第3話 指先の温度
体育館の裏にある理科棟の二階。物理実験室に入ると、独特の薬品のにおいと金属器具の光沢が目に飛び込んできた。
窓の外は曇り空で白い光がガラスの器具に反射してきらきらと跳ね返る。
机の上にはビーカー、試験管、スポイトがずらっと並んでいて、すでに教室全体がどことなくワクワクした空気に包まれていた。
「はいはい、席ごとに班を組んで。今日の実験は光の分散だ。難しくないけど、ちゃんと手順を追わないと失敗するぞ」
福田先生が白衣のポケットからプリントを取り出して配りながら、淡々と説明を始めた。けれどその口調には楽しませてやろうという気持ちが混じっているのがわかる。
「つまり光をプリズムに通してやると、波長ごとに分かれて色が見える。それが虹色に見えるわけだ。お前らでも知ってるだろ、アレだよ、七色のやつ」
「ソルグラ映え確定じゃん!」
誰かが声を上げると、周囲からわかる!と笑い声が上がった。
梨沙はさっそくスマホを取り出そうとして、先生に実験中は仕舞っとけ!と鋭く注意され、舌を出す。
「えー、写真ダメ?絶対ストーリー映えるのに!」
「終わってから撮ればいいだろ」
軽い騒ぎにまた笑いが広がって、緊張が少しほぐれた。
班ごとに器具を分け、あたしは美桜や紗月と同じ机に立つ。手順書を見ながら試験管をセットして、アルコールランプに火をつける。小さな炎が揺れて、心臓の鼓動まで一緒に早くなる。
「瑠奈、そこ持つの逆だって」
「え、うそ?!」
美桜に突っ込まれて焦った瞬間、試験管の角度がずれてしまい、思ったように光が入らなくなる。焦って何度か手を直すけれど、上手く虹色が現れない。
「……ちょっと貸して」
横からすっと伸びた手があたしの手の甲に軽く触れた。
是枝くんだった。黙々と自分の作業をしていたはずなのに、いつの間にか隣に来ている。
「親指で支えると安定するから」
低い声でそう言いながら、彼の指があたしの手を少しだけ押さえる。……一瞬の触れ合いなのに皮膚の下に僅かな余韻が残ってる。
「……あ、ほんとだ。見えた!」
試験管の奥にかすかな虹色がスッと走った。赤、橙、黄、緑……色が順番に広がっていく。
「やば、きれい!ストーリー用に撮りたい!」
「騒ぐと怒られるって!!」
紗月と美桜の会話を聞いてたけど、あたしはそれどころじゃなくて。
視界の端で光る虹よりも、さっき彼と触れた指先のことばっかで、落ち着かない。
「……是枝くんありがと」
そう小さくつぶやくと、是枝くんは別にと短く返して、また自分の席に戻っていった。
それだけのことなのに、なぜかその背中が席に沈んでいくまでの数秒だけ時間がすこし引き伸ばされたみたいに感じた。
試験管に虹が浮かぶ。周りが写真確定案件!と盛り上がってるけど、あたしは虹よりも指先の痺れに囚われていた。




