陰キャが競技ダンジョン部にスカウトされたら? 4
「遅刻してごめんなさいなのだわ」
「「お姉様!!」」
すぐに女生徒が駆け寄る。
「「お勤めご苦労様です」」
「牢屋入ってたわけじゃないのだわ」
ニコル・バルザリー。競技ダンジョンのプロとして鮮烈デビューを飾っている様子を今まさに見せられた選手だった。
「本物……?」
「知らないでこの学校来たの?」
「え、プロの選手がこの学校にいるんですか?」
「秋海棠では珍しいことじゃないよ」
確かに秋海棠高校は部活動が盛んで、全国で活躍する選手が多く在籍している。競技によっては高校同士の大会よりももっと上の世界で戦っている選手もいるだろう。
にしても今見ていた試合が衝撃的だっただけに、そのニコル・バルザリーの登場には驚いた。登場のタイミングも狙っていたような感じだったし。
「ちなみにニコルはサプライズで遅れてきたわけじゃないよ」
「そ、そうなんですか?」
「そのうち分かる」
チラッとヘッケル先輩の表情を確認すると、苦虫を噛み潰すような顔をしていた。ポジティブな理由で遅刻してきたわけではないっぽい。
「昨日の試合を観ていたのかしら?」
「ちょうど観終わった所ですよ。ニコル君から、新入生に何かメッセージはありますか?」
「ないわ」
ニコルは女生徒を引き連れて視聴覚室の前の方に座った。
たまたま近くに座っていた新入生の緊張感が増したのがここからでも分かる。試合中はポニーテールに束ねられていた空色の髪だが、無造作に解き放たれたその長髪は彼女の動きに合わせてキラキラと波打っている。化け物みたいな魔法を使う、化け物みたいに綺麗な人だ。
ニコルが席に着いたのを見てラミー先輩は新入生に向き直った。
「では競技ダンジョン部に所属しているニコル君の試合を見ていただいたところで、部活動について説明させていただきます」
ラミー先輩が説明したのは競技ダンジョン部と学業の両立についてや、部室自由に使っていいよ〜とか初心者でも大歓迎だよ〜みたいな話、それから卒業生の進路などなど。正直、僕は今のところ競技ダンジョン部に入るつもりはないので関係ない。帰りたい……
プロの試合を観てみて、正直初心者でも活躍できるスポーツという印象は湧いていない。あの理不尽な魔法とモンスターが跋扈する世界で、何も持たない人はどうやって戦うんだろう。ここ数世紀で魔法の一般普及が進んできたとはいえ、魔法は誰でも使える代物じゃなかったから魔法って呼ばれてきたんだし、結局生身で挑戦しないといけないスポーツの中では魔法の恩恵に肖れる人のほうが少数派なのだ。
ラミー先輩が説明を終えると、新入生から質問を受け付けて先輩たちが答えた。驚くべきことに、競技ダンジョン部の部長は正門の前で暴れていたマッチョゴリラだった。うーん、オブラートに包んで言わせてもらうと常識がない部活なのかな?
そのまま説明会はお開きとなり、新入生は解散となる。ニコル先輩にサインを貰おうとする新入生をお付きの女生徒2人が列に並べている。
僕もそのまま流れで帰ろうかと思ったが、いつの間にかラミー先輩とヘッケル先輩に囲まれていた。
「ふむ、シグリ君は話が終わっていませんからね」
「あ、あ、そっすね。すいやせん……」
ラミー先輩に行く手を阻まれ、ヘッケル先輩に肩を捕まれて席に座らされてしまう。
「それで、どうでしたか? 試合を観てみて」
「いや、正直、初心者ができるスポーツではないかなって。本当に経験ないんで」
「誰でも最初は初心者ですよ」
「いや、それはそうですけど、ここはプロの選手も在籍するような強豪校で……僕なんかがスカウトされてる理由も分からなくて」
「それは私も思っていましたが、ヘッケル君説明してくれますか?」
「シグリはブレイカーとして素質がある」
「ブレイカー……? ってなんですか?」
「ブレイカーは簡単に言うと、相手ディフェンダーのオフサイドを誘発する選手です」
競技ダンジョンの攻防において、重要なルールの1つがオフサイドというルールだ。
アタッカーがフロア間をまたいでオフェンスアウトになった時、そのオフェンスフェーズの終了時点で前のフロアに取り残されたディフェンダーはアウトになる。これがオフサイドというルール。
例えばホエールズのアタッカー選手Aが2階層から3階層へ移動してリタイアを宣告したとする。このとき2階層に残ったフェニックスのディフェンダーは、ディフェンスフェーズが終了する前に3階層へ降りなければ、アタッカーに倒された場合と同じ扱いになってしまう。当然ホエールズのアタッカー陣はディフェンスアウトを取りたいので、すぐに残りの選手たちもリタイアを申告するだろう。
要するにディフェンダーが自分たちの背後を盗まれてフロア間を跨がれることと、ダメージを受けて倒されることが同義なのだ。むしろオフサイドルールはハマれば一度に何人ものディフェンダーをアウトにできるため、防ぐことの出来ない強大な魔法をぶっ放すくらいの価値がある。
「シグリはガレオンの視界を掻い潜って裏を取った。あの狭い正門の前でね」
「少し理解できなかったんですけど、ガレオン君は正門を封鎖してたんですか?」
「封鎖じゃない。シグリは通れてる」
「それで大量の新入生が勧誘テントに送られて来ていたんですね……」
ちなみにガレオンというのが部長のマッチョマン、ガレオン先輩のことだ。正門を封鎖していたはた迷惑な人。非常識極まりない部活勧誘を副部長のラミー先輩がグルでやっていたわけではなさそうと分かり、少し安心する。部長が単独でヤバい人なだけか。近寄らんとこ。
「ガレオンは超高校級のコアガーディアン。その死角を的確に見極める能力があるってことは、大概のディフェンダーはオフサイドにできる」
「ふむ。確かにシグリ君を鍛えれば戦力になるかもしれませんね。ブレイカーはヘッケル君が卒業したら不在になってしまうポジションですし、補強ポイントでもあります」
「ちょ、ちょっと待ってください。結局ヘッケル先輩に捕まえられているわけなので、僕はたまたま運が良かっただけの普通の生徒ですよ」
「ボクがシグリを捕まえられたのはチェッカーがいたからだよ。それに、シグリはあと数歩で正門を出ていた」
「ヘッケル君も、ここにはいませんがチェッカー君も、それぞれのポジションでは全国レベルのプレイヤーです。つまりガレオン君も含めて、高校年代で有力とされる選手3人が揃ってやっと捕らえられるレベルの才能を、既にシグリ君は持っているというわけです」
「えぇ……」
そんなはずはないと主張したいが、逆に先輩たちが大した事ないと言っていることになってしまうような気がして口をつぐむ。いや、僕は本当に大した事ない人間なんだけどね。
「ふむ、シグリ君には是非とも競技ダンジョン部に入ってほしいですね。君の才能は競技ダンジョンで活かすべきだと思います」
「で、でも人と話すのも苦手なのにチームスポーツなんて……」
「もしどうしても部活を変えたいとなってしまったら、私が直接他の部活に紹介してあげます。自分に才能があるかどうか分かるまででも、挑戦してみませんか?」
うーん。そういうことであれば僕にデメリットはないかもしれない。例えばしばらく競技ダンジョンやってみて本当に才能があったら続ければいいし、才能あるなんて先輩たちの勘違いじゃんってなったら文芸部や将棋部に行けばいい。
「僕なんて普通だったかすら怪しい学生生活を送ってきたただの陰キャですけど……」
「いろいろな選手が協力して戦うのが競技ダンジョンというスポーツなんですよ。その中には強力な魔法を放つ選手もいますし、チーム全体に指示を出すポジションだって、孤独に一人で戦うポジションもあります。どんな人間だって必ず輝けるのが競技ダンジョンの魅力なんです」
「どんな人間……って僕でもってことですか?」
「そうです。競技ダンジョンに向いていない人間なんて存在しないんです。シグリ君も例外ではなく、誰もが主役になれるのが競技ダンジョンというスポーツなので」
僕が主役になる。
そんな瞬間、この先絶対に起こらないと思っていた。
日陰を歩いてきて、人の目を避けることだけが得意になってしまった僕が、ニコル・バルザリーのようにヒーローになれる瞬間が訪れるかもしれない。
顔を上げると、ラミー先輩と眼が合った。ずっと目を合わせられなかったから分からなかったけど、ラミー先輩は彼の眼鏡を通してずっと僕を見てくれている。
ヘッケル先輩もそうだ。キラキラとした眼で、まっすぐに僕を見ていた。
他人と目が合わないように。注目されないように。
世界の隅で過ごし続けてきた僕を、見つけてくれる人がいる。手を差し伸べてくれる人がいる。
「……ちょっと、考えてみます」
「良い返事を期待していますよ」
数日後、僕は入部届を持って競技ダンジョン部の部室を訪れることとなる。
日陰から出てみるのも悪くないかなと、そう思ったから。