陰キャが競技ダンジョン部にスカウトされたら? 2
「競技ダンジョン部」
「……え?」
競技ダンジョン部は撒いたはずでは?
振り返ると、先程の大柄な生徒とは別の生徒と目が合った。
小柄な生徒だ。しかし、部活動のジャージを着用しているということは上級生なのだろう。ジャージは正門を封鎖していた生徒が着ていたものと同じ色。つまり競技ダンジョン部のものだ。
「競技ダンジョン部、ヘッケル・セントラクス。キミをスカウトする」
「あ、え? す、スカウト? ですか?」
「うん」
「部活動の勧誘ということですか?」
「違う、スカウト。いいから来て」
ヘッケルと名乗った小柄な先輩は僕の制服を掴んで歩き出した。そんなに強く引っ張られているわけではないけど、僕は断れないのでノコノコついていく。無事に帰宅できるところまで後一歩だったのに……。
正直、正門へ到達したということで安心していた部分もあるかもしれないが、僕は全くヘッケル先輩の気配を感じなかった。僕を見ている視線はある程度感知していたと思っていたが、どこから見られていたのかも全くわからない。
依然として制服を掴まれたまま、先輩に続いて仮設のテントの中に入る。そこでは多くの新入生たちがパンフレットなどを見せられながら部活の説明を受けていた。正門で集められた新入生は、どうやらこちらのテントに一旦ドナドナされて来るらしい。結構大掛かりに勧誘活動を展開しているんだな。
ヘッケル先輩はテントの中をずんずん進んでいく。競技ダンジョン部の在校生は皆揃いのジャージを着用しているが、奥に一人だけ制服姿の先輩がいた。眼鏡をかけていて、いかにも優等生といった風貌の先輩だ。
「おや、ヘッケル君。戻ってきたんですか?」
「うん」
「その新入生の子は?」
「チェッカーが見つけた子。スカウトしてきた」
「スカウト? 勧誘ならパンフレット見せて説明してください」
「違う、スカウト。この子、ウチに欲しい」
「ふむ。それで?」
「ボク上手く説明する自信ない。ラミーに任せる」
うーん、なんかどんどん話が進んでいるような気がする。
小柄なヘッケル先輩は、僕に競技ダンジョン部へ入って欲しいみたい。僕はこれまでの人生で競技ダンジョンをプレイした経験はゼロだし、それどころかチームスポーツもやったことがない。誰か別の選手と間違えてるんじゃないですかね?
僕の心の声が相手に聞こえるはずもなく、促されてパイプ椅子に座る。右をラミーと呼ばれていた制服の先輩、左をヘッケル先輩にがっちりマークされた。
「こんにちは、ラミー・バンデットです。競技ダンジョン部の副部長をしています。よろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ヘッケル君、この子の名前は?」
「知らない」
「それも聞かずに連れてきたんですか……。すみません、名前をお聞きしても?」
「シグリ・ディアマンテです」
「シグリ君ですね。競技ダンジョンの経験は?」
「い、いえ。全然」
「ふむ。ルールは知っていますか? 試合観戦の経験とか?」
「それもあんまり……。スポーツの存在は知っていますけど」
競技ダンジョンは国内でも割と人気のスポーツである。プロリーグが存在し、地上波で試合が放送されていることもある。有名な選手になればテレビのコマーシャルに出ることもあるし、引退した選手がバラエティー番組に出ていることもある。
しかし実際にスポーツをプレイしたことがある人は少ないと思われる。競技ダンジョンはその特性上、フィールドとなるダンジョンを用意しなければならない。高校でも競技ダンジョンができる高校はそこまで数が多くないだろうし、中学校ならなおさら珍しい。僕はテレビでなら試合を少しだけ見たことがあるけれど、ルールもふわっと知っている程度でしかない。
「ふむ、まあそうですよね。実は私も高校から競技ダンジョン始めたので、不安な気持ちは分かります」
ちらりと小柄なヘッケル先輩の方を見る。正門のところで暴れていた人は筋骨隆々のアスリートといった感じだったが、ヘッケル先輩は僕よりも身長は低く、体格に恵まれた選手には見えない。中学まで競技経験がなかったと言う副部長のラミー先輩も制服の上から見る限りでは普通にいそうな高校生って感じだし。
僕の視線に気がついたヘッケル先輩はムッとしたような顔をする。
「ボクは経験者だぞ。B特待」
「ヘッケル君は足が速いんですよ。秋海棠高校の守備の要です」
B特待は秋海棠高校では2番目の待遇の特待生である。そうか、この人もスポーツ特待生なのか。
見た目で足の速さは分からなかったが、ヘッケル先輩は周囲に人がいないことを確認して正門を出ようとした僕の背後から肩を叩いた。その時の僕は先輩が瞬間移動でもしてきたのかと感じたほどだ。気配を察知させないということもありそうだが、一瞬で相手の裏をとるスピードがあれば対人競技では武器になる。
「それで、シグリ君は入りたい部活とかって決まっているのですか?」
「いえ、特には」
先輩2人に囲まれて将棋部か文芸部に入りたいですなんて言えるはずもなかった。というか別に将棋も文芸も興味あるわけじゃないし入りたい部活でもない。僕はピュアだから先輩に小さな嘘すらつけないんです。
「ではとりあえず説明会に参加してみましょう。今日の説明会では世界最高峰のメジャーリーグの試合を見てもらうことになっていますので、競技ダンジョンの面白さがシグリ君にも伝わると思いますよ」
「あ、いえ、ちょっと今日は帰りたいかなー、って」
「ふむ、予定でもありましたか? もし今日参加できないのでしたら、別の日に時間とってあげますよ。私もヘッケル君が気になったというシグリ君には興味ありますので」
「すみません、やっぱ今日参加します……」
この人たち本気で入部するまでついてきそうだし、まあ全然入部するつもりはないんだけど勧誘のターゲットが他の新入生に向くまではおとなしくしておこう。陰キャな僕がチームスポーツである競技ダンジョンができるとは思えないし、待っていればそのうち僕なんかよりも才能がありそうな新入生の勧誘に行くでしょ。
* * * * *
世界最高峰の競技ダンジョンリーグ、メジャーリーグは、筑吹王国に本拠地を置くチームで構成されたリーグだ。
僕たちの住んでいるヨシュア・アキノバ王国でも注目されているメジャーリーグの試合はそのまま地上波で流されているらしい。ライブではなくて録画が深夜に放映されているケースが多いらしく、僕はテレビで観れることすら知らなかった。今回、競技ダンジョン部の部活動説明会で視聴する試合も地上波で放映された注目度の高い試合のようだ。
試合の視聴に先立って、集まった新入生たちに向けて競技ダンジョンのルール説明が行われた。説明してくれたのは副部長のラミー先輩。さきほど僕を部へ勧誘していた真面目そうな先輩の方だ。
競技ダンジョンは前述の通りチームスポーツである。
2つのチームが、オフェンスとディフェンスを交互に繰り返す。オフェンスというのはダンジョンの攻略のことで、ディフェンスというのはダンジョンの防衛のこと。両チームがオフェンス側とディフェンス側を1回ずつ行って1ターン。短いターンで相手のダンジョンを攻略したチームの勝ちとなる。
フィールドとなるダンジョンはプロだと4階層。最深フロアにダンジョンコアが設置され、これを壊すことでダンジョンの攻略となる。
ダンジョンは各チームがテクスチャを設定し、11人のディフェンダーでダンジョンコアを守る。テクスチャというのは簡単に言ったらフィールドの属性みたいなもので、海とかジャングルとか、そんな感じ。
さらにダンジョンには各チーム設定されたポイント内で自由にダンジョンモンスターを設置することができる。テクスチャとモンスター、選手の配置に各チームの戦術が現れる頭脳ゲームの側面もあるスポーツなのだ。
当然ダンジョンの天井や壁の破壊は禁止で、悪質な場合は審判からペナルティが与えられるようだ。一方でテクスチャの破壊は可能である。違いはよく分からないけど、まあ僕には物を壊せるようなパワーはないから分からなくても問題ない。
オフェンスは出場している選手の中から各ターンごとに4名のアタッカーを選出して行う。全てのアタッカーが倒れるかリタイアを宣言した時点でオフェンスフェーズが終了し、相手に攻撃権が移る。オフェンスの選手が倒れるかリタイアすることをオフェンスアウトという。前のターンまでにオフェンスアウトになった地点をアンカーポイントと呼び、次のターンはオフェンス側が全てのアンカーポイントからスタート地点を任意に選ぶことができる。オフェンスフェーズは全てのアタッカーが同じアンカーポイントから同時にスタートする。ちなみにアンカーは船の錨のことで、ダンジョン探索において一旦到達した地点に魔法的なマークを付けて探索を中断し、探索を再開する際にはマークを目印に瞬間移動する様子が、海に真っ直ぐ下ろす錨に似ていることから名がつけられているそうだ。
一方、ディフェンダーが相手のアタッカーに倒されることをディフェンスアウトと呼び、ディフェンスアウトになった選手は以降のディフェンスフェーズに参加することができない。
また、アタッカーが次のフロアに進んだ場合、アンカーポイントより上のフロアに取り残されたディフェンダーも以降のディフェンスフェーズに参加できない。このことをオフサイドという。
つまりターンが進むごとにアンカーポイントはダンジョンを進んでいき、ディフェンダーは倒されて減っていく。ターンを重ねていればいつかはダンジョンの最深部へたどり着くことが出来るようになっているわけだ。
こんな感じで簡単なルール説明を受け、試合の視聴が始まる。
試合はメジャーリーグの三久利フェニックスvs碓氷ホエールズ。プロのチームはチーム名になっているダンジョンモンスターを使うので、三久利フェニックスの方は不死鳥を従えたチーム、碓氷ホエールズはクジラを従えたチームと分かる。
気がついたら隣の席にヘッケル先輩が座っていた。
「先輩も観るんですね」
「プロの試合を観るのも勉強。それに……」
ヘッケル先輩がなにか言おうとしているところで試合が始まった。両チームのユニフォームを着た選手たちが試合前の挨拶をしている。
ちなみにユニフォームは必ずしもフィールド内で着る必要はないらしい。目立つユニフォームだと見つかっちゃって不利になるからね。
放送は始まったがまだ試合は始まらないようで、テレビ放送らしく実況と解説が喋って尺を埋めるみたいだ。
『昨年12位と苦しんだ碓氷ホエールズ。心機一転、新戦力を加えて迎えた今年度はシーズン開幕から4戦全勝。まさに台風の目となっております。しかし本日挑む相手はリーグ屈指の強豪、三久利フェニックス。実況は上田、解説は森さんです』
『よろしくお願いします』
『碓氷ホエールズは好調ですね』
『そうですね。正直サプライズだったと思いますが、暫定首位にふさわしい実力は間違いなく備わっているチームです』
『ここまでの4連勝も全て完勝でした。一方の三久利フェニックスはいかがでしょう?』
『こちらも例年通り、力のあるチームだと思います』
『ありがとうございます。試合に先立ちまして、森さんには両チームから注目選手を選んでいただきました。まずはホエールズからお願いします』
『はい。今年のホエールズの快進撃、立役者は間違いなく新加入のこの方でしょう。ニコル・バルザリー選手』
『特別指定登録、現役高校生のニコル・バルザリー選手。ポジションは魔術師とメインディフェンダーです。ルックスも相まって人気急上昇中の選手ですが、森さんはどういった印象をお持ちですか?』
『ここまでの試合を見ていても、正直只者ではないなと。これで高校生ですから、非常に将来が楽しみな選手が出てきたという感想です』
『人間離れした魔法でオフェンス、ディフェンス共に早くもホエールズの中心選手となっていますね』
『おっしゃるとおりです。魔法の得意属性も水系統ですし、彼女の才能はホエールズで遺憾なく発揮されているように思えます』
『ホエールズはディフェンスフェーズに海洋テクスチャを必ず使用しますから、対戦相手はバルザリー選手の強力な水魔法を対策しなければいけません。ホエールズは今シーズン始まってから未だに3階層を踏ませていませんが、これもバルザリー選手の活躍が大きそうですか?』
『間違いないと思います。アタッカー4人でバルザリー選手をどう突破するのかというのは、まだ見つけられていないチームがほとんどだと思います』
『では今期無敗の碓氷ホエールズのダンジョンに挑む、三久利フェニックスの注目選手をお伺いしましょう――』
「ヘッケル先輩、特別指定ってなんですか?」
「ニコルは高校の部活とプロのチームの2つに登録されてる」
「プロになったのに部活を続けているんですか?」
「大会に出られるように籍を残してるだけだよ」
碓氷も三久利も隣国・筑吹王国の都市である。
一方でニコル・バルザリーは僕らの住むヨシュア・アキノバ王国の出身っぽい名前だ。この選手がいるからヨシュア・アキノバ王国でもホエールズ戦の放映があるのかもしれない。相手の三久利フェニックスも筑吹王国代表選手を抱える強豪チームのようだし、注目度の高い試合なんだろう。