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初心者が練習試合に参加してみたら? 3

練習試合は土曜日に行われた。場所は秋海棠高校。

ユースチームとはいえ、世界最高峰のメジャーリーグのクラブがこんな辺鄙な漁村まで来てくれるとは、改めて我が校の設備のレベルには驚かされる。

ちなみにホエールズユースはホエールズのバスでやってきた。プロのタマゴたちは待遇もすごいんだな。


「今日は2試合行います。1試合目はユースBチームとの試合なので、こちらも下級生など普段スタメンじゃない選手を中心に。2試合目はAチームなので、主力組で行きます。ニコルくんも出ます」


ここで言うユースのAチームとBチームは、1軍と2軍みたいな感じだ。僕たち秋海棠高校は2チームも用意するほど部員がいないので同じチームで戦うが、いちおうスタメンの編成をホエールズユースの2軍には下級生中心、1軍には上級生中心と選手の出場時間をバラけさせている。1試合目、キャプテンのガレオン先輩とホエールズ特別指定選手のニコル先輩はベンチにすら入らない。

ラミー先輩は全体に向けて説明をした後、僕たちサポート班がたむろしているところへやってきた。


「ヘッケル君、チェッカー君は2試合とも出ますか?」

「出る。けど、1試合目はシグリもいる」

「ふむ。無理はしないようにと伝えてください」


サポート班に属するメンバーのポジションは、いずれも秋海棠高校の手薄なポジションだ。スイーパーは2人いるが、ブレイカーとスカウトは1人しかいない。僕を数に入れたとしても各ポジション2人ずつで、本当に最低限のメンバーである。

ヘッケル先輩が班を集合させる。サポート班は4人しかいないので集合も迅速だ。本当はサポーター枠のコマンダー2人が別班だからってのもある。


「今日はスイーパーは1枚でいいらしい。1試合目はプルルね」

「ぷるる、りょうかいです〜」

「ボクも一応控えに入る。2試合目は逆ね」

「はい〜」


プルル・トリクチス。2年生のスイーパーの先輩だ。ぽわぽわした女子だが、銃を持たせれば凄腕のスナイパーである。本人の背丈ほどもある大口径砲と取り回しの良いハンドガンを使う。


「1試合目はチェッカーとシグリ2人ともスタメン、2試合目はチェッカーだけ」

「おっけ〜。早速だねシグリっち〜」

「は、はい」


昨日渡された練習試合用のマップは頑張って覚えてきた。チェッカー先輩はチラッと見ただけで「覚えた!」って言ってた。本当にチラッと見ただけで2試合分の6つのマップを覚えるなんて信じられないんだけど。

ちなみに3階層2試合でマップは6つだが、狭い3階層はいろいろ制約があるのでどのチームも基本的には障害物のない平坦なテクスチャになる。僕たちスカウトは特に役割がない階層だ。


「1試合目、ブレイカーはシグリしかいないから頑張って」

「うぇ。全部僕がやるんですか……」


それはそれで胃が痛い。そういえばヘッケル先輩は1試合目ベンチスタートって言ってたな。基本的にスイーパーのプルル先輩の補欠って感じで、プルル先輩がディフェンスアウトにならない限りヘッケル先輩の出番はないだろう。


「だいじょ〜ぶシグリっち。ウチらの仕事は2フロアぶんしかないよ〜」

「そうなんですか?」

「碓氷ホエールズユースのテクスチャ情報はもらってる。1階層が湿地帯、2階層は海洋だから、2階層ではブレイカーもスカウトも出番ないね」


海洋テクスチャは起伏がなく、見通しが良いマップだ。スカウトじゃなくても相手の陣容は把握できるのでわざわざスカウトの選手出すことはないし、ブレイカーも隠れることができないのでオフサイドは取れない。確かに仕事はなさそうだ。

一方、秋海棠高校のテクスチャは1階層がサバンナ、2階層が密林。碓氷ホエールズユースには同様にこの情報が渡っている。僕が特に一生懸命覚えてきたのは2階層の密林だ。サバンナも海洋と同様に見通しが比較的良いので僕の出番はないだろうとのこと。

つまり僕が頑張れば良いのはオフェンスフェーズで1フロア、ディフェンスフェーズで1フロアだけっぽいな。

ちなみにダンジョンモンスターはサバンナテクスチャに獅子が配置されている。ホエールズはたぶん海洋テクスチャにクジラがいるんだろう。どちらも僕には関係ないフロアだ。


「シグリはデビュー戦だし気楽にやればいいよ。練習試合だから練習と同じ」

「そうだよ〜。シグリっち楽しもうね〜」

「ふぁいと〜」

「あ、ありがとうございます」


初心者はチームに1人だけ。相手もユースチームだし、秋海棠高校よりも上手い選手が多いだろう。でも悪目立ちしないように立ち回るのは普段の生活と同じだ。陰キャはクラスで目立っちゃいけないからね。良くも悪くも。


 * * * * *


秋海棠のユニフォームは薄ピンク。背番号が割り振られており、僕は19番を付けて試合に臨む。部員19人中の19番目の選手だ。もっともユニフォームを着用するのはフィールドに出ていない時、つまり控室、またはベンチで待機しているときだけである。僕のポジションはスカウトかブレイカーなので、オフェンスフェーズやディフェンスフェーズでフィールドに入るときはもっと目立たないような服装を着用する。

向かい合う碓氷ホエールズユースは、トップチームと同じ色合いの濃紺のユニフォームを着用している。Bチームの選手たちなので背番号の数が大きい選手ばかりだ。36番の選手がいるってことは、36人以上いるってことか。


試合前の挨拶をしてそれぞれの控室へ向かう。

競技ダンジョン用のダンジョンは魔法で作られていて、内部の空間は圧縮されている。つまり実世界にダンジョン内部と等しい体積は必要としない。

試合は客席から観戦することが可能だが、反対にダンジョン内から観客席は見えないようになっている。

もちろんこれは会場から余計な情報が入ることを防ぐためであり、同様に実況解説の声やファンの応援もダンジョン内、控室共に聞こえないようになっている。

控室には3つの扉がある。まず1つは医務室へ繋がる部屋。ここは競技中にアウトになった選手が転移させられる部屋だ。怪我などがある場合は医務室で治してから控室へ戻る。

残りのうちの1つがオフェンスフェーズ用で、もう1つがディフェンスフェーズ用。オフェンスフェーズ用の扉を出ると、相手が守るダンジョン内の、アンカーポイントがあるフロアの最後方に設置された自チームのベンチに出る。つまり、試合開始時は1階層の後方にベンチが置かれ、2階層へ突入すると1階層と2階層の間、3階層へ到達すれば2階層と3階層の間にベンチが移動する。向かってフロアの反対側、つまり試合開始前なら1階層と2階層の間にディフェンス側のベンチがある。ディフェンス側のベンチも同様に試合が進むにつれて下層へ移動する。

フロアとフロアの間の境界領域は音、魔法が通らない。これは階層をまたいだ攻撃や指示が不可能であることを示しており、通信魔法も例外ではない。ベンチはこの領域内に置かれるため、ベンチからフロア内への指示なども不可能である。光は通過するが、視認範囲でなければジェスチャーなどによる指示も出来ないし、テクスチャを設定することが可能なディフェンス側のチームはオフェンス側のベンチ前に障害物を置いて意思疎通を封じるのが一般的だ。プレー中の交代が存在しない以上、ベンチからフィールドに干渉する方法は存在せず、フィールド内にいる選手たちはフィールド内で問題を解決しなければならない。

ちなみに味方がフロアを踏破すると、その味方がフロア間の境界領域に足を踏み入れた瞬間に通信魔法がバツンと切れるので一発で分かる。魔法が通らないってことはそういうこと。

例外として、選手がアウトになったサイレンだけは全フロアに鳴るので、プレー中の選手でもオフサイド取りに別フロアへ行った味方選手がリタイアしたタイミングは分かるし、逆にフロアを跨いだ選手も残してきた味方がリタイアしたタイミングは分かる。


「私たちは先攻です。最初は予定通り、偵察に行きますか」


この試合のコマンダーはラミー先輩。同じくコマンダーのリオはベンチスタートだ。つまり1年生のリオがホエールズのAチームと戦う主力組だということである。

フェーズ間の作戦会議はベンチにいる選手も含めて全員が参加することが可能である。そのため、主にコマンダーのラミー先輩とリオが中心になってアタッカーを決めていく。


「1ターン目はチェッカー君、シグリ君、ニジュ君、ミウア君で行きましょう。目的はスカウトなので、ニジュさんとミウアさんは陽動や補助をお願いします」

「は〜い。シグリっち、いきなりだね〜」

「は、はい。大丈夫かな」

「まあ行けるっしょ! ニジュたそミウたそもよろしくね〜」

「ニジュたそ……?」

「ミウたそ……?」


僕たちは4人揃ってフィールドへ移動する。ブォォォォと低いサイレンのような音が鳴り、オフェンスフェーズの始まりを告げる。


さて、フロアのテクスチャは告知されていた通り湿地帯だ。足場はあまり良くない。

スカウトの僕は他の3人より先行する。チェッカー先輩もスカウトだが、先輩は視認できる範囲がえげつなく広いので後方から全体を見ているはず。


アタッカーの4人は通信魔法が繋がっており、互いの声が聞こえるようになっている。通信魔法は僕以外の3人が使えるので、今は代表してミウアが担当している。

ちなみに通信魔法のオンオフは選手によってまちまちだが、僕は手を口にかざしたときに通信が行えるようにしている。サポート班の先輩方直伝の方法で、口を隠しながら通信が行えるので一石二鳥だそうだ。読唇術対策ってこと。


『ニジュたそ〜。試しにあの辺に魔法撃ってみてくれる?高い木が3本あるとこの奥の辺り』

『二の九辺りですか?』


ニジュが言った数字は、フィールドのマップを区切った時の座標を意味している。1階層は9×9のグリッドに区切り、81マスのエリアにして呼び分ける。二の九は右から2個めのブロックの、手前から9個目のブロック。中央にいる僕たちから見たら右奥の方だ。下の階層に行くにつれてフロアの面積が狭くなるので、グリッドの数が減る。

ちなみに競技ダンジョンではダンジョン奥を北として方角を言い表すため、右奥は北東の方角となる。


『そうそう。届く?』

『ミウアに援護してもらえれば多分。ミウア、いい?』

『うん』

『シグリっち〜、そっち行くよ〜』


チェッカー先輩が言い終わるよりも早く、ニジュの放った炎魔法が頭上を掠めていく。目印にしていた3本の高い木のてっぺんを燃やしながら、魔法は林の中に落ちる。

ブォォォォブォォォォと2度、サイレンが鳴る。ディフェンダーが2人アウトになったのだ。えぇ? マジ?


『やったね、ニジュたそミウアたそ』

『ほ、ホントに当たっちゃうなんて。見えていたんですか?』

『んいや? 適当。逆に見えなかったから、なんかいそうだなって』

『すごい……』

『アウトにしたのは2人でしょ。ユースの子たちは素直で読み易いんだよね〜』


ニジュが魔法を打ち込んだ辺り、つまりフロアの北方に構えて守るのはセオリーでもある。とは言え、フロアをちょっと歩いただけでディフェンダーの配置を読み切ってしまったチェッカー先輩はすごい。1の情報でも使い方次第で2や3にもなるということだ。


『そんじゃシグリっち、スカウト頼むよ〜』


さて、僕はどのエリアに偵察に行くべきだろうか。

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