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初心者が練習試合に参加してみたら? 5

アタッカーがアウトになってからディフェンスフェーズが開始するまでは情報をチームに伝える時間である。アタッカーとして出なかった選手もベンチから様子を窺うことは出来るが、ベンチはフロアの最後方にあるため僕たちの持ち帰った情報がほとんど全てになる。特に今回の湿地帯テクスチャは見通しが悪い。


まずは出撃したアタッカー4人での情報のすり合わせを行う。すぐにやっておかないとディフェンスフェーズが始まって忘れてしまうからね。アタッカー4人にコマンダーの2人を加えて報告会を行う。


「じゃあシグリっちが最後に持ってきた情報から教えて?」

「はい。東側にはディフェンダーが5人配置されていました。足場は悪く、隠れる場所もそれほどありません。オフサイド取るのは難しそうかと」

「ちょっと待って。ディフェンダーの数が合わないわ。アタシたちが戦ったディフェンダーは4人いたわよ?」


ディフェンダーは試合開始時点で11人。2人アウトにしたので、今フィールドにいるはずのホエールズディフェンダーは9人だ。

僕たちが発見したのは、僕が視認した右サイド5人と、ニジュたちが接敵した左サイド4人。全員が1階層の守りについていた計算になる。


「コアガーディアンが1層守ってたってことですかね?」

「そんなわけないでしょ」


コアガーディアンは対人守備に特化した選手で、最深層でダンジョンコアの守備を専門とする選手である。ダンジョンコアの周囲はコアガーディアンのポジションの選手しか入れないエリアがある。戦術で浅いフロアに配置されることも無くはないが、万が一オフサイドを取られてアウトになると他の選手はダンジョンコアに近寄れないので、3階層のダンジョンコアが丸裸になってしまう。

しかもコアガーディアンは特製のユニフォームを着用している。他の選手と見分けるためのユニフォームなので、フィールドにいたら気がつくはずだ。


「あとね〜、たぶんシグリっち、スカウトの選手気が付かなかったでしょ」

「え、わかんないです」

「そう言えばホエールズの新入生スカウトって……。リオ、ホエールズの同級生でスカウトやってる選手知ってる?」

「ああ、太峰(たいほう)のことか? U16の筑吹代表選手で、ステルス魔法を使う選手だが」


U16というのはアンダー16歳、つまり高校1〜2年生以下の筑吹選抜チームの選手ということだ。競技ダンジョン強豪国の筑吹の中でも特に優れた選手ということ。


「シグリっち全然気がついてなかったけど、ずっと後ろにスカウトの選手いたんだよ。ステルス魔法使って見えなくなってたからしょうがないけどね〜」

「先輩はなんで見えてるんです?」

「だって重さとか存在が消えるわけじゃないからねぇ。足跡とか、葉の揺れは残るし」

「アンタずっと泳がされてたってわけね。ぷぷっ」

「筑吹U16の選手なら仕方ないよ……。シグリくん、次は私がなんとかするから」

「説明しよう。ステルス魔法は水魔法と風魔法の複合魔法で」

「はいはいウンチクは黙ってて。問題はアタシたちが発見したディフェンダーが2人多いってことよ」

「それもステルス魔法と一緒だと思う。たぶん、魔法で蜃気楼みたいなことをしていたんじゃないかな」

「あー、なるほどだわ」


蜃気楼は空気の密度の差によって光が屈折して進む現象である。意図的にどうやって起こすのかはわからないが、風を操るのが得意なミウアが出来ると言っているのだから出来るのだろう。


「つまり僕がディフェンダー1人を2人と数えていたってことですかね?」

「それか西側にいたディフェンダーが東側にもいるように見えていたってことかもしれないわね。いずれにせよ、ホエールズは実際よりも多い人数がいるように見せていたと」

「でもそれって、僕たちが控室に戻ったら明らかになることですよね?」

「まあブレイカー対策とかだったんじゃない? 知らないけど」


確かにディフェンダー5人でフィールド東を埋めていたらバレずに通り抜けるスペースないなって思うけど、3人だったらわんちゃん行けるかもしれないと思う。仮にあの場面で僕が仕掛けたとしても相手のスカウトに見つかっていたのだから無理だったとは思うけど。


「そろそろディフェンスフェーズが始まる時間です。ディフェンスフェーズの準備をしましょう」

「みんなに共有することって何かあるかしら。ステルス魔法はミウアがなんとかするとして……」


アタッカーが持ち帰った情報で、必要なものはコマンダーのラミー先輩からチームへ伝えられる。1ターン目のオフェンスフェーズは情報収集が目的だった。秋海棠高校は先攻だったので、この情報は2ターン目以降のオフェンスフェーズだけでなく、1ターン目のディフェンスフェーズでも活かさなければいけない。例えばステルス魔法使う選手がいるよ、とか共有しておけば、不意を突かれて混乱することもない。


「シグリっち、オフェンスは難しかったと思うけど、ディフェンスの方は大丈夫そ?」

「はい。1階層はサバンナなので仕事はないはずですよね?」

「せやね〜。まあとりあえず後ろの方で見学してよっか」


控室の、オフェンスフェーズで使った扉とは反対側の扉を出ると秋海棠高校のダンジョンに出る。現時点での戦場は1階層なため、1階層と2階層の緩衝地帯にディフェンス側のベンチがある。

僕たちスカウトが必要になるのは2階層の密林フロアから。1階層でアウトになるわけにはいかないので、ディフェンダーよりも後ろで、すぐに2階層へ移動できるような位置で待機する。プルル先輩も僕たちと同じように後方で待機するようだ。スイーパーはディフェンダーの裏を守るポジションだし、障害物が少ない環境ではディフェンダーが裏を取られることはまずありえないからね。


ディフェンスフェーズは開始したばかりだが、既にホエールズユースのアタッカーが遠くに見えている。僕の位置からも視認できているので、前にいるディフェンダーからも同じように見えているだろう。

ホエールズアタッカーがいる辺りに強い風が吹き付ける。風で相手の輪郭がぶれたような……?

チェッカー先輩は上げていたサングラスを元の位置に戻す。


「ミウたそすごいねえ」

「なにかやったんですか?」

「今の風はミウたその魔法っしょ。蜃気楼もステルス魔法も風魔法がベースだから、風魔法ぶつけてあげれば揺らぐよね〜」

「なるほど、それで輪郭が」


輪郭がぶれたのは蜃気楼のダミーだったのだろう。つまり4人で進行してきているように見えるアタッカーは実は3人で、どこかにステルス魔法のスカウトが隠れていることになる。


「ステルス魔法も風魔法で崩せるんですか?」

「たぶんね〜。でもこんな広くてどうすんのかねぇ」


広範囲に魔法を掛けることは簡単なことではない。だが、どこにいるかわからないスカウトのステルス魔法を相殺できるような風をフロア全面に吹かせることは困難なはずだ。蜃気楼は別の位置に写像を作り出す魔法なので弱い風でも簡単に崩れるが、ステルス魔法は光の加減で見えているものを消す魔法なので、弱い風では効果が薄い。弱い風でステルスが若干歪んだとしても、元々見えてないものが歪むだけだから普通は気付けないってこと。

発見できていないアタッカーがいると、ディフェンダーも後ろを気にしながら守らなければいけないので難しくなる。特にステルス魔法を使う選手は、僕と同じように隠密型のブレイカーも兼ねているだろう。


「んにゃ、手伝ってあげちゃっても良いんだけどねえ。プルたんどう思う?」

「ぷるる、いつでもうてる〜」


言い終わると共にズガァアアアアアンとすごい音がした。耳破れるかと思ったぜ……

発射された弾丸は寸分違わず先頭を歩いていたアタッカーに突き刺さった。リタイアのサイレンが響く。

相手をキルしたプルル先輩は射撃の反動で後ろに吹き飛んでいた。


少し離れた場所にいるラミー先輩が「え? なんで撃ったの?」みたいな顔でこちらを見ている。そりゃ守備の統率をするコマンダーに何も言わずに大口径砲ぶっ放したんだから驚くよな。


「プルたん、撃つ前に言ってよ〜」

「ちぇーならだいじょうぶだとおもったです〜」

「間に合ったけどさぁ〜」


プルル先輩の発砲を察知したチェッカー先輩が、僕の耳にも防御魔法を張ってくれていたみたいだ。

砂まみれになったプルル先輩をチェッカー先輩がパタパタしてる。


「ちぇー、まだうっていいです〜?」

『プルルさん、まだ撃たないでください』

「だってさ〜。先にスカウトなんとかせんといかんしな〜」

「うい〜」


通信魔法でラミー先輩から注意されているのだが、プルル先輩は緊張感ゼロすぎる。


1人減ったホエールズのアタッカーの方を観察していると、サバンナに生える低木が次第にザワザワと音を立て始めた。


「風が……来るっ!!」

「くるです〜」

「これもミウアの魔法?」


フロア全体に吹き始めた風が、土を巻き上げ土煙を作る。

ダンジョンの北から南へ向けて、つまり僕たちがいる方向からホエールズアタッカーに向けて砂嵐が舞い始めた。


「ミウたそすげ〜。これじゃステルス魔法も効かんな〜」

「ちぇー、うったほうがいいです?」

「せやね」


またもや会話が切れると同時に凄まじい発砲音。次弾もちゃんと相手のタイミングを外せたようで、アタッカーを1人吹き飛ばす。ラミー先輩が「だからなんで撃ったの?」って顔してますけど。

てか良くこんな風の中で遠距離射撃当てるよな。普通風の影響で標的外したりしそうなもんだが。


「今日は調子いいね〜」

「ぶいぶい〜」


またもや反動でひっくり返っていたプルル先輩をチェッカー先輩が起こしに行く。僕はステルス魔法で隠れているというホエールズのスカウトを探そうと目を凝らした。


「見つけたかね〜?」

「全然見つかりません」

「そっか〜。まあいいよ。この砂嵐の中ではオフサイド狙ってこないっしょ」


ホエールズはターン開始直後、蜃気楼でアタッカーが4人行動をしていることを偽装していた。つまりこの段階で既に、スカウトはステルス魔法を発動させて単独行動していたことになる。

今回はミウアが蜃気楼を破ったが、仮にそのままアタッカーが進んできていても近くまで来たところでバレていたはずだ。だって4人の中に同じ人がいるんだもん。

つまり蜃気楼で増えたのはシンプルに囮のためで、本命はステルス魔法によるオフサイド狙いだったはずだ。でなければホエールズのアタッカーがプルル先輩から簡単に射線が通るような位置をのんびり進軍していることがまずおかしい。囮だと分かっていたからプルル先輩も勝手に撃ったのだろう。

ホエールズアタッカー陣の本命はステルス魔法使いの太峰氏(推定)だったはずが、そこでまたもや立ちふさがったのがミウアである。広範囲に砂嵐を吹かせ、ステルス魔法を看破しやすくしたのだ。ステルス魔法は光の流れを曲げるものであるが、空気中に物質が混ざれば不自然な物質の流れが可視化されてしまう。簡単に言えば、砂嵐の中で砂が舞っていないぽっかり空いた場所を探せばよいのだ。


「こうなったら、スカウトの子もアンカーポイント作って退散するしかないよね〜」

「勝手にリタイアしてくれるってことですか?」

「もう1人もリタイアすれば、たぶんね〜」


そのもう1人のアタッカーにはダンジョンモンスターの獅子が襲いかかっているところだった。1人で相手できるようなモンスターじゃないし、スカウトの選手が助けにでも来なければそのままリタイアだろう。


「スカウトは撃ったらダメよ〜」

「ぷるる、りょうかい〜」

「スカウトはブレイカーの選手ですよね。なぜ先に落とさないんですか?」

「ん〜、たぶんスカウトの子、私に見つかってるって思ってないっしょ。てことは、相手は次のターンそのアンカーポイントを使ってくるかもってこと」

『その通りです。そのままチェッカーさんは気付いていないフリをしながらアンカーポイントを特定してください。2ターン目でラッシュします』


ラッシュというのは、戦力を集中させて同時に特定の箇所へ襲いかかること。今回の場合で言えば、1ターン目に相手が使ってきそうなアンカーポイントを特定しておいて、2ターン目の開始直後にアンカーポイントへ戦力を集中させて攻め込む。要は奇襲のことだ。成功すれば2ターン目を速攻で終わらせることが出来るし、相手も前進できない。

プレーが目立つ魔術師やブレイカーと違い、スカウトの能力は可視化しづらい。チェッカー先輩は情報戦にも気を配っており、スカウトで優っている力関係を利用して相手が持つ情報すらコントロールしている。


「なるほど。これで相手は同じ位置で2ターン浪費しますね」

「これが情報戦ってやつよ〜」

「おぉ〜。天才っぽい」

「ちぇーはいがいとできるこなんだよ〜?」

「意外とって何よ幼馴染さん〜」


チェッカー先輩がプルル先輩をうりうりしてる。仲いいなホントに。

1ターン目のディフェンスフェーズはそのままチェッカー先輩の言っていた通り、3人目の囮アタッカーがダンジョンモンスターの獅子に敗れてからスカウトの選手がリタイアを申告して終わった。


僕たちは控室に戻り、2ターン目に向けたミーティングを行う。


「スカウトは1ターン目で十分仕事をしてくれました。次のターンは、フロア踏破チャレンジするかどうかですね」


僕とチェッカー先輩で1ターン目に得た情報を元に、このまま何ターンか攻めれば1層目は落とせそうという判断をラミー先輩はしたようだ。少なくとも東側をゴリゴリ押していけば相手も下がっていくだろう。2層目にはホエールズのダンジョンモンスターがいるはずだし、ホエールズの主戦場はそちらのはず。


「2層目のことを考えると、1層目を速攻するのも正しいとは言えないかもしれないわね」

「万が一オフサイドが取れなかった場合、見通しが良くて地の利が相手にある海洋テクスチャで残りのディフェンダーを相手にしなければならない。俺たちに有利になる作戦かどうかは怪しいところだな」


リオの言ったように、ブレイカーがオフサイドを取るためには相手の裏をとってディフェンダーよりも先に先のフロアに到達しなければいけない。今スタメンにいるブレイカーは僕だが、僕が全く相手のスカウトに歯が立たない以上、ディフェンダーたちののスキを突いてオフサイドにするのは難しいだろう。さらに相手が空けている西側は足場も良くなく、追いつかれる前に駆け抜けるということも不可能に近い。


「となれば今のフロアでディフェンダーを削っておくのがいいかしらね」

「そうは言っても相手がリスクのあるディフェンスをするとは思えない。こちらが攻め立てても激しく戦わずに後退していくのがオチだろう」


そもそもディフェンダーはアウトになったら復帰できないので、アウトになるくらいなら後退するべきだ。チーム全体が後退すればするほどダンジョンの幅は狭くなるので他のディフェンダーとの距離が縮まって守りやすくなる。味方の密度が低いフロアで無理に踏ん張る意味はない。


「相手が乗ってくれば、という作戦なら1つだけありますけどね。シグリ君、分かりますか?」

「え!? 僕が?」


なんで僕? リオじゃなくて?

分かりませんと答えようと思い、少し考える。ラミー先輩が、なぜ僕に聞いたのか。その答えを僕は知っているかもしれないと思ったから。


ホエールズのディフェンダーは残り9人。コアガーディアンとスカウト、さらにコマンダーもいるはずなので純粋なディフェンダーはマックスで6人。

ふと、相手のスカウトの選手のことを考えてみる。隠密型のスカウト兼ブレイカーの太峰選手は、ポジションと役割が僕と似た選手だと思う。僕は人の視線を避けて隠れ、太峰氏は魔法で物理的に見えなくなる。似ている選手だからラミー先輩は僕なら気付けると思ったのかな?


でも僕は太峰氏が真後ろから見ていたらしいのに全く気付けなかったし、砂嵐の中でも見つけることができないまま相手にリタイアされている。そもそも僕は初心者で、太峰氏はプロのユースチーム所属、筑吹U16選抜に入るような凄腕プレイヤーだ。そんな世代トッププレイヤーと同じようになんて、僕に考えられるわけがない。


と考えたところで、ふと視界の端で特徴的な装飾がされた大きなグラサンがキラリと光を反射した。

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