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第四話:平均値の悪魔

受付嬢は手慣れた様子でバドルの腕をポーションで消毒し、

歪な魔道具の針を構えた。


「少し、ちくっとしますね」

「ああ、別に…」


バドルが気だるげに返事をした瞬間、鋭い痛みが神経を駆け上がった。


(……って、意外と痛えな、これ)


思わず顔をしかめそうになるのを、寸前で堪える。

視界の端で、サンサルが心配そうにこちらを見ているのが分かったからだ。


彼女が針に怯えていた手前、ここで情けない顔を見せるわけにはいかない。


バドルは意識して口の端を上げ、さも余裕であるかのように腕を眺めた。



「ふふっ、無理なさらなくても大丈夫ですよ」


受付嬢が、全てを見透かしたような声で、鋭い一撃を放った。


「なっ…!」

「ぷっ…」


隣で、サンサルが必死に口元を押さえて笑いを堪えている。

その肩がくすくすと震えているのを見て、バドルは毒気を抜かれた。



やがて、測定の終わりを告げる鈴が澄んで響いた。

受付嬢が魔道具のゲージに目を落とし——そして、その笑顔が凍りついた。

バドルも、サンサルも、その視線の先を追う。


魔道具のゲージが、信じられない数値を指し示して止まっていた。

サンサルの時とは、全く逆の意味で。


成人男性の平均魔力を「1」とした場合、ゲージが示した数値は「0.2」。

サンサルのように、何人分などというレベルではない。常人の五分の一。

魔術学校の生徒としては、もはや測定誤差を疑うレベルの低さだった。


終わった。

低すぎんだろ。

まじかよ。なんで? そんなに低いの、俺?


絶望が、冷たい霧のようにバドルの頭を覆い尽くしていく。


「あ、あの…」


サンサルの顔が真っ青になっていた。

彼女は、この結果が自分のせいだと言わんばかりに狼狽えている。


受付嬢は、明らかに言葉を選んでいた。


「え、ええと、魔力というのはあくまで一つの指標ですから!

 そう、相対的なものです! ええ!

 その、剣術や体術に優れた冒険者様も、たくさんいらっしゃいますし…!」


必死に話題を変えようとするその姿が、逆に現実の残酷さを浮き彫りにしていた。


バドルは、放心したまま、かろうじて言葉を紡いだ。


「…魔力が、低くても…仕事は、もらえるのか」


受付嬢は、「もちろんですよ」とも「厳しいですね」とも言わず、

ただ困ったように微笑むだけだった。答えは、沈黙が雄弁に語っていた。


「バドルさん…」


サンサルが慰めるように声をかけてくる。

しかし、平均の6倍という怪物じみた才能を持つ彼女の言葉は、

今のバドルには届かない。



——だが。


不意に、バドルの口から乾いた笑いが漏れた。


「はっ…はははっ」

「バ、バドルさん…?」


「ああ、なるほどな。そういうことかよ」


バドルは、自分の手を見つめて笑い続けた。


どうやら、この世界の神様とやらは、よほど自分に祈られたくないらしい。

そうでなければ、こんな仕打ちをするはずがない。


中途半端な才能を与えられなかったことに、彼は今、心の底から感謝していた。

もし、平均程度の魔力があったなら。

もし、人並みに魔法が使えたなら。

自分はまた、「正攻法」という甘い幻想に囚われていたかもしれない。


だが、現実はこれだ。

魔力量、0.2。

神は、バドルから「正攻法」という選択肢を、

物理的に、そして完全に奪い去ったのだ。


抜け道以外の道はない。

そう、最初から示してくれていたじゃないか。


「——吹っ切れた」


憑き物が落ちたようなバドルの顔を見て、サンサルと受付嬢はただ呆然としていた。



その後、二人は受付嬢から冒険者登録の最終確認を受けた。

そこで、さらなる現実が突きつけられる。


「大変申し訳ないのですが…」受付嬢は申し訳なさそうに切り出した。

「ギルドの規定で、魔力量が平均値の0.5に満たない方は、

 個人での冒険者登録が認められておりません。ですので、バドル様お一人では…」


「だろうな」


バドルは、もはや何の驚きもなく頷いた。だが、受付嬢は慌てて言葉を続ける。


「ですが、抜け道…いえ、方法が一つだけあります!」


彼女が示したのは、「パーティ登録」という制度だった。


「パーティとして登録する場合、

 任務の受注資格はメンバーの魔力量の『平均値』で判断されます。

 サンサル様が6、バドル様が0.2…お二人の平均値は3.1。

 これならば、全く問題なく登録できます!」


さらに、パーティならギルドへの手数料も少しだけ削減され、

より高報酬の依頼も受けやすいのだという。


「なるほどな。つまり、ボッチ冒険者を弾き出すためのシステムか」

「きっと、一人での任務は危険だから、パーティを推奨しているんですよ」


バドルの皮肉を、サンサルが健気にフォローする。



受付嬢は、二人の申請書を受け取ると、何かを思い出したように顔を上げた。


「ちょうど、先ほどのグループの入札が終わったようですね」


彼女が指差したのは、あの騒々しかった演説台だった。

いつの間にか、先ほどの冒険者の姿はなく、砂時計の砂も落ちきっている。


「登録の締めくくりです。さあ、こちらへ」


受付嬢は有無を言わさぬ笑顔で、二人をあの演説台へと連れていく。


「え、ちょっ…俺たちが、あそこに立つのかよ!?」

「最初の挨拶みたいなものですよ。意気込みとか、得意な技や属性とかを、

 砂時計が落ちるまでに語っていただければ大丈夫です」


得意な技も、語れる属性もない二人に、それはあまりにも無茶な要求だった。

ざわめきが少しずつこちらに向かってくるのを感じる。

何人かの冒見者が、新しい顔に気づいて、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。


バドルとサンサルは、顔を見合わせる。


そして、揃って息を呑んだ。


世界の歪んだ価値観を象徴するその舞台に、

二人はあまりにも無防備に、立たされようとしていた。

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