初心者が公式戦に出てみたら? 2
僕にとって初めての試合だったホエールズユースとの練習試合からそんなに日を経ていない練習中。僕はもっと上手くなりたいと焦りつつも、なかなかブレイカーとしてもスカウトとしても芽が出なかった。先輩たちは焦らなくていいよって言ってくれてたけど。
「なんで上手くいかないんでしょう……」
「さあわからん」
チェッカー先輩とスカウトの練習をしていて、僕は相手から見つからないコツとか、隠れる時の技みたいなものを質問してみた。だがチェッカー先輩のプレースタイルは、そもそも相手から隠れるとかではなく相手より広い視野視界を活かして物理的に視認できない位置に退避しているだけである。コツもなにもないとのこと。
「不思議だねぇ。教室だと誰にも話しかけられないんでしょ?」
「それは友達がいないだけ……」
「ミウたそが印象ないって言っておったぞ」
「知り合いにそう言われるのはツライんですけど」
ミウたそ、僕のこと嫌いなのかな……。いやいや、性格が天使なミウア様が人を嫌うわけがないので。
てことは本当に印象ないんだろうな僕。
「教室だと影薄いのに競技ダンジョンだと影薄くないなんてシグリっち変なの〜」
「そうでもなくない?」
と、口を挟むのはヘッケル先輩。
「心配しなくても大丈夫だと思うけど」
「ほ、本当ですか。僕、上手くなれますかね」
「シグリは競技ダンジョン慣れてないだけだよ」
「どゆこと〜?」
「普段の生活とスポーツなら、人が視線を向ける場所は違う。競技ダンジョンで選手がどこを見ているのか、シグリはまだ分かってないだけ」
「競技ダンジョンも普段の生活も一緒じゃね?」
「それはチェッカーだけ」
人間の視界は限られており、その限られた視界を動かして周囲の情報を取得する。つまり人が見る方向はその時にその人が何の情報を必要としているかに関係している。
例えば大きな音がすれば、その音の出所や正体を知るために音の聞こえたほうを向く。視界の端でなにか動いたような気がすれば、その動いた物体を特定するためにそちらを向く。授業がもうちょっとで終わりそうなときはみんな時計をチラチラ見ているし、僕はこっそりミウたその胸を見ているごめんなさい。
普段の生活であれば、僕は人から視線を向けられたことをなんとなく察知することができる。これはより大勢の人から注目を集めているほど確度高く認識できる。
部活勧誘の人混みの中でも自分に視線が向けられているときと向けられていないときで行動を変えていたように、僕は察知した周囲の視線を元に行動を変えて視線を散らしている。具体的には視線が集まっているときは変に動かず、視線が集まっていないときに大胆に動く。これが人から注目を受けないようにするコツである。
「競技ダンジョンでも、人の死角は存在する。シグリはそれが分かってないだけだと思う」
スポーツになっても視野の広さは普段と変わらない。変わるのは人が見る方向や頻度、集中力など。
ということは競技ダンジョンにもっと触れて、選手がいつどこを見るのか理解することができるようになれば、僕も普段の生活のように競技ダンジョンで影を薄くすることができるのかもしれない。
「ヘッケるんの言う通りだったとして、試合いっぱいやってれば分かるようになるんかねぇ」
「さあ。でも基本そんな感じじゃないかな」
発見されないように行動しなければならない競技ダンジョンでは視線を意図的に散らす行動は意味がない。であればその前の段階で、注意を向けられないようにしなければいけないのだと思う。
注意が向けられそうなときは動かず影に紛れ、注意が向けられてないときに大胆に行動する。要はその注意が向けられるときと向けられないときを理解できるようになればよいのだ。
例えば競技ダンジョン中に選手が向いている方向を調べるくらいなら、自分が出場している試合である必要はないかもしれない。
そう思った僕は貯めていたお小遣いやお年玉をかき集め、足りない分は親に前借りして、競技ダンジョンのプロの試合を見るための視聴パスを買った。思ってたより高かった……
その日から時間があれば試合を見るようにした。メジャーリーグだけではなく、2部リーグやヨシュア王国の国内リーグも。
試合はどれも面白かったので、観ること自体は全く苦にならなかった。チームによって選手起用やテクスチャ、ダンジョンモンスターなど様々な特徴があって、どの試合も勉強になったと思う。
ただ試合を観ることによって自分の実力がどのくらい伸びているのかは全くわからなかった。だって僕が練習で対峙するスカウトが強すぎるんだもん……。チェッカー先輩は注意を向けるとか関係なく、視界内で動くもの全てを追っているから。
* * * * *
『接敵したわ。2人』
「了解、こっちも出るよ」
西側に張ったニジュから通信魔法が入る。さっそく敵を見つけて交戦状態に入ったようだ。同じく西へ行ったヘッケル先輩は何も言っていないから、まだ障害物の影にでも隠れて機会を伺っているのかな。ニジュはディフェンダーが2人いてもすぐにやられてしまうような選手ではないので、加勢が必要な状況ではない。
でも西側に魔術師とブレイカーが行ったというのは大通りを横切った時点でバレているはずで、接敵した段階で大通りを横切っていないスナイパーとスカウトが西に来てないということもすぐに伝わる。
西側が戦闘を始めたので東側にいる僕もダンジョンを進む。片方だけが突出すると各個撃破されてしまう可能性もあるので、歩調はなるべく合わせていきたいところだ。
道を渡ってタガロット城のある公園まで来たが、こちらは未だに接敵していない。現状判明している相手の戦力は西のディフェンダー2人だけ。スカウトは天守閣にいるだろう。残り8人のうち、コアガーディアンを除く最大7人はこのフロアにいる可能性がある。
1階層をここまで進んできてダンジョンモンスターに遭遇していないので、モンスターは2階層に配置されていると考えてよいだろう。こういう情報も都度拾っていかなければならない。
本来はスカウトの僕がクリアリングし、あとに続く選手の安全を確保しなければいけないのだが、今は直線的な道路を移動していることもあってプルル先輩が後ろから見てくれている。ライフルについているスコープで通りに人がいるかどうかくらいは見えるんだよね。
通信魔法を聞く感じ、西側はニジュが一時交戦状態に入ったが、今はお互いに引いているようだ。ヘッケル先輩はまだ相手に見つかっていないみたいだし、向こうはヘッケル先輩がスカウトの役割をしているのかもしれない。僕の存在意義……。
『しー、みえなくなった』
「城の方行きます。こっちのほうが障害物あるので」
僕とプルル先輩が攻略するタガロット城の東側は城門跡、神社、櫓跡、武家屋敷跡と歴史的な建造物が続く。といっても城門も櫓も武家屋敷跡も既になく、あるのは建築跡のみ。つまりだだっ広い空き地が広がっている。
これらの建築跡は現在公園として利用されており、公園周囲は並木に囲まれている。木は上からの視線を遮って移動するにはもってこいの障害物である。さらに神社は取り壊されずに残っており、そちらも障害物として利用できそうだ。
一方で、ディフェンダーが隠れて奇襲をかけてくるとしたらこういう障害物のあるところである。木が生い茂っていて外から中の様子がよく見えないので危険度は高い。僕が天守閣からの視線を切れるのと同じように、ディフェンダーもプルル先輩からの視線を切れるのだ。
天守閣からの視線に気をつけて移動していたらフロア中央、城の近くへ近づきすぎてしまった。公園になっている城の中へ入ってしまうと障害物や道の蛇行が増えてプルル先輩からの援護が受けにくくなる。しかし発見されにくい経路は公園の中、木々が生い茂る蛇行した道でもある。
『しーいまどこ?』
「三の五くらいまで来ました」
『三? 結構中だな。西側も少し押し上げるよ』
プルル先輩が僕を見失っているようだ。フィールドを九分割した座標で僕の位置を全員に伝えた。この経度の部分、つまり五の値を東側と西側で揃えて攻撃したいので、プルル先輩にはもう少し前に出てほしい。次は僕が相手を見張ってクリアリングし、プルル先輩が移動する番だ。
「東側全然ディフェンダーいないんで、西側は気をつけてください」
タガロット城全体は大きな公園になっている。公園の中の並木道は前述の通り木で天守閣からの射線が切れる一方、公園外の城を囲む外周路からは丸見えだ。現状見渡せる公園内外にはディフェンダーが見当たらず、城の外周路でさえ安全そうに見えるが、プルル先輩の移動中に接敵してしまうと援護が受けられないので、先輩から合図があるまで物陰に隠れて様子を伺う。
相手が東側を全く警戒していないということはないだろうが、ディフェンダーはどこにいるのだろうか。東は西側のような入り組んだ地形と違って何本も道があるわけではないので、要所となる通りは基本ディフェンダーが抑えているだろうと予想していたのだが。
『しー、みぎにほりあるよ』
「左じゃなくてですか?」
『りょうほうある』
僕たちの進行方向の左手、つまり東側と中央を隔てる位置にある堀は内堀だ。プルル先輩が言っている右の堀は外堀かな。
つまり東側には3本の道がある。外側から順に外堀の道、城外周路の道路、公園内の歩道である。ヘッケル先輩たちが進む西側も地図を見た感じでは3本の道があって、古い住宅街の道、川の小径、内堀沿いの道だ。
このフロアを守る側の目線で考えてみよう。
秋海棠高校だったら、こういうフロアはコアガーディアンを除いた10人で守る。例えば現在進行中1試合目の選手編成を当てはめると、コマンダー1、スカウト1、スイーパー2、魔術師とディフェンダーが合わせて6で、合計10人。
コマンダーとスカウトは天守閣に配置するだろう。スイーパーも1人は天守閣に配置し、もう1人を後方だろうか。あと6人は左右均等に割り当てる。つまり片方のサイドには3人のディフェンダーが配置され、状況に応じて中央のスイーパー2人が加勢に行く。フィールドの半分とはいっても中央を天守閣と本丸で圧迫しているので、実質的にはフィールドの3割を3人のディフェンダー+スイーパーが守っていることになる。
ディフェンダーには西側へヘッケル先輩とニジュが向かったことが判明している。ディフェンダーが気をつけなければいけないことは何だろう。
まずはブレイカーであるヘッケル先輩に背後を取られないこと。次に魔術師であるニジュの射程圏内に天守閣を入れないこと。つまりニジュが出てきたときにはディフェンダーも打って出なければいけないが、前に出た背中のスペースをヘッケル先輩に突破されないようにする必要がある。前と後ろを同時にケアしなければいけないので、現実的には魔術師に即座に対応するディフェンダーを3本の道に置いて3人、対応に出たディフェンダーの裏を守るスイーパーが1人で合計4人くらいはいないと無理な気がする。
地理的有利な要所である本丸に誰も配置されていないというのも考えにくいので、そうなると余ったディフェンダーは3人以下となる。3人であれば僕たちの左サイドには3本の道に1人ずつ配置されているだろう。
だが本丸にディフェンダーを2人配置していた場合や、スイーパーが起用されていた場合などはディフェンダーが足りない。単純に強力なアタッカーが進行してくる西にディフェンダーを増やしている可能性も高いと思う。その時は主力が来ていない東側は2人で守っているということになる。
仮に東側に2人しか割けない場合、ディフェンダーを南北の道に配置すると誰も配置されていない道のカバーに入れなくなるので、基本は東西に見通しの良い場所に陣取りたいはずだ。例えばタガロット城の前の大通りなど。
ここでディフェンダーを苦しめるのはプルル先輩の存在だ。殿道の街並みは駅から離れるにつれて建物に高さがなくなっていくので、城の前の通りに立つとプルル先輩に狙撃されてしまう。実際ライフルを持った選手が西側に来ていないことは相手も分かっているだろうし、道路が直線的な東側に向かっていることは予想しているはず。つまり東側に配置されたディフェンダーは射線が通ってしまう見晴らしの良い場所で構えて守ることはできない。
分析すればするほど、東側は結構アタッカーに有利な状況になっている気がする。というか、そもそも東側を攻めるのが難しいくらい相手が守ってたら、その分西側が手薄になっているってことになるのでヘッケル先輩とニジュが突破してくれる。
まずディフェンダーが東側に3人配置されていると想定した場合。各道に1人ずつディフェンダーが待機していたら、僕たちが道に入ると隣の道から応援が来るだろう。スイーパーはブレイカーのヘッケル先輩が抜けてくる西側を気にかけているはずなので、東側は3本ある道のいずれかを素早く突破すれば高い確率でフロアを踏破できそうだ。
次に東側に配置されているディフェンダーが2人しかいない場合。楽観的な想定かもしれないが、実際は本丸に2人いる場合やスイーパーがいる場合も含めると十分可能性はある。
3本の道のうち、ディフェンダーがいない1本を引いたら当たりである。でもディフェンス側もそんなリスクを許容するわけがないので、ディフェンダーが配置されない道は他のディフェンダーが配置された場所から見通しが良いとか、サポートに行きやすいとか、そういう地形になっている場合だと思う。さすがに接敵せずに突破できる状況にはなっていないだろう。でも慎重に考えて当たりの道を引けば有利になることは間違いない。
しかしどの道を選ぼうか。真ん中の公園外周路はプルル先輩からの援護が受けられるが、天守閣と公園内の道から見えてしまう。東側左の公園内の道は天守閣からは見えないが、外周路から見えてしまう。最も安全な道は右の外堀の道だが、この道は孤立しているためディフェンダーが配置されているだろう。外堀の道は細く、外堀に水が張られている上に城壁があるため、一度入れば進むか戻るかの選択肢しか存在しない。
ぶっちゃけ僕たちは右サイドの敵を抑えておいて左サイドに加勢に行かせなければ勝ちみたいなもんだし、最も城に近い左の道を進もうか。ここなら本丸とも近いので戦闘になったときに中央のディフェンダーの注意も引けるかもしれない。
「プルル先輩、僕は公園内を進もうと思います」
『おけー。ぷるるもいどうする』
プルル先輩も外堀の道を完全に捨て、公園の道と外周路を援護できる位置に移動したようだ。公園内を望める外周路を先輩が抑えてくれれば僕の方へ流れてくるディフェンダーを牽制できる。
僕は既に公園の中までは進出して待機していたので、仕掛けて良いタイミングになればこのまま隠れていた障害物を捨てて直進する。合図は左で戦闘が始まるタイミングだ。
『ニジュ接敵しました。敵2』
『一瞬引いて。裏取る』
『了解です』
左サイドで戦闘が始まった。どうやらニジュに合わせて出てくるディフェンダーをヘッケル先輩が片付けるつもりのようだ。
僕も公園内の通りを警戒しながら進む。道の先にはディフェンダーは見えていない。
櫓跡を抜けると左手に建物が点在するエリアが見えてきた。しかしこれ以上内堀の方へ近づくと天守閣にいるであろうスカウトに発見されかねないので、右手に武家屋敷を見ながら道なりに進む。
サイレンが鳴って選手がアウトになったことが知らされる。秋海棠側は全員健在なので、ディフェンスアウトだ。
『ヘッケルさんナイスです』
『こっちまだ3人いる』
左サイドのディフェンダーは4人配置から1人減って残り3人。まだ見つかっていないディフェンダーもいるかもしれない。想定内だ。




