最終話 言えること、言えないこと
海風が少し強くて、前髪がふわっと揺れる。山下公園のベンチに腰を下ろして、ソフトクリームを手にした瞬間に溶けるから早く食べなきゃ!って声が飛んできた。笑いながら全員で写真を撮り合って、結局はピンクや抹茶やバニラのカラフルなソフトが一番映えてた。
「ねえ、最近カップル増えてない?」
「わかる!絶対イチャついてるでしょって空気のやついるもん」
「付き合ったら隠せないタイプだよね〜」
ソフトクリームを舐めながら笑ってると、舞がわざとらしく顔を近づける。
「でさ〜、みんなの次に付き合うなら条件聞きたい!」
「絶対優しい人!」
「でも優しいだけじゃ退屈じゃない?」
「見た目は?」
「背が高いのは必須でしょ。あと手が大きい人!」
「いやいや、匂いだって!シャンプーとか香水で好きになる説あるし」
誰かが犬じゃんそれ!とツッコんで、笑いすぎてソフトクリームが傾いて慌てる。
赤レンガ倉庫に移動すると、レンガの影が長く伸びて観光客でいっぱいだった。
雑貨屋の前で立ち止まって、鏡に写る自分たちを見てまたひと盛り上がり。
「これ絶対ソルグラ映え〜!」
「着てみて!着てみて!」
「やばい、赤レンガでデートとか来たら雰囲気勝ちじゃん」
「観覧車とかもセットでね!」
「はい、そこで告白〜!やば、ドラマか!」
「舞はそういうシチュ絶対狙ってるでしょ」
「狙うに決まってんじゃん!映える告白で頼む〜!」
みんなの声が飛び交う中で、私は相槌を打ったり笑ったりしていた。
自分からはあまり語らなくても、気づけば視線や会話の流れが自然とこっちに集まってくる。
その感覚が心地よくて、少しだけ誇らしい気持ちになった。
フードコートの窓際に腰を下ろすと外はすっかり夕方の色になっていた。
トレーに広がったハンバーガーやポテトの匂いにお腹が一気に鳴る。
「写真撮ってからね!」
美桜がすかさずスマホを取り出し、料理を真ん中に寄せる。
柚菜も一緒になってほら、光こっち!ドリンクも映える角度!と真剣そのもの。
梨沙は冷めるから早く食べよと笑いながらも結局はピースをしていて、みんなで撮影会になる。
揚げたてのポテトを頬張ると塩気が強くてコーラが進んだ。
笑い声と喋り声が重なって、テーブルの上は一瞬で賑やかな小さなステージみたいになる。
ふと外を見れば港の空は藍色に沈み始めていた。
観覧車に明かりが灯り、ひとつずつ輪郭を描いていく。赤や青、緑がリズムよく巡って空気全体がきらめきに包まれていくようだった。
「やばっ、もう光ってる!」
舞が指差すと、全員が一斉に窓際へ身を乗り出す。
「これ絶対、夜の方が映えるでしょ!」
「てか観覧車って告白スポットじゃん!」
「ドラマで見たやつ〜!」
わいわい騒ぎながら空の色がすっかり夜に変わる前に私たちは立ち上がった。
赤レンガの広場から港へ向かう道は人でにぎわっていて、遠くから観覧車のゴンドラがゆっくりと昇っていくのが見える。
その光景を見ているだけで胸が高鳴る。
まるで映画のクライマックスに足を踏み入れるみたいに。
夕方の港町は昼間とは違う顔を見せていた。
海風が少しひんやりして、潮の匂いに混じって焼きたてのパンや香ばしい肉の匂いが漂ってくる。
「どこ入る?」
「お腹空いたー!中華街で食べすぎたのに、なんでまたお腹空いてんの?」
「歩き回ったからでしょ」
梨沙が笑いながら先頭を歩き、美桜が映えそう!と声を上げてガラス張りのレストランを指さした。
店の中はランプの光が暖かく窓際の席からは観覧車が大きく見える。
「やば、ここ絶対いいじゃん!ソルグラ映え確定!」
「じゃあ入ろ入ろ!」
大きなテーブルに案内されて、みんなメニューを広げる。
「え、ピザもある!」
「パスタも美味しそう!」
「シェアすればいいじゃん」
「それな!」
結局、ピザもパスタもサラダもスイーツも少しずつ頼んで、テーブルの上は色とりどりになった。
「はい、チーズ!」
舞がすかさずスマホを掲げ、料理とみんなを一緒に撮る。
「え、待って、瑠奈めっちゃ顔いいんだけど」
「やめてよ〜」
「いいから!タグどうする?赤レンガディナー、女子旅JK?」
笑い声が絶えず、グラスの氷がカランと鳴るたびにその時間がちょっと特別に思えた。
食べ終わって店を出ると、港の夜風がひんやりと頬を撫でた。
歩道の石畳に街灯の明かりが落ちて、少しだけ大人びた雰囲気になる。
「観覧車がもう点いてる!」
誰かの声に視線を上げると、さっきよりもずっとはっきりと夜の空に浮かんでいた。
「やば、めっちゃ綺麗!」
「近くで見たらもっと映えるよ!」
自然と足取りが速くなる。会話も笑い声も港の風に乗って広がっていく。
ゴンドラのドアが閉まると、ゆっくりと観覧車が動き出した。
窓の外にライトの骨組みが流れていって、二人だけの小さな空間に静けさが広がる。
「わあ……」
思わず声が漏れた。窓の向こうには港の夜景が広がっている。
ベイブリッジの白いアーチや赤レンガ倉庫の窓明かりがきらきらして、まるで宝石箱みたい。
でも不思議と非日常って感じより、今日一日の延長みたいに自然にそこにある景色に思えた。
隣で梨沙が頬杖をついて窓を見ながらつぶやく。
「こういうのって……なんか大人になった気分しない?」
「する。……この景色を一緒に見れるの梨沙でよかった」
口にしてからちょっと照れたけど、梨沙は視線を戻して笑った。
「……瑠奈って昔からずっと真ん中にいるじゃん。小学校のときから、クラスで一番目立っててさ」
「そんなことないよ」
「あるって。……だからこそ思うんだ。笑ってても、心の中では疲れてたりしないかなって」
梨沙は窓に映る自分の顔を指でなぞるようにして、少し視線を落とす。
「無理してないかなって。私にもそうだけど、紗月や美桜にも隠してることあるでしょ」
その言葉に一瞬きゅっと掴まれた。
「え、無理してないよ。隠し事とかないし、そういうのあたしができないの梨沙は知ってるでしょ」
「うん、知ってるよ。瑠奈は嘘つくとき意外と分かりやすいし」
「……え、そんなに?」
「幼馴染だし、そのくらいは分かるよ。何年の付き合いだと思ってんの」
梨沙は小さく笑って、そっと手を伸ばしてきた。お互いの指先が触れて、彼女のあたたかさが伝わる。
「まだ瑠奈が言えないなら今は無理して聞かないけど、いずれはちゃんと聞かせてね。佐伯くんのことも。急に別れることになったとか言ってたから」
「うん。その時が来たらちゃんと梨沙たちには言うから、まだみんなには内緒にしてて」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
窓の外では観覧車のライトがリズムみたいに巡っていて、その光の中で梨沙と並んで笑うだけで十分だと思えた。
――ここで梨沙たちに隠し事を伝えていれば、あの時どうなっていたのだろうか。
第2章は来週12月10日(水曜日)の20時に投稿します。
今後とも応援をよろしくお願いします。




