第1話 身体測定
体育館に入るとワックスの匂いと体育館シューズのきしむ音が混ざり合っていた。
窓から射し込む春の光が床に反射して、白いラインがまぶしく見える。
クラスごとに列を作って並ぶと自然と小さな声が飛び交った。
「ねぇ、去年からどのくらい伸びてると思う?」
「絶対伸びてないわ〜。むしろ縮んでたらどうする?」
「それ怖すぎ!」
わざと大げさに笑う声につられて、空気が少しずつやわらかくなっていく。
先頭から一人ずつ体重計に乗り、計測のたびに次―と声が響いて、列がじりじり進んでいく。
梨沙が測定台に乗ると、後ろから紗月が眉をしかめてつっこむ。
「ちょ、足ピーンしすぎ」
「真剣なんだから黙って!」
そう言い返す梨沙の耳まで赤くなっていて、周りがクスクス笑う。
美桜は体重計の前で腕を組んで大げさにうなる。
「いやマジでやだ!横に成長してたら死ぬ!」
測り終えた瞬間、両手を合わせてセーフ!セーフ!と小躍り。
その姿に声が重なって空気そのものが揺れていた。
順番が近づくと胸が少しそわそわしてくる。
白いバーが頭にコトンと当たり、数字が読み上げられた。
「160センチ!」
思わず背筋が伸びる。去年より1センチ伸びていた。
ただの数字なのに胸の奥がじんわりして、ちょっと誇らしい。
「え、同じじゃん!」
梨沙がすかさず振り返る。
「162cmのあたし、もうすぐ追いつかれそうなんだけど」
「いやいや、その2センチ差けっこうデカいから!」
「いやそこまで変わんないって〜」
後ろで聞いていた誰かが女子の2センチは世界変わるんだよなんて茶々を入れて、また笑いが広がった。
「はい、次〜紗月!」
「166」
「やっぱ高っ!」
「上から目線すぎてムカつくわ〜」
「だって事実だし」
「美桜は?」
「……157」
「ちび可愛いじゃん」
「うるさい!!」
美桜のむくれる顔が可愛くて笑いがこみ上げてくる。
「ラストは舞!」
「160cm。瑠奈と一緒」
「おそろい!」
「いや、双子キャラは柚菜と美羽に譲るから!」
そのあと待っていた体重測定で、男子のテンションが急上昇する。
「体重ってクラス全員に聞こえる声で言わなくてもよくない?」
「ほんとそれ!地獄の時間なんだけど!」
「秘密って書く欄作ってほしい!」
体重計の前だけバラエティ番組みたいになって、保健室の先生に「静かに!」と一喝されるまで笑いが止まらなかった。
お弁当を広げると、中庭のベンチは一気に生徒の声でにぎやかになった。
春の風が木々の葉を揺らして、日差しがちらちらと差し込む。
その度に髪がふわっと浮き、笑い声が光の粒に混ざっていくみたいだった。制服のスカートの裾が少し揺れるのも気持ちよくて、教室より解放感がある。
「ねえ、誰が一番伸びてた?」
「男子はほぼ180超えてたよね」
「見上げすぎて首痛くなったんだけど」
紗月が唐揚げをつまみながら口を尖らせる。頬をふくらませたまましゃべるから、みんなが吹き出す。
「それよりも体重のほうが地獄だったんだから!言わないのがマナーでしょ!」
美羽が慌てて声を上げて、周りにぴしっと突っ込む。その表情が本気すぎて、また笑いが起きる。
「いやいや、あたし普通に増えててショックだったわ」
「美桜はセーフでしょ!」
「そんなことない!」
わっと笑いが広がって、肩と肩が自然に近づいていく。こうやって集まると、ほんと小さなことで盛り上がれるんだって改めて思う。
梨沙はストローをくるくると指で回しながら、少し涼しい顔をしてふと口を開いた。
「でもさ瑠奈の身長って、ほんとイメージ通りだよね」
「わかる〜」
「なんか立ってると大きく見えるんだよね」
「え、そう?」
美桜まで頷きながら卵焼きをぱくりと口に入れる。からかうみたいでも、悪意は全然なくて。
あたしは笑ってごまかしながら、前髪をちょっと直した。無意識に少しうつむき加減で。
キャッキャと弾む声が小さな花火みたいに散って、ベンチの周りが一瞬だけ別の空間みたいに華やかになる。
サラダをつつきながら吹き出すと、机じゃないけどベンチの上に広げたお弁当箱のまわりにまたひとしきり笑い声が広がる。
数字の話題だけで、昼休みの空気がこんなに弾むなんてちょっとおかしい。けど、だから楽しい。
遠くでチャイムが鳴るわけじゃなくても時間が経つのを忘れるくらい。
春の昼休みはただそれだけで特別に思えた。




