初心者が練習試合に参加してみたら? 6
ふと視界の端で特徴的な装飾がされた大きなグラサンがキラリと光を反射した。
そうだ、この試合には、僕よりも上手いステルス魔法使いですら全く歯が立たないスカウトがいる。
チェッカー・エンゼル。
サングラスをアイマスクに付け替えて、親友であるプルル先輩のマッサージを受けながらヨダレを垂らしているチェッカー先輩だが、1ターン目は攻守ともに太峰氏を完封している。
さらに、僕はチェッカー先輩のおかげで太峰氏にけちょんけちょんにされたことを自覚しているが、おそらく太峰氏は全く気がついていない。おそらく秋海棠高校のスカウトである僕を一方視認し、情報戦において優位に立っていると思い込んでいるだろう。
1ターン目、秋海棠高校のディフェンスフェーズではチェッカー先輩がホエールズアタッカーを一方視認したまま終わった。そのときラミー先輩が言った2ターン目の作戦。それは開幕してすぐにアンカーポイントにラッシュをかけること。
ホエールズが僕たちのアタッカーに対して一方視認していると考えている場合、相手も2ターン目のディフェンスフェーズでラッシュしてくるのではないだろうか。特に僕は1ターン目に相手のディフェンダー陣の前で、良い位置にアンカーポイントを置いている。東側を攻めるなら効果的なアンカーポイントだ。
であれば、このホエールズディフェンダーにバレていて、かつ秋海棠高校がスカウトにバレていると知っていることを知らないホエールズは、このアンカーポイントにラッシュをかけてくるのではないだろうか。ホエールズからすれば秋海棠高校は僕のアンカーポイントが安全だと思い込んでいると考えているはず。僕たちがホエールズのラッシュに合わせてラッシュを返せばディフェンダーを削ることができる。
気がかりなのは僕たちアタッカーのうち3人しか相手に視認されていなかったということだが、僕は西側で魔術師に発見され、東側でスカウトに発見された。これを2人の別の選手と誤認してくれる可能性がある。西側に行った僕は歩く際に地面しか見ていなかったので普通に考えたらスカウトの選手には見えないだろう。下手で逆に助かった。
「気がついたみたいですね」
「は、はい。おそらく……」
僕が思い至った作戦を、今度はラミー先輩が説明する。
「というわけでアタッカーは魔術師4枚編成。最大火力を一点集中して叩き込んでください。ラッシュ返しが成功したらノルマは4人アウト。相手がラッシュに来ていなければそのままディフェンダーを押し込んでください」
「了解よ」
ラッシュ返しに失敗しても、そのまま火力高めの戦力で相手を押し込めばいい。ディフェンダーをアウトにできれば最高だが、ディフェンダーを減らせなくても相手にプレッシャーをかけて2階層へ近づけば別に悪い結果ではない。
というわけで選抜されたニジュたち魔術師チームが出陣していった。僕は初めて試合中のベンチに座る。隣にはリオが座った。競技歴1ヶ月くらいの選手がベンチウォーマーになってないのおかしくない?
2ターン目が始まって、すぐに2度サイレンが鳴った。派手な戦闘音も聞こえるし、早速やり合っているのだろう。こちらは火力が最大になるようなアタッカー4人を選んだが、作戦は上手くいっているのだろうか。
ベンチからだと試合の様子が全くわからないな。木しか見えん。
ちなみにベンチには必ずいなければならないというわけではない。チェッカー先輩は控室でマッサージ受けてるし、僕もここにいる意味なくないか?
階層と階層の間は、ベンチが設置されている以外には物が存在せず、アタッカーが通り抜けるのを邪魔しないようになっている。床はどのテクスチャにも属さない仕様で、控室と同じようなセラミックタイルで覆われている。汚れても掃除が楽なようになっているんだろうな。
サイレンがさらに2度鳴ったが、オフェンスフェーズは継続している。サイレンは4回鳴っているため、少なくとも1人以上はディフェンダーをアウトに出来ているということになる。
「くっそ〜。やられたわ」
控室からニジュが出てきた。コマンダーのラミー先輩もリオもベンチにいたため、アタッカーが得た情報を共有しに来たのだろう。
「お疲れ様です。今どんな感じですか?」
「ラッシュは成功。ディフェンダーは3人アウトに出来たわ。こっちのアウトはアタシだけ」
「なるほど。4人くらいは持っていってほしかったですが……」
「アタシも奇襲決まったからいける!って思ったんだけど、やっぱ個々の技術は高いわね。すぐに立て直されちゃったわ」
ニジュは炎系統の魔術師だ。炎魔法は破壊力があるため、優先的に撃破されてしまったのだろう。ホエールズユースに多いと思われる水系統とも相性が悪い。
「でもディフェンダーの編成は分かったわ。魔術師があと4人いるわね」
「蜃気楼の魔法じゃないですかね?」
「バカ。アンタみたいに見間違えたりしないわよ。あ、スカウトは倒したわ」
このターン開始時点のホエールズディフェンダーは9人。今6人になっていて、4人が魔術師。残りは普通に考えるとコマンダーとコアガーディアンだろう。
「3ターン目からは海洋で戦うことを考えて良いでしょう」
ホエールズユースの2階層は海洋テクスチャ。トップチームが使う海洋テクスチャは彼らも得意とするフィールドだと思うし、ダンジョンモンスターのクジラを活かした戦いをしてくるだろう。向こうはただでさえ2度も奇襲くらってディフェンダーを減らしているんだし、これ以上1階層で無理に頑張るくらいなら有利な2階層に引いたほうが良いという判断をすることは想像に難くない。
ただホエールズとしてはこのターンは1階層で終わらせたいはずだ。アンカーポイントを2階層から始めるのと1階層から始めるのでは僕たちのアタッカー選出も多少変わる。例えば僕たちが相手の考えを読み、ディフェンダーは2階層に撤退しただろうと考えて海洋テクスチャ攻略用のメンバーを選んだとしたとする。もし相手の撤退が僕たちの読み間違いで、1階層に居座ったディフェンダーと戦うことになったら不利になる。だから僕たちはこのターンを1階層で終えてしまうと、次のターンに安全策を取らざるを得ないのだ。
リオたちがニジュと話している間にミウアがオフェンスアウトになり、残っていた2年生の魔術師、オルセラ先輩とオルテガ先輩もすぐにアウトになって戻ってきた。
1階層は順調に攻略が進んだように思う。しかし難しいのはここからだ。
メジャーリーグでもプロの選手たちがホエールズの海洋テクスチャには苦しめられている。ニコル先輩のような理不尽な選手はユースチームにはいないと思うが、攻略する方法を考えなくてはいけない。
まあ僕の出番はないけどね。
アタッカーの仕事は終わってしまったので、あとはディフェンスフェーズを頑張ろう。
* * * * *
「ほげええええええ見つかっちゃいましたああああああああ」
『あはははははははははははははは』
僕は昨日今日で暗記した密林テクスチャのマップを頭に浮かべながら、必死で自陣へ走る。うわあ、よくわかんないけど刃のような形した水がヒュンヒュン飛んでくるよお。チェッカー先輩はなにわろてんねん。この人、オンオフ切り替えできる通信魔法をわざわざオンにして爆笑してんだからね? 笑う時に手を口に当てるようなお淑やかな人ではないのである。
ディフェンスアウトになってしまうと復帰できないので、ホエールズのアタッカーは多少のリスク覚悟で僕をアウトにしようとしてくる。そのプレッシャーは僕がアタッカーだったときとは比にならない。
3ターン目、僕たちはオフェンスフェーズで2階層へ突入できた。しかしそこからはホエールズが強みとする海洋テクスチャをなかなか攻略できないでいる。船で進んでいてもクジラが襲いかかってくるし、津波とか竜巻みたいな遠距離魔法もバンバン飛んでくる。僕はアタッカーに選ばれてないから見てるだけだけど、みんな大変そうだ。
秋海棠高校がオフェンスフェーズで苦戦している間、ホエールズはオフェンスフェーズで着実に前進を続け、ついに僕たちは1階層を放棄する決断をした。6ターン目になってホエールズのアンカーポイントが2階層へ突入し、ダンジョン攻略率の差はすごい勢いで縮まっている。
ニジュも言っていたが、やはりプロの下部組織だけあって上手い選手がたくさんいる。Bチーム、つまり2軍の選手たちのはずなのだが、面と向かって対峙すると一部の先輩たちを除いてなかなか勝つのは難しい。見通しが良く、相手に地の利がある海洋テクスチャでは余計にだ。ディフェンダーを5人もアウトにしてるんだから有利になってるはずなんだけど、ちゃんとアウトになったらいけないディフェンダーは生き残ってるってことなんだろうな。
秋海棠高校の2階層は密林テクスチャだ。通りやすい道なんて存在しない、ガチの森である。相手がどこを移動しているかというのは当然スカウトが情報を集めに行かなければ分からないことなので、僕はコマンダーのラミー先輩に指示された位置で隠れながら相手のアタッカーが通るのを待っている。コマンダーのラミー先輩とリオはマップをにらめっこしながら、スカウトが集めた情報やディフェンダーが接敵した情報を元に相手の現在位置やアンカーポイントを割り出している。
密林テクスチャはディフェンダー側もアタッカーの情報を得ることが難しいし、同じようにアタッカー側も簡単にはディフェンダーの配置が分からないという、難易度の高いテクスチャである。秋海棠高校の場合はチェッカー先輩より強いスカウトは滅多にいないっていう前提があって、スカウト勝負に持ち込んで情報戦で有利に立つために密林テクスチャを使うことが多いらしい。
『ちょっとシグリ、アンタどこいるのよ』
「逃げながらニジュ様の元へ向かってます……」
『ふっざけんじゃないわよ!! こっち逃げてくんな!! なんでそもそも見つかってんのよ』
相手を発見するとこまではなんとかなっているけれど、その状態から相手に発見されずに一定距離を保ちつつ追跡するのが無理ゲーすぎる。オフサイドルールが存在するので、スカウトは相手のアタッカーの後ろをついて行くというのができないんだよな。追跡するにしても相手よりも先に下のフロアに降りれるように、常に北側を先行する必要がある。だから僕は何度も相手の視界に入ってしまい、アタッカーから総攻撃を受けている。
水の刃みたいなものが僕の頭上を掠って前方へ飛んでいった。あぶねー、若干端っこの水飛沫が当たったかもと思ったけどアウト判定にはなってなかったっぽい。直撃していたら間違いなくアウトだろう。飛来する水系統魔法は次第に精度を上げているように思える。
「ああああもう無理。辞世の句読みま〜す。ありがとうお願いしますさようなら」
『敵に殺される前にアタシが殺ってあげるわ』
『シグリ君、意外と余裕そうですけど、生還してくださいね?』
ラミー先輩はいつでも冷静だ。でもわかってないね先輩。余裕なんじゃなくて、諦めてるんです。
ズガガガガガガ、と森を衝撃波が引き裂き、僕の頬を弾丸が掠める。密林を貫く閃光は僕を追っていたホエールズのアタッカーも掠めながら森の中へ消えていった。
『ぷるる、うつよー』
「もう撃ちましたよね?」
『ないす〜』
「当たってないです」
しかし恐ろしく精密な射撃だ。障害物が密集してターゲットを目視することもほぼ不可能な中で、よく相手のアタッカーを掠めるような射撃ができるもんだと思う。アタッカーが少しでも速く走っていれば当たっていただろう。ちなみに僕があと少しでも遅く走ってたら僕に当たってた。
プルル先輩の射撃レンジ内まで逃げ込めたので、相手も簡単には追って来れないだろう。そのまま近くにいたニジュに合流する。
「匿ってください」
「バカ言ってないで、追手振り切れたんだからもう一回スカウト行きなさいよ」
「体力が保たないです……」
僕は全力疾走で逃げてきてぜーはーしてるんだが? スポ根はこれだから……。
「アンタ、ヘッケルさんが見どころあるって言って連れてこられたんじゃないの? 余裕で見つかってるじゃない」
「いやホント、色々教えてもらったのに何もできなくて……。すみません」
「お、怒ってるわけじゃないのよ。でもアタシたち、本気で全国大会目指してるんだから、才能があるなら活躍してほしいっていうか」
僕を競技ダンジョンの世界に誘ってくれて、ブレイカーとして教えてもくれたヘッケル先輩。僕がスカウトもやることになって、タイプが違っても一緒に考えてくれたチェッカー先輩。2人とも全国の強者と渡り合える実力を持っているのに、僕のような初心者の面倒を見てくれた。
もちろん僕だってチームの役に立ちたい。集団競技は諦めてきた僕だけど、才能あるよって誘われて、ちょっと夏まで頑張ってみようと思った競技ダンジョン。最近は先輩たちと楽しく練習できて、これならもっと続けられるかもって思い始めている。
両膝に手を当てて息を整える。部活を引退してからは全然走ってなかったってのもあるけど、中学校でやっていた長距離走は競技ダンジョンのスカウトのようにスプリントをしないから、こんなに息が上がることはなかった。息を潜めたり、全力疾走したり、僕が活躍できるようになるためには足りないものがいっぱいあって、もっともっと練習が必要だ。
「ふぅ。じゃ、次のスカウト行ってきます」
「ええ。次に逃げるときはパドロ頼りなさいね」
「ツンデレですか?」
「は?」
マジの『は?』やめてよ。陰キャそれだけで死んじゃうよ?




