初心者が公式戦に出てみたら? 1
タガロット・トノミチ県。古くはタガロットと呼ばれていた地域で、ヨシュア王国が筑吹連邦に加盟する際にトノミチという地名が付けられた。ヨシュア・アキノバ王国のアキノバの部分と同じ。
秋海棠高校はインターハイに向けて、高校総体タガロット北部予選に出場する。
予選は4チームごとのリーグに分かれた総当たり戦で、各リーグ1位はタガロット・トノミチ県予選にストレートインできる。リーグで2位になると他リーグで2位になったチームとのプレーオフを勝ち抜かなければ県予選には進めない。
北部予選は県庁所在地である殿道市で行われる。僕たちが暮らしている古湊からは電車でもバスでもアクセスが容易な街だ。今回は部員みんなで駅に集合し電車で来た。
さらにチームでは人でも誘拐するんかってサイズのバンを持ってきている。荷物の運搬用兼、作戦会議用らしい。予選会場には個室みたいなものがたくさんあるわけではないので、チームごとのプライベートな空間は用意されておらず高校ごとにそこらへんにシート敷いて座っている。県大会くらいチーム数が減れば個室も貰えるのだとか。
とはいえ対戦相手はあらかじめ発表されていることもあり、選手起用は事前に決めてきた。僕たちも大会前日のミーティングで方針は共有されている。
地区予選で同じリーグに入ったチームはどこも格下だ。リオが言うには、ぶっちゃけ1階層ぶんくらいのハンデがあっていい勝負になるくらいのチームらしい。
サポート班では、初戦はチェッカー先輩を温存していくことになった。危なくなるまではチェッカー先輩抜きで戦い、そのまま勝てれば2、3試合目はチェッカー先輩が出る。1試合目でピンチになったらチェッカー先輩に出てもらって、残り2試合のうちのひとつを欠場させる。
つまり僕は初戦スタメンで試合に出ることになっていて、試合展開によっては2試合目もスタメンかもしれない。
とはいえ格下の相手を圧倒して勝つに越したことはない。試合に使用したテクスチャの情報は多かれ少なかれ明らかになってしまうので、県大会に向けてなるべくテクスチャの情報は隠しておきたいからだ。リーグ戦を全勝してプレーオフを回避することが今日の最低限だが、さらに県大会に向けて情報を守ることも目指す。
開会式とかそういうイベントはないっぽい。
僕はヘッケル先輩と試合会場の駐車場でウォーミングアップを行いながら試合開始時刻を待つ。ストレッチしたりランニングしたり。他のチームの選手も周りで身体を動かしており、ピリピリとした緊張感が漂っている。
「おい、あれ」
「ああ、秋海棠だ」
「セントラクスだ。スイーパーの」
うわー、やっぱ先輩有名人なんだなぁ。
「シグリ、緊張してる?」
「へ? いや、それほどでも」
「ふーん。初めての公式戦なのに、大物だ」
「そ、そんなんじゃなくて。リオが今日は勝てるから気楽に行けって」
「今年の1年生は活きがいいね」
リオは自分の目標を口に出すことで自らプレッシャーを掛けるタイプだ。くっそ、あんな自信家の言うことを真に受けるんじゃなかった。
「でも今日は勝ち方が大事っていうのは本当。チェッカーを助けてね、シグリ」
「が、がんばります」
なんかめちゃくちゃ緊張してきた。チェッカー先輩の代わりが全然できなくて負けちゃったりしたら完全に僕の責任だどうしよう。
* * * * *
相手のスタメンと向かい合う。こうやって見ると、やっぱり秋海棠のディフェンダーはガタイがいいな。さすがはスポーツ推薦枠を勝ち取ったスポーツエリートたちである。
相手チームは秋海棠のスタメンにニコル・バルザリーがいないことに驚いているようだ。残念だったなぁ。あの人は今、高校で補講受けてるよ……。
ニコル先輩にサインでももらおうと思っていたのかな。それとも、恐ろしい魔法の餌食にならずに済んで安堵しているのかもしれない。
挨拶を交わしてそれぞれの控室へ戻る。
相手は殿道市の高校だ。スポーツ推薦のような制度は持っていない普通のチーム。
競技ダンジョンは観客の応援は届かないので、ホームとかアウェイとかは特にない。うちの高校からも応援に来てる人いるのかな。友達いないからわからん。
先攻は秋海棠高校。相手の1階層のテクスチャは市街地だ。1ターン目のスカウトには予定通り僕が出る。アタッカー4人はヘッケル先輩、プルル先輩、ニジュ、僕。僕とヘッケル先輩のブレイカー2枚編成で、市街地と相性の良い魔術師のニジュと、直線的な地形なら射撃が活かしやすいプルル先輩。
オフェンスフェーズに向かう扉の前には、1年生が手を上げて並んでいる。
「……ん?」
「ハイタッチだよ」
「お、おお」
「頼んだぞ」
パドロと手のひらを合わせる。
「気楽になぁ」
次はアルタム。
「ふぁ、ふぁいと!」
3人目はミウア。かわいい。
「ミスるなよ」
最後にリオ。それは激励なのかなぁと思いながら扉を潜る。1年生は全員がメンバー入りをした。
ニジュが僕の背中を叩いて、フィールドへ入る。
「行くわよ」
僕が最後にフィールドへ入ると、ブォォォォと法螺貝のようなサイレンの音が試合の開始を告げた。
オフェンスフェーズの扉を潜った時点でフィールドの様子は確認できるので、試合が開始される前に他の3人も気がついていたはずだ。スカウトの僕が周囲を確認するまでもなく、正面には特徴的な建物が鎮座している。
「タガロット城だ」
「殿道市の市街地テクスチャってことね」
「とりあえず正面の大通りから外れよう」
タガロット城はタガロット・トノミチ県の県庁所在地、殿道市のランドマーク。その漆黒の天守閣は殿道市とこの街で暮らす住民を見守っており、数多く訪れる観光客を睥睨する。今は僕たち秋海棠高校を阻むかのように、特徴的な建築を人工の空へと突き出していた。
最初のアンカーポイントは駅前から城を結ぶ大通りに置かれていた。大通りは殿道城の天守閣を正面に捉えている。この通り自体が観光のために整備された通りであり、駅からランドマークを一望できるように計画されて作られた地形だ。
「相手は殿道の高校だ。地理感覚があるマップを選んできたみたい」
「おー、うってみてもいい?」
「プルル、相手見えた?」
「んーん。でもてんしゅかくにいるでしょ〜?」
「確かに……」
天守閣は城内で最も高い位置にあり、当然その5階建て建築も周りの建物と比較して一際高い。天守閣は古くは有事の際に司令部が置かれた場所だそうだ。ディフェンダーがスカウトを配置するとすれば、見晴らしがよい天守閣ほど優れたポジションもないだろう。さらに、ディフェンダー側における司令部はコマンダーを意味するため、ディフェンスの指示も天守閣から発せられていると予想できる。
「4人で城攻めるんですか?」
「いや、城を攻める必要はない。向こう側へ抜けるだけ」
「あ、そうか」
ここはダンジョンの1フロアである。城の裏側へ抜けて下の階層へたどり着けば、市街地テクスチャは突破できる。
タガロット城はテクスチャのど真ん中に鎮座している。天守閣もほぼ真ん中の位置。城は城壁で囲まれ、周囲の堀には水が流れている。だが僕たちは城を無視して東か西のどちらかから迂回し、2階層へ繋がる北を目指せば良い。
ただし問題がある。天守閣にスカウトが配置されていると仮定すると、城に近づけば近づくほど死角が減る。しかも城の周囲で発見されて城側から攻撃を受けた場合、相手に高所を取られた上で退却しなければならない。そもそも城は守りを考えて作られた建築物だ。城を活用して戦われたら基本的に地の利は向こうにある。
幸いなことに、城の横幅よりもフロア1階層の横幅のほうが大きそうだ。まずは東西の端をスカウトして、どちらが進みやすいのか調べるところからだろうか。
「てか誰もタガロット城行ったことある人いないの? シグリ、あんた古湊出身じゃない」
「遠足とかで行ったけど……」
「じゃあ地理分かるんじゃないの」
「友達誰もいなかったから、観光せずに歴史博物館に籠もってたんだよね……」
「……使えないわねぇ」
ちなみに博物館は城の裏側にある。
「おー、1ねんせいなかよくなった?」
「そ、そうですか?」
「タメ語になってるよね」
「そうしろって言われて……。ニジュさん怖いから」
「燃やすわよ?」
合宿の1年ミーティングの後、ニジュに敬語を使うなと脅された。試合で組むこともあるからパッと話せってことらしい。それでも最初は女子とフランクに話すのが難しかったけど、少しずつ慣れて今では意識しなくても自然に話せるようになった。
とりあえず天守閣から見えてしまう大通りから外れるため、スタート地点の右側の建物の影に入った。これで射線は切れたので、相手にスナイパーがいたとしても一先ず安全だろう。注意するのはラッシュくらいか。
一応大通り方面は僕が警戒し、反対側の建物がある方はヘッケル先輩が注意してくれている。駅前の区画は広いので、隣の角から相手が飛び出して来たとしてもニジュが対処する時間は余裕で稼げるだろう。
相手がスカウトを何人起用しているかは不明だが、最低でも1人は天守閣にいると考えて良い。天守閣からは城を囲む道のほとんどが視認できる。城の外側の道は見通せないかもしれないが、フロアの横幅的にそんなに広くないだろうから脇道だけならディフェンダーで塞げてしまう。
秋海棠高校はフロア端の道を守るディフェンダーを倒して進むことになるだろう。
「東西で分かれて進むか、片方に戦力を集中するかだけど」
「もしディフェンダーも片方に集中されたら、城と挟まれて難しくなりませんか?」
「ニジュの言う通りだね。西と東で分かれて進もうか」
東西どちらかの道を4人で進んだとして、正面と城側のディフェンダーを同時に相手するのは難しい。しかも地の利は向こうにあって、地理感も相手が優れている。
こちらが自発的に戦力を分散することで、中央のタガロット城に配置されているであろうディフェンダーを片方へ集中させないようにする必要がある。相手に囲まれずに対面で戦えば戦力で上回っている秋海棠高校はゴリ押せる可能性が高い。
「西と東どっちが主力ですか?」
「さあ。どっちが攻めやすいんだろうね」
「……シグリ?」
「え? 僕は知らないよ」
「スカウト行って来いって言ってんのよ」
「あ、はい」
市街地と言っても、スタート地点付近は県庁所在地の駅前だ。この辺りの道はどれも太く、直線的になっている。前線まで行かなくても様子を伺うことが可能なのは嬉しいポイントだが、通りを横切ると発見されてしまうリスクがある。
特に駅前の大通りは天守閣から丸見えである。大通りの東側の建物の影に入ってしまったので、西側の確認には行けなくなってしまっている。
「この通りを横切るのだけなんとかならない?」
「難しいわね」
器用に魔法を使いこなすミウアがいればなんとかしてくれただろうが、ニジュはどちらかというと大雑把なパワー系魔術師だ。この人、たぶん市街地テクスチャを火の海にするために起用されてるんだよなぁ。
「ぷるる、ひがしいく〜」
「プルル、殿道来たことあるの?」
「んーん。かんこうまっぷ」
プルル先輩が指差す先には、この辺りの観光地を示した地図があった。若干デフォルメされているが、タガロット城周辺はバッチリ図示されている。
「うわマジじゃないの。消しておけばいいのに相手もバカねぇ」
プルル先輩が行きたいと言っている東側は直線的な道路が通っており、その先は開けた公園になっている。駅近くには見晴らしの良いホテルがあるので、高所から前方へ射線を通し、地上を進む味方の援護もできそうだ。
西側は、庭園、川、古い住宅街など、入り組んだ地形になっているようだ。庭園と古い住宅街は障害物が多くて天守閣からの視線を遮れるだろうし、川には中洲を活用した小径が通っていて城の裏側まで進めそうである。
「本命は西側でしょうね。入り組んだ道はヘッケルさんの特徴が活きるから」
「そうだね。僕とニジュで西から攻めようか」
俊足を活かして相手の裏を取るヘッケル先輩は、入り組んだ道であれば相手を視界外からアウトにできる。高さのない建物であれば屋根も登れるし、いざとなれば住宅と住宅の間を抜けて隣の道などに退避することもできそうだ。
さらに庭園や古い木造の住宅は最悪燃やせる。秋海棠高校が誇る火力おばけも力を十分に発揮できるフィールドだろう。市街地を火の海にして高笑いするニジュ、解釈一致です。
おそらくディフェンダー側にはこちらのアタッカー編成はバレている。最初のアンカーポイントは天守閣から見える位置にあり、4人とも試合開始直後に視認されたはずだからだ。相手もそれをわかってテクスチャを用意しているはず。
ヘッケル先輩とプルル先輩は去年の大会にも参加しているため、相手も情報を持っているだろう。ヘッケル先輩はウォーミングアップ時も注目を集めていたように有名な選手だし、プルル先輩はでかいライフルを担いでいるのでプレースタイルはひと目で分かる。
またニジュはこのオフェンスフェーズにユニフォーム姿で参加している。魔術師は隠れるポジションではないので動きやすい服をチョイスしたのだろう。隠れる必要がない華奢な女子って魔術師くらいしかいないから、相手もニジュのことは魔術師だと予測できているだろう。
そしたら1ターン目のオフェンスフェーズでスカウトを起用しないわけがないので、消去法で余った僕がスカウト、と。このくらいはすでに相手に伝わったと考えて間違いない。
となると大通りをヘッケル先輩とニジュが横切った時点で主力がどちらから攻めてくるかバレてしまう。うーん、東側の僕とプルル先輩は接近戦が絶望的だから陽動とかできないコンビなんだけど、西側を進む2人をサポートできるんだろうか。
まあニジュは言わずもがな、ヘッケル先輩も白兵戦は結構戦えるので、相手に待ち伏せされてしまってもディフェンスアウトは狙えるし、僕の偵察時間は十分に稼いでくれるだろう。2人とも得意な地形で戦えるわけだし。
とりあえず東西のなるべく深い位置でアンカーポイントを作って、次のターンにどのアンカーポイントを使用するか相手に悟らせないようにするだけでも効果があるはずだ。主力アタッカーが西に向かったことを悟った相手が西側にディフェンダーを回してくれれば、僕とプルル先輩の向かう東側は接敵も少なくなる。片側ずつ各個撃破だけは避けるように、両サイドで同時に仕掛けることを意識してじっくり行こう。




