第五話:抜け道の宣誓
有無を言わさず演説台に立たされると、
ギルド中の視線が槍のように突き刺さるのを感じた。
ざわめきが波のように広がり、好奇と侮蔑が混じった囁き声が二人の耳に届く。
「おい、見ろよ。ガキじゃねえか」
「ずいぶん若いな。あれで冒険者か?
魔法学校を卒業したてにしちゃあ、早すぎる」
その声に、近くのテーブルにいた羽振りのよさそうな、
商人らしい男が、したり顔で応じる。
「いや、見てみろよ、あのローブの安っぽさ。
魔法学校に行く金もなかったクチだろう。
日雇い仕事でも探しに来たんだろ」
「ですが」と、壁際の席にいた聖職者風の男が、静かに口を挟んだ。
「王立エルサドル校ならば、才能ある者は学費を免除されるはず。
むしろ、裕福な者より貧しい者の方が多いと聞きますが」
その言葉に、一番近くで酒を飲んでいた屈強な鎧の冒険者が、
ニヤリと歯を見せて笑った。
「だったら答えは一つしかねえじゃねえか。
何かやらかして、退学になったクソガキだ。
俺には分かるぜ、ああいうのは根性ナシですぐに逃げ出すタイプだ。
せいぜい見世物だな」
ひそひそと、しかし確実に広がっていく悪意に満ちた憶測。
男たちはバドルを値踏みするように、女たちはサンサルをねめつけるように、
興味本位の視線を向けている。
その無遠慮な視線の圧力に耐えきれず、
サンサルは思わず演説台の下に隠れようとした。
「おい、どこ行くんだよ」
バドルが素早く彼女のローブの襟を掴んで、ひょいと引きずり出す。
「ひゃっ…!」
「人前に立つのが冒険者の第一歩だろ。腹括れ」
「で、でも、みんなが…!」
「見てるからいいんだろうが。俺たちの顔と名前を売るチャンスだ」
その強引なやり取りに、ギルドのあちこちから下品な笑いが飛んだ。
「さあ、お二人とも。頑張ってくださいね」
受付嬢は、そんな空気など我関せずといった様子で、二人の腕に手際よく「偽り封じ」の魔道具を取り付け、演説台の上の二分計砂時計をひっくり返した。
サラサラと、残酷に時は流れ始める。
最後に、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「嘘をつくと、腕の魔道具が赤く光りますから。お気をつけて」
ギルドの注目が、完全に二人へと注がれる。サンサルは恐怖で小刻みに震えていた。
だが、隣に立つバドルは——この絶体絶命の状況下で、不敵に、ニヤリと笑った。
彼は一歩前に出ると、騒々しいギルドに響き渡る声で、高らかに言い放った。
「俺の名はバドル!」
一瞬の静寂。
彼は、値踏みするような視線の一つ一つを睨み返すように見渡し、続けた。
「つい先日、とある『正しい戦い』の末に、
そこにいる最高の魔法使いを仲間に引き入れた!」
バドルが芝居がかった仕草でサンサルを示すと、彼女はびくりと肩を震わせた。
ギルドがどよめく。
「正しい戦い」とはなんだ?
「最高の魔法使い」だと?
どこまでが本当で、どこからがハッタリだ?
「目的は一つ! この街で荒稼ぎして、誰よりも大物になることだ!」
「そのために、ここへ来た! 以上!」
言い切った瞬間、ギルドは水を打ったように静まり返った。
なんだ、この新人は。
あまりにも無謀で、支離滅裂で、しかし、とんでもない自信だ。
サンサルもまた、呆然とバドルを見つめていた。
だが、数秒遅れて、彼の言葉のカラクリに気づく。
——嘘は、一つもついていない。
「正しい戦い」をしたのは、事実。
その結果、サンサルと行動を共にすることになったのも、事実。
金稼ぎに来たのも、大物になるという野望も、全てが事実だ。
腕につけられた魔道具は、沈黙を保ったまま、青白い光をたたえている。
静寂の後、ギルドは爆発的な騒めきに包まれた。
「おい、魔道具が光らねえぞ…!」
「全部本当のことだってのか!?」
「『正しい戦い』ってのは一体なんなんだよ! 気になりすぎるだろ!」
「とんでもねえ新人が現れたな…!」
その熱狂の中、サンサルが衝動的に叫んでいた。
バドルの作ったこの流れを、ここで途切れさせてはいけない。
彼を援護しなければ、という一心で。
「わ、私たちのパーティの魔力は、平均の3.1倍です!」
その具体的な数値に、騒ぎは驚きと興味の声へと変わっていく。
平均3.1倍。
それは、ベテランの域には届かずとも、
新米冒険者パーティとしては、間違いなく上位に食い込む実力だった。
「なるほど、道理で自信満々だったわけか」
商人たちが、目の色を変えて話し始める。
「平均3.1倍なら、そこらの魔物相手には遅れを取らんだろう。
面白い商品が出てきたな」
「おそらく、あの魔法使いの娘が突出しているんだろうな。
4倍ほどと見た。だとしたら、少年の方が2倍くらいか。それでも十分な実力だ」
その的外れな憶測に、バドルは内心で腹を抱えて笑っていた。
(俺が0.2倍で、サンサルが6倍なんて、夢にも思わねえだろうな! 最高だ!)
サンサルもまた、自分の本当の魔力量(6倍)を言わずに済んだことに、
心の底から安堵していた。
砂時計の砂が、残りわずかになる。
バドルは、ダメ押しとばかりに最後の切り札を切った。
「ちなみに、こいつは薬草にもめちゃくちゃ詳しい。
そこらの半端な錬金術師より、よっぽどな」
これもまた、揺るぎない事実だった。
チン、と。砂時計が終わりを告げる澄んだ音が響いた。
二人の、あまりにも型破りな宣誓は終わった。
結果は、劇的だった。
商人や聖職者たちは、「期待の新人」の話題で持ちきりだ。
若く、魔力が高く、度胸があり、そして何より面白い。
彼らは、自分たちの依頼をこの新星に受けさせるべく、静かな探り合いを始めた。
一方、古参の冒険者たちは、厄介なライバルが現れたと、
鋭い目で二人を観察していた。
ただ一人、全ての数字のカラクリを知る受付嬢のみが、呆気に取られたまま口を半開きにしていたが、やがて何かを諦めたように小さく首を振り、業務用の笑顔に戻っていった。
「や、やりましたね…! バドルさん!」
演説台から降りると、サンサルが興奮した様子でバドルの袖を引いた。
「ああ。ちょろいもんだったろ? ルールを知って、その裏をかく。それだけだ」
バドルは、誇らしげに笑った。
その時だった。
先ほどまで値踏みしていた商人たちが、我先にと二人の元へ駆け寄ってきた。
「君たち、素晴らしい宣誓だった! 実に頼もしい!
よければ、私の依頼を受けてくれないかね!
もちろん、日払いで報酬を出すとも!」
「うちの『スライム討伐』はどうだ!
新人にはうってつけだぞ! 報酬は銀貨一枚だ!」
「いやいや、君たちの実力なら、うちの『ゴブリン討伐』だ!
巣の規模は小さいが、報酬は銀貨三枚と弾むぞ!」
依頼の提案。それは、二人がこの街で生きる権利を得た証だった。
サンサルは、「銀貨三枚」というゴブリン討伐の高い報酬額に目を輝かせた。
これさえあれば、数日は宿と食事に困らない。
彼女は思わずそれを選ぼうとする。
「——俺たちは」
だが、その声を遮り、バドルは即決した。
彼は、最も報酬が安い依頼書を、集まった商人たちの中から抜き取って見せる。
その依頼を提案した商人が、きょとんとした顔をした。
「え? そ、それはただの『薬草回収』で、報酬は銅貨80枚だが…
君たちの実力には見合わないのでは?」
「いや」
バドルは、悪戯っぽく、ニヤリと笑った。
「俺たちは、ただ強いだけじゃない。賢くもあるんでね。
これが、今の俺たちにとって最高の依頼だ」
戦わずして勝つ。
その第一歩が、今、踏み出された。
もし、少しでも面白い、続きが見たいと思っていただけましたら、星やリアクション、ブックマークで応援してくださると嬉しいです! 執筆の大きな励みになります!