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第三話:砂時計と偽り封じの水晶

エルサドル冒険者ギルドの樫の扉は、これから始まるであろう荒事と、

これまで潜り抜けてきたであろう修羅場を物語るかのように、無数の傷で覆われていた。


バドルが扉を押し開けると、むっとするような汗と酒と、

そして微かな血の匂いが混じった熱気が、二人を歓迎した。


ギルドの中は、想像を絶するほど騒々しかった。


屈強な鎧の男たちがジョッキを打ち鳴らし、

革鎧の女たちが狩りの成果を自慢し合っている。


その喧騒の中心に、人だかりができていた。

皆が熱心に見つめる先には、酒樽を重ねて作ったような粗雑な演説台があり、

そこで一人の冒険者が大げさな身振り手振りを交え、何やら熱弁をふるっていた。


「……かのオークシャーマンの呪詛が我が身を蝕み、左腕の感覚が失われようとも!  

 俺はこの聖なる槍を放つことを躊躇わなかった!

 天を穿つ一撃、『ゲイル=スラスト』が奴の喉笛を貫いた時、

 仲間たちの顔に浮かんだ安堵の色を、俺は生涯忘れることはないだろう!」


演説台の上には二分計の砂時計が置かれ、

男の腕には奇妙な魔道具が鈍い光を放っている。



「ちっ、話長すぎんだろ。結果だけさっさと報告すりゃいいだろうが」


バドルは、まるで駄文を読まされたかのように悪態をついた。



「な、なんなのでしょうか、あれは…」


サンサルは、イメージしていた冒険者の姿との違いに、戸惑いを隠せないでいた。



「知るかよ。どうせくだらない自慢話だろ」


バドルはサンサルの腕を引き、

人だかりを避けるようにしてギルドの受付カウンターへと向かった。


幸い、ほとんどの人間があの奇妙な演説会に夢中のようで、

待ち時間なしで受付嬢がにこやかに顔を上げた。



「はい、こんにちは。ギルドへようこそ」

「…あの、すみません」


サンサルが、静かにおずおずと尋ねた。


「あそこで行われているのは、一体…?」


その問いに、受付嬢は悪戯っぽく笑った。

栗色の髪を揺らし、その目は二人を優しく、しかし的確に見抜いている。


「ふふっ、もしかして、ギルドへの登録は初めてですか?

 驚くのも無理はありません。あれは『砂時計入札』と言って、

 この国のほとんどのギルドで採用されている任務の受注方式なんです」


受付嬢の説明は簡潔だった。


冒険者は任務を受注する際、砂時計が落ちるまでの二分間で自身の近況や任務成績をプレゼンする。

それは自己宣伝であり、パーティメンバーを募る広告塔にもなるのだという。


「そして何より」と彼女は続けた。

「素晴らしい武勇伝や、困難を乗り越えた物語を語ると、

 美しく可憐な『過程』を重視なさる貴族の方々の目に留まり、

 後援者になっていただけることもあるんですよ」


ただし、と彼女は演説台の隅を指差した。

そこには、男の腕の魔道具と連動するように、青白い光を放つ水晶が置かれている。


「嘘はつけません。『偽り封じの水晶』です。

 任務内容や自身の感情を偽ると、

 腕の魔道具が精神…正確には魔力回路の揺れを検知して、

 水晶と魔道具が赤く光る仕組みになっています」


「へえ、そりゃ面白い」

バドルは、そのシステムを聞いて愉快そうに笑った。


「つまり、本当のことならどんな大げさな脚色つけてもいいってわけか。

 こりゃ、演説の台本から考えないとな」


「ふふっ…」


バドルの言葉に、サンサルもつられて少し笑った。

その顔にはもう、寮を出た時のような絶望の色はなかった。


受付嬢は苦笑いを浮かべながら、二枚の羊皮紙とペンを取り出した。


「お二人とも、新規登録でよろしいですね。

 では、こちらの用紙にご記入をお願いします」


示された用紙には、【名前】【住所】【得意属性】【経歴】【魔力量】、

そして最後に【ギルドに入ろうとした理由(2000字以上)】

という項目が並んでいた。


「げっ」バドルは最後の項目を見て、あからさまに顔をしかめた。



「理由を2000字? 子供の作文じゃねえんだぞ…」


彼は悪態をつきながら、受付横の机でペンを走らせ始めた。


名前は逆張りで「バドル」、

住所と得意属性は「無し」、

経歴には「王立エルサドル高等専門魔術学校を、退学」とだけ記す。


だが、理由の欄を前にペンが止まった。


「抜け穴を見つけて金を稼ぐため」などと書けるはずもない。


その横で、サンサルは驚くほど早くペンを走らせ、魔力量以外の項目を埋めた用紙をそっと受付嬢に差し出した。


その字はミミズが這ったようだったが、受付嬢は笑顔でそれを受け取った。



「ありがとうございます。では、サンサル様から魔力量の測定をいたしましょうか」

「は、はい」


サンサルが頷くと、バドルが慌てて割って入った。


「おい、いいのかよ。闇魔法のこと、バレたらまずいんじゃ…」

「大丈夫です」


サンサルは、静かに、しかしはっきりと首を振った。


「属性というのは、魔力をその人に合った形に整えるための『型』

 のようなものです。魔力そのものの性質を測るだけなら、

 属性までは分からないはず…!」


バドルの心配をよそに、彼女は覚悟を決めたようだった。



受付嬢がカウンターの下から取り出したのは、歪な歯車とガラス管が組み合わさった魔道具だった。


その先端から伸びる細く鋭い針を見てサンサルの顔が青ざめたが、彼女はぐっと唇を噛み、シミのついたローブの袖をまくった。


受付嬢が手際よく針を刺すと、

ガラス管に彼女の血液がゆっくりと吸い上げられていく。


(思ったより、原始的なんだな…)


バドルは、血液中の魔力濃度から総量を算出するのだろうと冷静に観察していた。

その間も、彼はやけくそで理由書を書きなぐる。


『金が欲しいからだ。理由はそれ以外にない。金があれば大抵のことは解決する。

 俺は貴族より強くなる。そのために金がいるのだ…』


同じ内容の繰り返しと脈絡のない野望で、ひたすらに空白を埋めていった。


「——測定、終わりました」


受付嬢の凛とした声に、バドルは顔を上げた。

魔道具のゲージが振り切れ、信じられない数値を指し示して止まっている。


「素晴らしい…! サンサル様の魔力量は、成人女性の平均値の、実に**6倍**です!

 なんという才能でしょう!

 もしかして、伝説と言われる『光』の属性をお持ちなのでは…!?」


受付嬢が興奮気味に賞賛の言葉を並べる。


その瞬間、サンサルの顔がぼっと火を噴いたように真っ赤になった。

彼女は、まるで何かとんでもない罪を犯してしまったかのように狼狽えると、

バドルの背後にさっと隠れてしまった。


「おいおい、なんで隠れるんだよ。すげえじゃねえか、褒められてんだぞ」


バドルが適当に彼女の頭を撫でて慰める。

背中に隠れたサンサルの体は、小刻みに震えていた。


自分の力が他人に評価されることへの恐怖。

その根深さを、バドルは改めて感じていた。



「さ、次はバドル様の番ですね」


受付嬢が、消毒した新しい針を手に、にこりと微笑む。


バドルは、書きなぐった申請書を提出し、

サンサルとは対照的に、無造作に腕をまくった。


「ああ、頼む」


そして、彼もまた、あの歪な魔道具の前に、自らの腕を差し出した。

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