初心者が合宿に参加してみたら? 4
リオを除く3人がコンビニから戻り、少し休んでから1年生全員はミーティングルームに集合した。
「ニジュさん、これ差し入れです」
「え? 急にどうしたのよ」
「いや、練習で迷惑かけちゃって、魔法の回復薬辛そうだったので」
「アンタのせいじゃ……なくもないけど、気にしなくていいのに」
そこで言い淀むってことはやっぱり僕のせいで無理した部分もあったのか。差し入れを買ってきておいてよかった。
「シグリくん、明日は私がアタッカーなんだけど、私にも差し入れくれるの?」
「あ、ミウアさんのぶんも買ってきました。先払いです」
「わーい、ありがとう」
ミウたそかわいいなぁ。いっぱい買ってあげたくなっちゃう。
差し入れはコンビニスイーツだ。甘いものが嫌いな女子はいないだろうという判断。
あとコンビニでは自分用にお茶を買ってきた。
「食べながらでいいから始めようぜ」
「ちなみにこれ、なんのミーティングなんや?」
ミーティングの内容を知らないのは僕だけかと思っていたけど、アルタムも何も聞いていなかったようだ。アルタムはモテること以外興味ないみたいな感じだもんな。僕も含めてミーティングのときに伝えればいいと思われていたんだろう。
「やるって言い始めたのはリオなんだ。リオ、進行頼むな」
「ああ、話したいのはもうすぐ始まる夏のインターハイについてだ。秋海棠高校が全国大会へ進むためには、俺たち1年生もチームを助けなければならない」
秋海棠高校競技ダンジョン部の部員は19人。そのうちの1年生は6人。
競技ダンジョンでは11人の選手がスタメンで、6人がベンチに入る。最低でも4人は1年生が埋めなければならない。さらに試合中に3人交代可能なことまで含めると、2、3年生だけでは人数が足りないのだ。
「俺はコマンダーとして、このチームに足りないピースがあると思っている」
「なんや?」
「シグリだ」
「……え、ぼくぅ?」
あぶねぇ。急に呼ばれてお茶吹き出すところだったぜ。
僕が足りないピース? 僕自身に足りない部分はいっぱいあっても、僕自身が秋海棠高校の足りない部分を埋めることはないと思うんだけどなぁ。
しかし秋海棠高校の司令塔であるリオが言うのであればそうなのであろう。コマンダーは戦術や魔法のような学んで身につく知識も必要だが、味方と相手の選手の実力や特徴も知らなければならない。秋海棠高校の選手の特徴を知り尽くしたコマンダーが足りないと思っている穴があって、そこを埋められるのが僕だけってことなんだろう。
この部にスカウトされたばかりのときもサポート班の集まりで言われたけど、秋海棠高校はサポート班の選手の数が少なかった。僕が入部したことによってブレイカーとスカウトが2人体制になり、主力のヘッケル先輩とチェッカー先輩に万が一の事があったときでもポジションが不在にならなくなったというのはある。僕が2人の代わりになれるかっていうのはかなり怪しいんだけれども。
「僕って、ヘッケル先輩とチェッカー先輩の控えなんじゃないの?」
「いや、俺はシグリも主力として使いたいと思ってる。相手次第ではあるが」
「そもそも地区予選はシグリもスタメンで出るじゃない」
「え、なぜですか?」
「シグリ、もしかしてヘッケル先輩から何も聞いてないのか?」
「いや、全然わからない……」
ヘッケル先輩、言わないといけないことは伝えてくれるけど、言わなくてもいいことはほとんど教えてくれないからなぁ。それも結構ギリギリになってから言われてびっくりさせられてる印象。
「チェッカー先輩は本気の試合は1日に何試合もできないぞ」
「知らないんだけど……」
「やっぱ直接聞いてないのか。あの人、目が良すぎて全力でスカウトやってると倒れちゃうんだ。情報量が多すぎるとかなんとかで」
「地区予選と県予選初日は同日に複数試合がある。チェッカー先輩の起用は最大でも2試合までで、ディフェンスフェーズは3フロアまでと医者に言われている」
要するに、同日に複数試合がある場合、チェッカー先輩がアタッカーを一方的に視認して情報量の優位性で押し切る密林のようなテクスチャは、合計で3回しか使ってはいけないということだ。2試合以上に出場する場合は練習試合のときのサバンナのような見晴らしの良い、チェッカー先輩が力をセーブしながら戦えるフィールドを必ず入れなければならない。その上、1日に3試合ある地区予選ではどれか1試合を欠場する必要がある。
ディフェンスフェーズはスカウトがいなくてもテクスチャを工夫すれば守ることはできるが、オフェンスフェーズにおいてスカウト不在は暗闇を手探りで進むような状況を意味する。僕は今日、ちょうどその難しさを練習で経験した。超高校級のプレイヤーが3人いても、オフェンスフェーズで何も成果が得られないターンとか普通にあった。
「先輩、本気出してないときがあるのは知らなかった」
「お前バカか。ガチでスカウトするときはサングラス外してるだろ」
「あー、そう言えば……」
チェッカー先輩のトレードマークとも言うべきデカサングラス。確かに見えすぎる目を持っていたら、強い光が不意に目に入ってきたときに危なすぎる。室内でも物で反射した光が眩しく感じることはあるし、先輩は常にサングラスで目を守っているのか。
練習でサングラスを外しているところは見たことがない。僕が見たことあるのは、碓氷ホエールズユースとの練習試合の一瞬くらいだ。ステルス魔法の相手を見つけるまでの、ほんの一瞬。
そう言えば練習試合でもプルル先輩のマッサージ受けていたりしたっけな。あの試合も2試合出ていたし、強行出場していたからラミー先輩も気にかけるような言動をしていたのか。
てことはサングラスも常人が用いるものよりも遮光性は高いものなのだろう。それではいくら元の視力がぶっ飛んでいるからとはいえ、薄暗い教室では黒板の文字など見えない部分もあるはずだ。うぅ……それであの赤点の山……。最強の目を使ってカンニングでも何でもしてくれよ(ダメです)。
「それでも俺たちが秋海棠で競技ダンジョンを続けるには、全国大会へ行くしかない。そのことを、シグリにも伝えるべきだと思ってな」
「はぁ」
そりゃ全国大会へ行けたら行けたで凄いことだと思うし、競技ダンジョンをするために親元離れて寮生活しているみんなにとっては、高校を卒業した後の進路も含めて県大会優勝、全国大会出場のような目に見えた成果は必要なんだと思う。
「シグリのこの顔は分かっとらんな」
「もちろん分かるように説明する。シグリ、これは俺たちが推薦入学だから知らされていることだ。お前も知っているべきだと思うから、先輩にも相談せずに俺たちが独断で伝えることにした」
「え、なんか物々しい雰囲気だね」
「当たり前よ。重要な話だもの」
「いいか? 秋海棠高校の規則では、5年間全国大会に出場できていない部活は強化指定部から外されてしまう」
強化指定部とは秋海棠高校が活動に大きな援助を与える部活。めちゃくちゃ簡単に言ったら全国にバンバン出るようなガチの部活のことだ。強化費が割り当てられ、推薦枠もある。今の僕たちが行っているように、ホテルのような合宿所を使用できるのも競技ダンジョン部が強化指定部であるからだ。ここにいる僕以外の5人が特待生として入学しているのも、部が強化指令されているため。
いくら卒業生からの寄付が潤沢で施設や人件費にお金を注ぎ込める秋海棠高校といえど、お金は無限にあるわけではない。弱い部活は切り捨て、結果を出しているいくつもの部に資金は集中させなくてはいけないのだ。
「競技ダンジョン部が前回全国大会に出場したのは5年前の選手権。つまり今年のインターハイに出場できなければ、丸5年になってしまう」
「夏の大会で推薦枠を剥奪されるってのは、来年の推薦にスカウトが間に合わないってことだな。スカウトは秋くらいにはだいたい推薦入学の枠を確定させてるって言うし」
「そ、そうなんだ……」
もしスカウトによる推薦入学がなかったら、1年生6人のうちの5人は入学していなかったということになる。部員19人の秋海棠高校競技ダンジョン部の、実に17人は推薦入学である。
競技ダンジョンは競技の特性上、幼少期からプレーする機会に恵まれる選手が少ない。ド田舎に存在する秋海棠高校において、一般入学で入学した生徒の中で競技ダンジョンの経験がある生徒はほぼ皆無だろう。
「強化指定部から外れて来年の主要大会に出られなくなれば、俺は転校するつもりでいる」
「俺もそうすると思う。リオみたいに決めてるわけじゃけど」
「私も部活は辞めるわ。転校するかクラブを探すかは決めてない」
スポーツ推薦で高校に入るということは、僕たち一般入学が受験勉強に費やして高校を目指すのと同じ熱量をスポーツに注いできたということだ。いや、推薦の枠は狭き門なので、僕たちの受験勉強とは比にならない。
彼らにとってスポーツは社会で生き抜く術であり、大学、就職まで使っていく技能なのだ。試合に出て力をアピールできなくなることは死活問題である。実際、パドロは全国大会常連校ではなく出場機会が得られる秋海棠を選んだと言っていた。
競技ダンジョン部が強化指定部から外れて大会に出られなくなった時、僕はどうするのだろう。ギリ友達くらいにまでなったリオやパドロ、アルタムが部を去り、この世で僕と会話してくれる数少ない女子であるニジュやミウアもいなくなる。競技ダンジョンは1人ではできないスポーツで、日々の練習すら成り立たないだろう。
第一、僕はそこまで競技ダンジョンが好きなのかも分かっていない。練習頑張っているけど、これはみんなについていくためにもがいているだけだし。
まあたぶん、中学校の頃のような陰キャに戻るんだろうな。今みたいに部活を頑張っているわけでもない、普通の陰キャに。
「ちなみに私はここに残るよ。推薦がなくなっても」
「え? ミウア、そうなの?」
「うん。もともと私、中学校で競技ダンジョン辞めるつもりだったから」
「辞めちゃうってこと?」
「最初からそのつもりで普通科を選んだんだ」
「そう……」
秋海棠高校のスカウト網は競技ダンジョンに限らず素晴らしいものがある。このスカウト網は全国の才能ある中学生に広くチャンスを与える役割も担っている。
ミウアは才能ある魔術師だが、秋海棠高校以外に目をつけた高校はなかった。秋海棠高校の競技ダンジョン部がスカウトを止めてしまえば、ミウアのように才能ある中学生が見つからずに競技を離れることになりかねない。
「分かったか。俺たちがここで競技ダンジョンを続けるためには、今年の夏にどうしても全国へ行かなければならない」
「チーム探したり転校したりも楽じゃないからな」
「ここで公式戦に出ると、2年生の間は公式戦に出られない。移籍できたとしても最低でも1年は棒に振る」
チームを移籍した選手は1年間大会に出られないというルールがあるらしい。1年で試合に出て転校すると、次に試合に出られるのは3年生。プロのスカウトや大学の推薦を狙う場合は3年の夏の大会で目立った成績を出さなければいけない。チャンスがたったの1回になってしまうのだ。まあ秋海棠に残るとそのチャンスはゼロなわけなので、移籍するしかないのだが。
競技ダンジョンは強い選手がひとりいるだけでは勝てない。ニコル先輩擁する碓氷ホエールズが筑吹ジャイアンツに敗れたように、フィールドに立つ全ての選手の心技体で相手を上回らなければ勝利を手にすることができないのだ。
ん? ニコル先輩? 僕は何か重要なことを忘れてはいないか?
「いや、ちょっと待って。全国大会って、県大会で優勝すればいいんだよね」
「そうやな」
「そんなに難しいことなの?」
「何言ってんだ、当たり前だろ。じゃなきゃ5年も失敗しない」
「去年はニコルさんがいても決勝で負けたのよ」
「こ、今年も負けるかもしれないってこと?」
そうじゃん。秋海棠高校には世界最高峰のメジャーリーグで活躍するニコル先輩がいる。ニコル先輩が出場した練習試合では強豪ホエールズユースに勝てたんだし、先輩はプロの世界でだって圧倒的な力を示し続けている。
例えばホエールズのように海洋テクスチャを使えば、秋海棠高校もプロでも攻めるのが難しい難攻不落のダンジョンを作ることができるはずだ。
しかし、リオは苦々しい表情で首を振る。
「ニコル先輩はホエールズとの約束で試合に出られないんだ」
「そ、そうなの!?」
「ニコルさんは魔法回復薬が飲めないのよ」
魔力総量が多くなればなるほど不味くなる魔法回復薬。夕食のときにニジュも苦しそうに口にしていた物だが、ニコル先輩は凄まじい魔法総量を持っていて魔法回復薬が接種できないらしい。あまりの劇薬っぷりに体質的に身体が受け入れず、どんな投薬方法を使っても体外に出てしまうそうだ。えぐい。
魔力を瞬時に回復できないということは、自然に時間をかけて回復していくしかない。魔法総量が多ければ回復のスピードも速くなるが、1週間近くは回復に要してしまう。
要するに高校の試合に出ると、その週のプロの試合に出られなくなってしまうのだ。ホエールズも主力であるニコル先輩の試合出場を渋るのも頷ける。
「とにかくこれが秋海棠高校の現状だ。俺たちには全国大会に行かなければ、道が閉ざされてしまうんだ」
「でもニコルさんは不在で、チェッカーさんにも出場制限がある。飛車角落ちの状態で、4年間勝てていない銀葉大付属に勝たなければいけないの」
「な、なるほど……」
聞けば聞くほど絶望的な状況だ。
絶対的エースは試合に出られず、守備の要は出場時間に制限がある。そのハンデを背負った上で、4年間負け続けた相手に勝たなければいけない。だいたい去年と一昨年はまだニコル先輩はメジャーリーグの試合に出ておらず、我らが誇る最強のエースがいる状況であっても敗れた相手なのだ。
「ぼ、僕に何ができるの……?」
「お前にしかできないことを伸ばしてくれ。そうしたら、俺が必ず活かしてみせる」
「競技ダンジョンは強烈な個性を持っている選手のほうが活躍しやすいからな。隠れることでも、マラソンでも、なんでもシグリが得意なことでいいんじゃないか」
「地区予選は大丈夫だ。だが、県大会はチーム全員で戦わなければ勝てない。だから、一緒に戦ってくれ」
そう言われたって、地区予選はもうすぐだし、地区予選が終われば県大会までもそんなに時間がない。
僕は普段、青春のほとんどを競技ダンジョンに捧げてきた選手たちと一緒に練習している。そんな彼ら彼女らを見て思うのは、競技ダンジョンは短い時間で上手くなるようなスポーツではないということだ。
だから僕がチームのために何ができるのかは想像もつかない世界だ。
でも僕は頷くことしか出来なかった。
人生を左右するような重大な局面に直面している同級生たちが、僕を必要としてくれたことが嬉しかったから……。
……ではなくて、こんな重々しい雰囲気で無理だよとか言えるようなメンタルしてないから。




