初心者が公式戦に出てみたら? 3
僕は武家屋敷の横を通り抜け、公園駐車場エリアまで進んできた。戦闘中の西側と比べてかなり先行してしまったが、公園内は外周路から視認される上に障害物が少なく立ち止まるのも危険なので、駐車場も勢いそのまま駆け抜ける。見えてきた茂みにとりあえず隠れて、通信魔法を開く。
「天守閣の真横くらいまで来ました」
『そんなに? 相手は?』
「ここからは見えません」
『しー、みえた。あいてはとなりのとおりにひとりいる』
僕が通ってきた公園内の道の隣、つまり城の外周路にプルル先輩がディフェンダーを発見したようだ。外周路から公園内は見通せるはずだが、見つからなかったのは運がいい。
『シグリ、ブレイクできそう?』
「わかりません」
左サイドが僕のスピードに追いついてきていない。しかしここで待つのは天守閣にいるであろう相手から近すぎる。外周路にいるというディフェンダーにいつ見つかるかわからないし、天守閣からこちらのサイドへ移動するディフェンダーとばったり会う可能性もある。
『しー、うったらはしって』
「わ、わかりました」
ズガーンと射撃音がする。プルル先輩が視認していた外周路のディフェンダーを撃ったのだろう。
ディフェンスアウトのサイレンを聞きながら僕は走り出す。
正面にあるのはレンガ造りの建物だ。L字の建物が僕を天守閣から隠してくれるが、正面も塞がれているので迂回しなければならない。建物に沿って全力で駆け抜け、向かうはプルル先輩がディフェンダーを片付けてくれた城の外周路だ。
『こっちもサポートしよう』
『了解。シグリ頼んだわよ』
西側のヘッケル先輩とニジュは攻勢に出たようだ。西の2人が本来は本命だったが、これは2人を囮にして東側で僕がディフェンスブレイクを決めろということだろうか。責任重大なんですが……。
外周路内側の歩道を出ると、正面に博物館の入口看板が見えた。僕が遠足で来た場所だ。しかし今は特に用事がないので素通りする。
「ディフェンスいません」
『そのまま行って。プルルはサポート』
『いどうちゅ〜』
僕が先行するのに合わせてプルル先輩も前進してくれていたようだ。公園内の道は僕がクリアリング済みで、外周路のディフェンダーは先輩がアウトにしている。
僕は既に本丸の裏に抜けているのでディフェンスブレイクはできただろう。あとは外堀の道におそらくディフェンダーがいるのと、相手にスイーパーがいるかどうか、それから本丸・天守閣の方からどれだけディフェンダーが流れてくるか。いずれにしても天守閣の奥にアンカーポイントを置けた時点で上出来ではあるので、あとは2階層を目指して走るだけ。
アウトのサイレンが鳴り響く。
『ヘッケル先輩アウト。アタシももう保たないわ』
『あうとなっちゃだめ〜』
『信じるわ、シグリ』
ヘッケル先輩は本来ヒットアンドアウェイで能力を発揮する選手だ。僕の囮となるために引かずに戦っていたのであれば不利な条件で戦っていたはずなので、アウトになるのも致し方ない。西側が完全に倒されてしまうとディフェンダーが2階層へ帰陣しかねないので、ニジュは多数のディフェンダーのヘイトを集めながら生き残る必要がある。
「キエエエエエエエエエエ」
「うわあディフェンダーだ」
僕の背後からディフェンダーが迫る。美術館を飛び越えてきたようで、この移動速度はスイーパーかもしれない。道なりに走っている僕に比べて、3次元的な移動でショートカットしながら差を詰められている。
外周路に出ると直線の先にフロアの終わりが見えた。そこを超えれば1階層踏破になる。
「2階層見えました。スイーパーと接敵」
ズガーンと射撃音が響く。プルル先輩だ。
後ろを確認するとスイーパーが倒れるところだった。外周路に出たことで、直線の先に構えていたプルル先輩から射線が通ったのだ。
しかしディフェンスアウトのサイレンが鳴り終わらないうちに遠くで射撃音がする。ライフルではない軽い音だ。狙撃されたのはプルル先輩だろう。道の真ん中でライフル構えて撃てば、当然ディフェンダーの格好の的である。
しかしプルル先輩をアウトにした相手のプレーは僅かに遅かった。プルル先輩はすでに見事なアシストを成功させている。
『アタシももう無理』
ブツッと通信魔法が途絶する。同時に背後で凄まじい音がして、天守閣が炎に包まれた。ニジュは多数のディフェンダーに追われながら、中央の方へ逃げてきたのだろう。ニジュの最後の攻撃によって天守閣は炎上したが、アウトのサイレンはニジュのアウトを知らせる音のみ。スカウトやコマンダーは既に逃げたか。
息が苦しい。どんな長距離走の大会でも、こんなに息苦しい試合はなかった。
スプリントをしたから? いや、これは仲間の信頼の重圧だ。
僕よりも遥かに実力のある、秋海棠の主力選手が3人アウトになった。1ターン目の収穫は今のところディフェンスアウトが3つ。悪くない結果ではあるが、格下相手と考えると物足りない。この試合は圧勝してチェッカー先輩を休ませないといけないのだ。
オフェンスアウトは全て、僕を先に行かせるために払った犠牲である。得意な地形にも関わらず相手に姿を晒しながら戦ったヘッケル先輩。僕をアシストするために身を晒して射撃を敢行したプルル先輩、大きな魔法を使いながら最後まで相手を引き付けたニジュ。一般入学で高校に入学した僕とは違い、人生をかけてスポーツに向き合う選手たちに僕は先を託された。それがとてつもなく重く肩にのしかかる。
僕は単独でディフェンスアウトを獲得できない。だからディフェンスブレイクに失敗すれば、このまま収穫は増えずに1ターン目が終了する。
もしかしたら予定通り西側を押していればさらに多くのディフェンスアウトが取れたかもしれない。ニジュの天守閣攻撃だって、タイミングが合えばスカウトとコマンダーを同時にアウトにするスーパープレイになったかもしれない。2つのアウトを獲得したプルル先輩にとって市街地は得意なテクスチャなので、自らを危険に晒した射撃をしなければもっとアウトを重ねるチャンスはあったはずだ。
競技ダンジョンをするために秋海棠高校に入学し、全国大会だけを目標に日々練習に励む競技ダンジョン部の選手たち。彼ら彼女らのスポーツに向き合う姿勢を見て、少しでも近づけるように練習を重ねてきたつもりはある。
だが全く足りているとは思っていない。仲間に託された期待に重みを感じるようでは、とてもじゃないけどチームメイトとして釣り合っているとは言えない。
突き抜けた努力が、僕には必要だ。
目立たなく努力するんじゃなくて、隠しきれないほど努力しなければ。
そのことに最初の公式戦で気がつけたのは幸運だったかもしれない。
1階層と2階層の緩衝地帯は目の前だ。もう僕を阻むものは何もない。
1階層と2階層の間にはディフェンス側のベンチが置かれている。走りながら、僕には彼らの表情がよく見えた。頭を抱えている選手、味方に向かって叫んでいる選手、僕を見つめて呆然としている選手。
彼らのところまで到達すれば、僕たちの勝ちはぐっと近づく。
練習を頑張ってきてよかった。足はまだ動く。
全国を目指す理由を聞けてよかった。心はまだ重圧に抗えている。
この試合に勝って、次の試合も勝って、全部勝って全国に行こう。僕は秋海棠高校で競技ダンジョンをやるんだ。
ブレイク寸前の僕を見て阿鼻叫喚していた相手チームのベンチが消失した。僕が1層目と2層目の緩衝地帯に入りそうになったため、ベンチが2層目の後方へ移動したのだ。叫んでいたっぽかったけど何を言ってたのかは分からない。緩衝地帯は魔法だけじゃなく音も阻害するエリアだ。
市街地から緩衝地帯に入っても、そのまま足を緩めずに駆け抜ける。オフサイドをとるためにはアンカーポイントを次の階層に置かなければいけない。
急に眼の前が真っ逆さまになり、僕は熱された砂の坂を転がり落ちる。
周囲は一面、起伏のある地形に風で波打つ模様を描く砂が広がっている。2階層の砂漠テクスチャだ。
「り、リタイア!」
僕の視界は一瞬暗転し、次の瞬間には医務室にいた。リタイアを宣告してアウトになったとしても、戻ってくる場所は医務室と決まっている。
フロアの方からはアウトを知らせるサイレンが止まることなく鳴り響いている。良かった、オフサイドは取れたということだ。あとは何人アウトにできたか。
医務室には僕しかいない。一緒にオフェンスフェーズを行った3人が先に控室に戻っているということは、誰も怪我した選手はいなかったのだろう。
控室に戻ると、スタメンの選手たちはディフェンスフェーズに向けて準備をしているところだった。僕もすぐに準備をしなくては。
ブレイカーのクリティカルオフサイドってプロの試合でも滅多に起こらないスーパープレイだったと思うけど、意外とみんなあっさりしてるな。まあこの試合に勝ったわけじゃないし、今は大事な初戦の最中で、オフェンスフェーズに参加した4人以外は1ターン目のディフェンスフェーズが大会始まって最初の出番だ。相手も格下だし、気持ちを引き締めているのだろう。
僕のロッカーは一番角っこにある。スカウトとして1ターン目の情報をリオに共有しなければいけないが、その前にターンの最後で砂漠に足を取られてすっ転んでしまったので、砂を払ったりしたい。
靴の中にも砂が入ってしまったので処理しようと思って椅子に座る。
僕の前に誰かが立ち止まったので顔を上げると、サングラス越しにニンマリとしたチェッカー先輩の顔があった。
「シグリん! やったね!」
「あ、ありがとうございます」
「あれ、あんま嬉しくないっぽい?」
「え、いや。まだ試合勝ったわけじゃないですし」
「な〜に言ってんだよぉ〜。もう勝ちだよこんなん」
チェッカー先輩に無理やり手を引かれて立ち上がる。チームのみんなが僕の周りに集まっていたことに気がついた。
みんながフォーとかヤーとかバモーとか奇声を上げながら次々に手を伸ばしてくる。あ、これはハイタッチだな。履修済みだから分かるぞ。
テンション爆上げのチェッカー先輩が抱きついてきて、片腕が封じられてしまった。ハイタッチが間に合わないのでみんな適当に僕の顔叩いてくる。やめて!
「すげーぞシグリ。お前最高だよ」
「才能あるじゃないアンタ」
「おめでとうシグリくん」
「俺より目立ちやがってセコいわぁ」
「この試合MVPだな」
1年生の同級生たちから普段あまり話さない先輩まで、みんなが祝福してくれていた。
ハグしてるチェッカー先輩めっちゃ柔けぇ……。痛い痛い。なんかライフルでお尻ブスブス刺してくる人いるんだけど!
最後にヘッケル先輩に頭をぐしゃぐしゃとされた。いつも淡白な先輩が珍しくニコニコしている。
「チェッカーがサイレントトリートメントやるって言ったんだ」
「なんかすみません、そういうノリわかんなくて……」
「おー、みずぶっかけとく?」
「ディフェンスフェーズあるんで勘弁してください」
プルル先輩、行動に移すのが速すぎるから即否定しておかないと怖いんだよな。なんか怒ってるし。もうチェッカー先輩とは離れたから許して。
「さあ次はディフェンスです。このまま2階層を踏ませずに勝ちましょう」
ラミー先輩が全体を引き締める。せっかく奪った大きなリード、無駄にしたらもったいないもんね。
* * * * *
『しー、みえなかったよ。そこいたのに』
ヘッケル・セントラクスは、プルルの発言を思い返す。
これは1ターン目のオフェンスフェーズ、シグリと同じサイドを担当していたプルルが試合中シグリを見失った時間帯があったようなので、連携面に問題があったのかと思ってプルルに訪ねた時の回答だ。シグリが先行したとき、一時的にプルルからビルの遮蔽になる位置へ入った。プルルはすぐにシグリをサポートできる建物に移動したが、そこにいるはずのシグリを認識することができなかったという。プルルが再びシグリを認識できたのはシグリが駐車場横の茂みに隠れた時。茂みが周囲からの遮蔽になっているからシグリは隠れたのだと思うが、たまたまプルルの位置から見える場所だったらしい。
不可解なのは、相手のディフェンダーも同様にシグリを見逃しているということだ。プルルによると、ディフェンダーは公園外周路から確かに公園内の歩道を監視していた。本当ならプルルがディフェンダーを片付けてからシグリが進むべきなので、プルルがシグリを見失ったことで連携に失敗している。てかあいつスカウトだよな。全然相手の選手見逃してるじゃん……。
しかし結果的に、シグリはディフェンダーに発見されずに公園内を通り抜けた。プルルがシグリを見失っている間、同様に相手のディフェンダーもシグリを発見できていないのだ。
ヘッケルは入学式の部活勧誘を思い返す。
その時もヘッケルは正門に1人で向かうシグリを認識していなかったのだ。チェッカーに教えられて初めてシグリを認識し、自分が無意識に見逃していた事実に首を傾げたものだ。
一度認識してしまえば気付けるのだが、そこに存在していて目に見えているはずなのに認識できない。
シグリが極限まで人に意識を向けられない行動をとっている、ということなのだろうか。
シグリの天敵とも言えるチェッカーがチームにいたことは僥倖だった。日常生活の影に潜むシグリを発見できるのは彼女以外にいないかもしれない。
プルルがシグリを認識できなかったという事実。
これがシグリが次第に競技ダンジョンの影にも潜めるようになっているということだとしたら。その片鱗が今日の1ターン目に現れていたのだとしたら。
スピードという物理でオフェンスをブレイクするヘッケルに対し、隠密技術でディフェンスをブレイクできる選手。
後方から広い視野で相手を見つけるチェッカーに対し、敵の近くで見つからずに様子を探れる選手。
シグリ・ディアマンテは、秋海棠高校が全国を目指す上でのラストピースとなるだろう。
もともとヘッケルはシグリの適性を疑っていなかった。日常生活では異常なくらい影が薄い後輩だが、慣れれば競技ダンジョン中でもそのうち影が薄まって発見されにくいブレイカー兼スカウトになるだろうと。
短期間で選手として仕上がるとは全く思っていなかったが、もしかしたらヘッケルが思っている以上にシグリはとんでもない逸材なのかもしれない。
* * * * *
1試合目はそのまま2ターンで終了した。ディフェンスフェーズでは2階層を踏ませず、この試合の目標は十分に達成できたと言える。2ターン完封ってめちゃくちゃ実力差があっても滅多に起こることじゃないので、如何に僕のスーパープレーが凄かったのかってことよ。
僕は1ターン目のオフェンスフェーズ以降、出番はほぼ無かった。僕たちの1階層は最初からチェッカー先輩抜きで守るための見晴らしの良いテクスチャだったし、オフサイドでコマンダーを失った相手は2階層を捨てていたのでスカウトもブレイカーも仕事がなかった。
僕のオフェンスフェーズの成績はディフェンスアウトが5つ。味方と合わせれば1ターン目で奪ったアウトは実に8つになる。相手は試合開始からいきなりディフェンダーが3人になって、しかもスカウトとコマンダーまでアウトになってしまった。特にコマンダーがアウトになったことで2階層のダンジョンモンスターを活かせなくなってしまったし、試合を分ける大きなプレーだったと思う。
相手は士気ダダ下がりなのかなと思ったけど、試合終了時の挨拶では秋海棠高校だから負けは仕方ないよねって雰囲気を感じた。まあ彼らの残り試合の結果次第で2位に滑り込んでプレーオフに進める可能性は残ってるからね。
クリティカルオフサイドを出した僕は競技歴3ヶ月の初心者なんだが、対戦相手からも強豪校の一員として見られていることは素直に嬉しい。
2試合目の相手チームはポッド3のチーム。ポッドとは同じ地区予選に参加するチームの中でも県大会常連校などの実力ある高校が潰し合わないように、別ブロックへ分けるための仕組みである。秋海棠高校はポッド1で、同じポッド1に属する県大会常連チームとは県出場が確定するまで対戦をしない。初戦はポッド4のチームだったので、ポッド3のチームはさっきよりも少しだけ強い可能性があるが、どちらも県大会には縁がないようなチームなので大差ない、ってリオが言ってた。
次の試合は午後なので、それまでに昼食を取らなければいけない。
「おーい、シグリ。こっち来て一緒に食べようぜ」
パドロが呼んでいる。その先には1年生組が既に集まっていた。
「うん、今行くよ」
最近では僕も当たり前のように同級生や先輩たちと行動するようになった。高校に入学してたったの3ヶ月程度なのに、中学生時代とは革命的な違いである。輪の中にいてもあんま話さないことは変わってないんだけど。
陰キャな僕が競技ダンジョン部に入ったら、意外と上手く行きそうな感じです。




