5:領都へ
「そんな…親父…お袋!」
洞窟を出た一行に安寧は訪れなかった、村のあちこちから舞い上がる炎と煙、静止する間もなく脱兎のごとく駆け出したリチャードに気づいた男たち
「生き残りだ!捕らえて婦人たちの居場所を吐かせるんだ!」
馬を疾走らせて向かって来る男たちすれ違いざま馬の手綱を掴んだリチャードは馬の勢いすらも殺し引きずり倒す乗っていた男たちは驚愕の顔のまま馬から振り落とされ腹に剣を突き立てられる、商人いや人のそれではない鬼神の如き力で襲ってきた者達をねじ伏せた、撃ってきた魔法を軽々と避けてそのおしゃべりな口を掌底で破壊し斬り掛かってきた男の膝を蹴り曲がってはいけない方向に男の膝を曲げ悲鳴を上げる間もなく殴り飛ばされた、男たちの身なりは野盗のたぐいだが身のこなしは訓練を受けた者の動きそして指示を出す者の格好は軍人、便衣兵としか言いようがない
それに気づきリチャードが走り出す頃には軍人は馬を蹴って逃げ出す、投げつけた石が当たったが致命傷には至らず馬に乗ったまま司令官らしき男には逃げ切られてしまった
「親父ーーー!お袋ーーーー!」
力の限り叫び家へと走るリチャード返事は返ってこない、それでも扉を蹴破り煙の充満する家へとリチャードは飛び込んだ
「頼む返事をしてくれ親父お袋」
煙の中で躓きそこに誰かが居るとやっと気づいた折り重なるように倒れている二人を担ぎ上げ家の外へと運び出す
「おじいちゃん!おばあちゃん」
ロバートの声で担ぎ出したのは両親だと知ることが出来たがすでに母は事切れていた
「返事をしてくれよ」
損の数刻前までピンピンしていた親父とお袋
「リチャード…リチャード」
弱々しくも声を発する父
「親父相手は誰だこんな事をしたやつは」
「…て……」
「手?手がなんだ?」
父親は必死に何かを伝えようとするが聞き取れない、父親は力を振り絞ってリチャードをどかして自分の手を目の前に持ってきた、その手を握り締めようとする息子を尚も払いのける、握り締めた手からは布切れが見えた
「これか?これが重要なのか?」
首をなんとか縦に振る父親、強張っている手を開き中の布を見た
「これは階級章か」
ゆっくりと首を立てに振ると父は事切れた
「そんな…嘘だ親父、親父…親父お袋おやじぃぐぅぅあああぁ」
悲しみから怒りへと悲痛な叫びが村だった場所に響き渡った
村人は全て亡くなっていてその全てに火を付けて葬った、本来は土葬する習慣だったのだがリチャードは前世の記憶に基づいて弔ったのだった
「変わった習慣なのですね」
申し訳無さそうに聞いてくる婦人だったが答える気にもなれなかった
「それよりも約束守ってくれますよね」
棘のある言い方になってしまったが礼儀などもうどうでもいい
「ええ話すわ、いえ話させていただきます」
燃やされずに残っていた家に集まりシャルデリアが話し始めようとするが
「シャルデリア様その様な下賤の者に」
リチャードが腕を振り下ろせば言い掛けた男の頬をかすめてナイフが壁に突き刺さる
「黙れ」
目の座った今のリチャードに地位も階級もない誰しもが震え気丈に振る舞っているのはシャルデリアただ一人
「ここに来たのはお触書に有った通り聖異物の手がかりを得たからです」
「それだけならあんたもあんたの娘も来なくていいはずだ」
「そうです、ですがこの聖異物は当家の血筋が関係するものだという情報があったのです、実際にあなたも私の呪文によって封印が解けたのをご覧になったでしょう」
「そんなもの呪文さえ知っていれば開けられたかも知れないだろう、それに俺の息子と娘も入れたじゃないか、だいたい何故俺の子供たちを呼んだりした」
「それは…」
「私のせいなの」
割り込んできたのはウェネルヒア、彼女は膝を折りリチャードに頭を下げてから話し始めた
「私の器が足りなかったから、この聖異物は物ではないの、力の契約と言うべきなのかも知れない溢れてしまった力をロイとナイラに分けることでなんとか契約することが出来たの」
「俺の子供たちはあんたの血筋とは関わりないはずだが?それにそれならば姫様の親である母君が受けるのが筋だろうが」
勝手すぎる言い分にリチャードの語気が強くなってしまう
「父様、それに関しては」
「お前も黙っていろ」
「はい」
「契約の器は若ければ若いほど広い、いえ広げることが出来るの大人にはその拡張性がないのよ」
「お姫様あんた今メチャクチャなことを言っているって自覚はあるか?俺の息子達が子供だったからと言ってあんたと同じ様に受け入れられるだけの器を持っている確証なんて無かっただろうが」
「いえ、確証に近いものは有ったわ事前に調べておいたものと言っても最初から巻き込むつもりは無かったのそれは本当よ」
「リチャード殿本当でございます私が調べました、でもそれは姫様の勉強のついでに適正を計っただけなのです、その際に偶然」
「嘘を付くな、教会の適性は灰色だったんだぞそれで息子だって落ち込んだんだ」
「リチャード殿、その適性は一般的なもので私の行った適正は総魔力量などを調べるものなのです」
「父ちゃん本当だよ、それで俺お姫様と同じ位の器だって教えてもらったんだ」
「そうなのか?じゃあナイラも?」
「俺よりは小さいみたいだけどそれでも平均よりは大きいって、大きいって言っても器だけだから鍛えないと魔力は増えないんだって」
「お姫様と同じ大きさなのか?いやそうだとしても血筋の件があるそれはどうしたんだ」
「正直に申しますそれは賭けでした、ですが我が領に住まう者ならばどんなに薄くとも遠縁に当たる可能性は有ったのです結果として正解でした」
前世の記憶がなくても判るそれは嘘だ、たかだか建国百年程度の国なんて血が何処からきたかなんて判ったもんじゃない
「それは賭けに勝っただけで正解とは言わないんだよ」
つくづく結果と自分たちの都合で話す貴族にリチャードは腹を立てた
「でも父ちゃん、このままだとまた彼奴等が来ると思う、早く逃げないと」
「なんでだ?もう村は焼かれてしまって何も残って」
「目的は姫様と聖異物なんだ姫様を見つけられなかったんだから必ずまたやってくるよそれも時間を置かずに」
ロバートもリチャードも思考を切り替えて逃げる算段に移る、探索隊の乗ってきた馬車はすでに破壊されていて残っているのはリチャードの荷馬車だけだ馬たちも逃げていて無事だった、荷馬車の馬以外にも何頭か無事で馬車に御者台も合わせて十人程度と食料などの荷物、二人は馬に乗ってもらえばなんとかなりそうだが
「問題は領都までこの人数では食料が持たない」
「そうでもないと思うよ、父ちゃんが途中で食料を調達してくれれば積み荷も最小限で済むもん」
「お前それは運頼みだろう、食材に適した魔物や動物がでてくるとは限らないんだぞ」
「大丈夫適したのを呼び寄せられるから」
自信満々の息子は少し顔色が良くなってきた、婦人の膝の上で眠るナイラの様子は確認できないが少なくともうなされていたりはしていない
「だから早く準備して行こうよ」
「ああ、もうここには居られないな…」
焼け跡の地下室から非常食を取り出し探索隊の面々に積み込みをさせている間にナイラをおぶったリチャードとロバートは村の墓地を訪れていた
「もっとゆっくり話したかったんだけどな…」
三人の前には亡き妻でありロバートたちの母の墓石
「落ち着いたらもう一度来る、今日は手を合わせるだけで許してくれ」
「お母さんただいまもう一度父さんと来るからね」
しばしの沈黙の間心のなかでリチャードは妻にロバートは母に話しかけるのだった
準備を終え出立する頃には日も暮れていた、遠ざかる故郷からは燻る火の手のせいで否が応でも離れていくことを実感させられる、酷い一日だった、疲れ切ったのだろう御者台に残る父と子を除き生き残った者達は揺れる荷馬車でも地位も立場も関係なく眠りについていた
「はい父ちゃんこれ」
「なんだ?おっ!温かいなどうしたんだこれ」
「ロレンシア様から使い方を教わったんだ火魔法の一種なんだけど石を温めたんだこうやって袋に入れておけば火傷もしないし石なら長い時間温かいよ」
亡き妻を思い出させる優しい声、つくづく俺に似てないなと苦笑いが浮かぶ
「父ちゃんどうした?」
「なんでもない、それよりお前の分はあるんだろうな」
「へっへーん」
そう言って身を包んだ布を広げて見せれば沢山のポケットに温めた石を入れているようだった、そういうちゃっかりしてる所までそっくりだ
「お前は自慢の息子だよ」
「な、なに?」
素直に褒められたのが照れくさいのか息子はやたらと忙しなくキョロキョロし始めた
結局夜通し朝までの強行軍で村から離れた、その後も最小限の休憩で移動し続ける反論は無しだ押し問答している暇など無い気に入らないなら置いて行くとはっきり伝えた、ルートもこっちの作った行程で進み続ける、聖異物のために作った地図がこんな所で役に立つとは夢にも思わなかったがこの際使えるものは何でも使うしかない一刻も早く領都で保護してもらわなければならない
姫様を始めとして子供達の体力の消耗も気になったがロレンシアが気を配ってくれているお陰か体調を崩すようなことはなかった
時刻は宵の口、領都の明かりを目視できる所まで来てついに追手に追いつかれてしまった
「シャルデリア様、息子と娘を頼みます」
リチャードと探索隊全員が馬車を降りる、ここさえ突破できればあとは一直線に領都にたどり着ける
「父ちゃん!」
「言うなお前たちは絶対に死なせない」
「違うよ父ちゃん、父ちゃん話を聞いてよ!ちゃんと話せば聞いてくれるって言ったよね?それともあれは嘘なの?」
「嘘なんかつかない」
「じゃあ話を聞いて、それから判断してよそれ位の時間はあるはずだよ」
「なあ、これ本当にバレないのか?それにどうしてもこれ着ないと駄目か?」
「うんまだ完璧じゃないんだ一部分だけに限定した方が確実なんだだから着ないと駄目、それにこれだけで確実に姫様達と自分の娘を救えるんなら安いもんでしょ」
確かにそうなのだが息子の口車に乗せられている気がしてならない
「どうしても嫌ならロレンシア様の方でも」
「それは駄目だ、息子だけを死地に送るなんて出来るもんか」
「それじゃあやるしか無いよね」
「判った」
リチャードは腹を括ったのだった
「姫様お願いします」
「判ったわ行くわよ」
彼女がそう言って放ったのは洞窟で使ったのと同じ光陣、眩い光で追手達の視界を眩ませたが追手も夜の戦闘に慣れているのか直ぐに視界を取り戻す、それと同時に姫と婦人を乗せた馬が駆け出した
「居たぞ馬車を捨てて逃げる気だ追え!」
追手達が馬車を追い越す瞬間に
「今だ撃て!」
号令とともに馬車からロレンシア達が炎の魔法を撃つ
「夜に火弾を撃つとは馬鹿な奴らだ」
威力は有るが暗闇の中での軌道の丸見えの火弾は悪手というのが戦闘をする者達の条理、しかも追手に向かって撃った火弾の明かりで益々馬に乗る二人の姿をはっきりと映し出してしまう
「間違いない婦人と姫だ馬車なぞ放っておけ」
本気で駆ける馬に馬車が追いつけるわけもないあっという間に視界から消えていき火弾も届かなくなった、あとは二人を捕まえるだけそう油断した追手達に向かって馬から火弾が飛んできた
「慌てるな、娘の方が覚えたての魔法を撃っているだけだ小娘ごときの魔法当たって死んだりするなよ、死んだあとまで笑い者にするぞ」
火弾は逆に追手達の油断を断ち切ってしまい無駄打ちや無茶をせず彼らは余裕を持って二人を追い詰めてしまう
「さあ、追い詰めたぞ捕まえられないのなら殺せとの命だ油断するなよ」
崖下に追い込まれもう後ろには下がれない観念したのか馬を降りた二人、ご丁寧に魔法で明かりまで着けて顔をさらしている、だが婦人は剣を握った
ヒュッ カッ
下半身に向けて打ち込まれた矢は剣に薙ぎ払われた
「ほう、じゃじゃ馬なのは娘だけではないようだしかし観念されては如何かな暴れなければお命までは取りませんぞ」
最終勧告のつもりで言うが二人共答えない
「仕方有りませんな行くぞ」
追手たちは油断すること無く間合いを詰めた、が、もう一歩という間合いで切り払われてしまった
「何をやっている油断するなと言っただろう」
リーダー格の男の言葉も虚しく次々と倒されていく仲間
「クソっどうなってやがる弓だ弓で射殺してしまえ」
放たれる無数の矢、確実に避けられないそう思ったが矢が二人に当たることはなかった、直前に彼らを何かが包み込む、何かと言う表現になったのは明かりが消えてしまって暗闇に包まれてしまったからだ
「おのれ面妖な土魔法か?」
土を盛り上げて盾にする土魔法が存在するが丸ごと包み込むとなれば相応の魔力が必要だ魔法を覚えたての小娘や貴族の夜会で忙しい婦人などに使えるはずがない
暗闇に慣れた目にはまるで卵の殻の様な物体にしか見えない、殻が割れて中から二人が出てくると
「なあもういいか?」
「だいぶ時間は稼いだし良いかな魔法も解くね」
どう見ても令嬢と婦人から聞こえる声は成人男性と男の子供の声
「な!偽物なのか?そんな力持ってないはずだこれが聖異物の力なのか?」
突如美女だった顔がゴツい男に変わるが服はそのままのドレスの男と子供が露わになる
「やっちゃえ父ちゃん!」
「お前はちゃんと身を守るんだぞ」
サムズアップをしたかと思うと先程より小さなサイズの殻に少年が包まれる
「何だこいつは事前の情報にこんな奴いたか」
「マーフィード家の者以外には商人の親子が居るだけのはずです」
動きづらいのだろうビリビリとドレスを裂く目の前のゴツい男は精鋭達を赤子を捻るが如く斬り伏せていく
「こんなでたらめな商人が居てたまるかーーーー」
リーダーの絶叫が夜に虚しく木霊したのだった