、美桜が耳赤いよ!と指差す。

 紗月まで本当だ、完全に図星の反応だねと冷静に追い討ちをかけてきて、余計に恥ずかしさが増す。


 机の上のペットボトルを握る手が少しだけ熱を持っているのを感じた。視線を逸らした窓の外では春の風に揺れる桜の葉がきらきらと舞っていて、教室の喧騒とは別の世界みたいに穏やかだ。


「……ねぇ、明日遊んだら遠足まであとちょっとだよね」

「鎌倉でしょ?めっちゃ楽しみなんだけど!」

「小町通り絶対行こう。クレープ食べたい」

「鶴岡八幡宮で写真も撮らなきゃね」


 あたしも頷きながら地図をスマホで開いた。画面に並ぶ観光スポットの写真が眩しく見える。きっと当日はもっと鮮やかな景色と笑い声に包まれるのだろう。それを想像すると胸の奥がじんわり温かくなる。


「そういえば大仏も見に行くんだよね?」

「うん、めっちゃ大きいでしょ?実物見たら絶対テンション上がる!」

「でもあの辺混むらしいよ、はぐれたら即アウトだね」

「じゃあトイレとかもちゃんと時間合わせなきゃ〜」


 梨沙が真剣な顔で言うと、美桜と紗月が同時に吹き出して笑った。


「なんか先生っぽい!」

「いやいや、でもほんと大事だから」


 梨沙がむくれて見せると、周りはますます笑いの渦に包まれる。


 笑い声の中で窓から差し込む春の光が机に広がっていた。

 昼下がりの少し緩んだ空気にみんなの声が柔らかく溶けていく。


 同じ班になれるといいな……。

 心の中に生まれた願いを自分でも驚くくらい素直に感じた。


 チャイムが鳴り、昼休みの終わりを告げる。机の上を慌ただしく片付ける。


「明日忘れないでよ!」

「服どれにしようかな〜」


 あたしは笑顔で楽しみだねと返しつつ、胸の奥に小さな鼓動を隠すように深呼吸をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ