初心者が合宿に参加してみたら? 1
競技ダンジョン部が出場する大会の中で、重要なものが2つある。
夏の高校総体と冬の選手権だ。
どちらも勝ち進めば全国大会へと通じる大きな大会だ。特に高校総体の全国大会は全競技共通でインターハイと呼ばれ、高校時代に部活へ打ち込んだ人なら競技問わず目指したであろう青春の聖地である。
僕たちが入学した春がすっかり暮れ切った頃、競技ダンジョン部は高校総体へ向けた合宿を開催することになった。
合宿では高校が保有する県外の合宿所を使用する。金曜日の放課後に合宿所へ移動し、祝日である月曜日までの3日間が練習漬けになる。ちなみに高校総体対策の合宿は地区予選と県予選の間にも予定されており、そちらの本合宿では1週間、授業も休んで練習するようだ。休んだ分は公欠として扱われるが、高校総体が終わって夏休み中にその分の補講が行われるらしい。僕たちの夏休みが……
スポーツ科と芸術科は大会や合宿で公欠する生徒も多いが、僕やミウアが所属する普通科には公欠してまで合宿に行く生徒は少ない。授業に遅れないように勉強もしないといけないな。
合宿では県外の高校やユースチーム、さらには大学生チームとの練習試合が組まれるようだ。わざわざ県外まで赴いて合宿をする理由としては、大会で使用するテクスチャの練度を上げることが目的であるからだ。
テクスチャの情報はチームの最重要機密である。これを相手チームに事前に知られてしまうと情報戦の面で大きなハンデを背負うことになる。そのため大会直前の練習試合は県予選で当たらない県外のチームか、そもそも高校総体に出場しない大学チームやユースチームとなる。秋海棠高校は卒業生が色々な世界で活躍しており、ツテを辿って練習試合を組みやすい。普段練習に顔を出さない顧問の先生が試合相手の選別やオファーをしてくれているようだ。
合宿開始日の金曜日、授業が終わってから集合し、マイクロバスに揺られてコトコト、2時間ほどで合宿所に到着した。
学校の施設とは思えないほどの立派な建物に、『秋海棠高校合宿所』と書かれた石碑が立っている。さすがに競技ダンジョン部専用の合宿所というわけではなく、普段から様々な部活が使用するための施設ではあるが、今回の合宿は競技ダンジョン部が貸し切りらしい。
ロビーには秋海棠高校を卒業して世界で活躍した選手たちの解説が展示されていた。何人もの名選手がこの合宿所を利用し、世界的なプレイヤーへと成長していったのだ。そしてこの建物は彼らの寄付金でピカピカになっていく、と。
いったん部屋にチェックインして荷物を置きに行く。僕たち1年生男子は4人まとめて4人部屋だ。部屋にシャワーがついているが、合宿所に大浴場がついているので部屋のは使わないだろう。4人部屋には4つのベッドが置かれていた。僕の感覚でいうと合宿なんか布団敷いて雑魚寝だと思うんだけど、2段ベッドですらなくて、普通のホテルみたいな印象の部屋だった。どんだけお金あるんだ。
今日は移動日なので練習の予定はないが、明日から2日間連続で午前練習と午後練習が組まれている。最終日は練習試合だ。
練習は合宿所から少し山を下ったところにある施設で行うらしい。合宿期間中は施設を貸し切っているとのことだが、公立の施設なので使用時間は限られている。
配られた練習スケジュールを見ると、今回の合宿は全ポジション合同の練習しか行わないみたい。各自のスキルアップのための練習というよりは、大会で使用するテクスチャの習熟度アップとチーム連携の強化に焦点を当てた練習なのだろう。
合宿が終われば地区予選を突破するまでまとまった時間は取れなくなる。チームメイトと寝食を共にして、結束力を高めていきたいものだ。
陰キャには苦手な分野すぎるなぁ。
* * * * *
「おはよー」
「あ、おはようございます」
僕が朝食を取っていると、ニジュとミウアがやってきた。
食堂はビュッフェスタイルとなっている。自分で食べたいものを食べたいだけ皿に盛る形式である。ホテルじゃん……
朝からしっかり食べておかないと、午前練習と午後練習を乗り切れない。僕は別に普段からたくさん食べるようなタイプじゃないけど、美味しそうな料理につられて普段以上に料理を盛り付けてきている。
「シグリだけ? 他の3人は?」
「まだ寝てましたよ」
「は? アンタたち同じ部屋よね? 起こして来なかったわけ?」
「え、はい。寝てたので……。起こしてきたほうが良かったですかね」
「当たり前じゃない……」
「3人とも起こさなければいつまでも寝てると思うよ」
「アイツら朝弱いのよ。学校も結構ギリギリよ」
ニジュもミウアも普段はリオたち3人と同じく学校の寮で生活している。男子寮と女子寮で分かれてはいるものの、生活空間が被っている部分もあるので3人の普段の様子は僕よりも理解しているだろう。
寮生活って自宅勢と比べても自立した生活を送らなければならないので、みんなしっかりした人たちなのかと思ってた。アルタムは変なやつだけど、リオとパドロもお寝坊さんとは。
時間には余裕があるので朝食が終わってからでもいいかなと思ったけど、練習に遅刻したりすると先輩たちにも迷惑がかかるし、とりあえず呼びに行くことにした。
寝ぼけ眼の3人と朝食会場へ戻ると、既に食事を終えたニジュとミウアは優雅にコーヒーを楽しんでいる様子。
「お前たち、支度はいいのか?」
「アンタを待ってたのよ、リオ。この前言ってた1年生ミーティング、どうすんの?」
「ああ、今日の夜で良いんじゃないか。合宿が進むと疲れが溜まるだろうし、早い方がいいだろう」
「そうね」
1年生ミーティング?
1年生で集まってミーティングするのか。初耳だなぁ。
同級生と言っても、僕たち1年生は全く同列というわけではない。
1年生の中で上級生に混じって主力級の扱いをされているのはリオ、ニジュ、ミウアの3人だ。
リオはラミー先輩に代わってコマンダーの1番手。ニジュとミウアは魔術班リーダーのニコル先輩に次ぐ実力を持ち、メジャーリーグで不在がちなニコル先輩やアタッカー適性が低い2年生に代わっていろいろな役割を求められている。
パドロとアルタムは2、3年生の主力選手たちにスタメンを阻まれて控えの立ち位置である。ホエールズユースと行った練習試合のパドロのようにベンチ外になることもある。
そして僕はチーム全体で序列最下位。わかりやすいね。
1年生ミーティングというのもおそらくリオとニジュ、パドロあたりが企画したものだろう。リオとニジュは実力的に、パドロは彼のコミュ力の高さから、1年生組を引っ張っていく立ち位置の3人だ。ミウアは実力者だが性格が大人しいので前に立つことはなく、立ち位置的には縁の下の力持ち。アルタムは微妙なところだが、まあモテるためにスポーツやってるようなヤツだからな。
僕はコミュ力的にも実力的にも戦力外なので、ミーティングの内容は分からないけどとりあえずそういうミーティングがあるんだなと理解しておけば十分である。
* * * * *
合宿初日は午前も午後も全ポジションの合同練習となっている。しかし僕は個別にヘッケル先輩に呼ばれていた。
合宿所から練習場所へみんなと一緒にバスで向かったあと、他の部員が入った控室とは反対の方向へ向かう。反対の方向の控室とは、つまるところ試合で相手チームが使用する控室である。
「先輩、僕たちもみんなのとこ行かなくて良いんですか?」
「大丈夫。全員揃うまで待ってて」
「全員?」
どんな練習をするのか全くわからないまま待っていると、すぐに扉が開いて魔術師のニジュと部長のガレオン先輩が入ってきた。ガレオン先輩はダンジョンのコアを守るコアガーディアン。唯一ダンジョンコアの周囲を守ることができるポジションであり、チームの最後方で敵を阻む守護神である。
「揃っておるな。皆の者、今日はこのメンバーで秋海棠高校のディフェンスを落とすぞ」
どゆこと?
と、無意識に首を傾げていたようで、隣にいたニジュが説明してくれた。
これから僕たち4人はアタッカーとなり、残りのメンバーが守っている秋海棠高校のダンジョンに対してオフェンスフェーズを行う。今頃僕たち4人を除いたメンバーがコマンダーの指示に従ってダンジョンに守備陣形を敷いているところだろう。
僕たちアタッカーはマップが未知の状態、つまり試合と同じ状態にする。だから控室を分けたんだね。
この練習は大会用に新しく作成したテクスチャに弱点がないかを調べる目的があるそうだ。大会で使用するテクスチャはコマンダーの2人が作成しているが、現状はまだ調整中で最終決定のマップにはなっていない。
僕たちアタッカーチームが何度かオフェンスフェーズを行い、感触などをコマンダーに伝えることでテクスチャの弱点を潰せるし、逆に相手がどのような行動をとってくるのかサンプルを取ることが出来る。簡単に言ったら僕たちはテクスチャのデバッグチームみたいな感じだ。
このアタッカー役は各グループからバランスよく選ばれて、何度か試した後に選手を入れ替える。僕たちがディフェンスにつくこともあるからそれぞれの個性に合ったテクスチャにするのだ。特にヘッケル先輩とニジュはディフェンダーとして重要な戦力でもあるので、2人の力を存分に活かせる地形にしてダンジョンの守備力を向上させたい。
一方、コアガーディアンのガレオン先輩は3階層以外の守備につくことはほとんどない。だからアタッカー側に選ばれているのだろう。
コアガーディアンは一般的に対人戦が最も強い人がやるポジションであり、当然ガレオン先輩はアタッカーとしても大きな戦力である。対面のディフェンダーをゴリ押すとか、ダンジョンモンスターを抑えるために人員を割くときとか、魔法とは違ったパワーが欲しい時のファーストチョイスである。
なんでブレイカー2人選ばれてるのって話だが、これは多分あれだな。僕はスカウト枠で、ヘッケル先輩がブレイカー枠だ。
スカウトの主力であるチェッカー先輩は秋海棠の守備の要である。ディフェンダーがアタッカーに見つかる前にチェッカー先輩がアタッカーを発見して先手を打つ、というのが秋海棠高校の守備の形。テクスチャはチェッカー先輩のスカウトありきで構成されているので、テクスチャのデバッグにおいて最優先で確認すべきは先輩の視界を地勢が遮っていないかということになる。
ディフェンス側にもスカウトは必要だが、当然アタッカーにもスカウトは必要だ。だから僕は数合わせでアタッカーに回されたんだと思う。
そもそも僕はチェッカー先輩が相手だと隠密行動が通用しないし、ディフェンスブレイクも不可能だ。ブレイカーとして数えられているわけがない。
「最初のテクスチャは2階層用の密林だ。合図があるまで待機せよ」
練習前のストレッチルーティンを行いながら練習に備える。まあ怪我しても回復魔法かけてもらえば良いんだけど、試合になるとフェーズの途中では回復できないので、普段の練習から怪我をしないよう気をつけておくに越したことはない。
ちなみに筋肉痛とか疲労には魔法をかけないほうが良いらしい。試合とかだと魔法で疲れを飛ばしたりすることもあるらしいけど。厳しい先輩たちが許してくれるとは思えないし、合宿は自己回復能力で乗り切らないといけないだろうなぁ。
大会用のテクスチャは大会を勝ち抜くことを想定して何種類も用意されている。この数種類の用意したテクスチャから、相手に合わせて採用するテクスチャを試合ごとに決定する。一度でも試合で使用したテクスチャの情報は他の高校にも渡ってしまうが、攻略法が見つかっていないとか、こちらも手の内を晒していないテクスチャであれば何度も使うことができる。また同じテクスチャでも、例えば密林のようにチームが得意なテクスチャであれば何パターンか用意されている場合がある。
「ガレオン、準備できたって」
「うむ、参るぞ」
さあ、練習の開始だ。




