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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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第5話 不思議な感覚

 チャイムが鳴り終わると同時にスライドの光が白いスクリーンに映し出された。

 西園寺先生が眼鏡を押し上げて、静かに口を開く。


「では今日は宗教改革に入ります。まず、ルターの《九十五ヶ条の論題》からですね」


 淡々とした声が教室に広がる。ペンを走らせる音とページをめくる紙の音だけが響いた。


「当時、教会が販売していた贖宥状。これは罪を軽くするとされる証明書でした」


 黒板に贖宥状とチョークで書かれている。先生が振り返った瞬間、後ろの席から小さな声が漏れた。


「……なんか課金ゲーみたいじゃん」


 思わず近くの数人が肩を震わせる。連鎖的にクスクスと笑いが広がりかけたところで、西園寺先生がぴたりと視線を向けた。


 空気が一瞬、固まる。……でも先生は口の端をほんのわずかに緩めてから、淡々と返した。


「確かに現代の感覚ならそうだろう。金銭で救いを買うという発想は今のソーシャルゲームの仕組みと似ているかもしれませんね」


 その一言で教室がざわっと沸く。

 前の方の席から先生がそれ言うんだ!と驚き混じりの声が上がり、ガチャで天国行きかよ!と誰かが小声で突っ込み、笑いが弾けた。


「ただし当時は人々にとっては真剣な信仰の問題でした。その違いを忘れてはいけません」


 先生の声が落ち着きを取り戻すと、教室もまたスッと静まる。冗談を受け止めた上で本題へとすぐに戻していく。こういうところが西園寺先生らしいとあたしは思った。


「ルターの主張はやがて活版印刷という新しい技術で広がっていきます。思想は文字となり、人から人へと伝わり、時代を変えていく力になったのです」


 スクリーンに木版印刷の細かな図が映し出される。緻密な並べ方に思わず目を凝らす。

 前の席でこれ、気が遠くなるやつだなと誰かが小声でつぶやき、また周囲が少し笑った。


「次回はカルヴァン派、そしてイギリスでの動きへと進みます」


 教科書を閉じる音が合図のように響いた。

 チャイムが鳴る直前、ノートの余白に書いた小さな文字を見て、あたしは思わず口元をゆるめる。



 昼のチャイムが鳴ると同時に机を寄せる音が一斉に響いて、教室のあちこちに小さな輪ができた。

 窓際から入る光がカーテンに揺れて、弁当箱や購買パンの袋が並んでいく。


「揚げパン奇跡的に買えた!」


 紗月が砂糖まみれのパンを掲げてドヤ顔。机に白い粉が落ちて、みんなが汚すなー!と笑って突っ込む。


「てかさ、購買戦争ガチすぎない?」


 舞がストローをくわえながら笑うと、柚菜が全員運動部じゃんと肩をすくめる。


 わいわいした空気の中で、あたしは弁当を広げながら、そっと鞄からノートを取り出した。


 今日の授業でちょっと取りこぼした部分が気になって、頭の片隅にずっと残っていたのだ。隣の席で静かにおにぎりを食べていた是枝くんに小さく声をかける。


「ねぇ……世界史のノートを見せてもらっていい?」


 彼は一瞬だけこちらを見て、軽く頷いた。


「いいよ」


 そのまま机の上に自分のノートを差し出してくる。表紙の角まで綺麗に揃えられていて、中を開けば黒と赤で整然と書かれていた。


 重要語句の下には線が引かれていて、余白には小さなメモ。西園寺先生の言葉をそのまま閉じ込めたように整っている。


「ありがと!」


 顔を上げて笑顔で言うと、是枝くんは一瞬だけ視線を逸らして、軽く咳払いをした。

 耳の横に落ちた前髪の隙間からわずかに赤みが差して見える。

 普段はクールで落ち着いているのにその小さな反応が意外で胸がふっと熱くなった。


「ちょっと!また瑠奈だけズルくない?」


 唐突に梨沙が突っ込んできて、あたしは慌ててノートを閉じる。


「いやいや、ズルくないし!ただ見せてもらっただけ!」

「そうやってただって言いながら距離縮めるんだよね〜」


 紗月までがにやにやしてくる。


「やめて!ほんとそういうのじゃないから!」


 必死に否定すると、紗月がスマホを構えて今の瑠奈の顔、ストーリー行き決定〜なんて悪ノリをしてくる。


「紗月!!撮るなー!」


 慌てて紗月に手を伸ばすけど、避けられてしまう。


 笑い声の中でノートを閉じながら、あたしの胸の中ではさっきの一瞬がまだじんわり残っている。


 ありがとって言ったときの視線を逸らす仕草。ほんの一瞬なのに鮮やかに焼き付いてしまった。


 春の光が弁当箱に落ちて、卵焼きやトマトがやけに鮮やかに見える。

 友達の笑い声と机に広がった昼休みの光景。

 それら全部に溶け込んでいるはずなのにあたしだけが違う色を見てるみたいな、そんな不思議な感覚が胸に残った。

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