2:リチャードの夢と現実
初回投稿本日の三話目(20:10)
「おじいちゃんおばあちゃんただいま~!」
「おおぉロイじゃないか大きくなったのぅ、おい婆さんロイとリチャードが帰ってきたぞ、ほらナイラもおいで」
年の暮れ冷え込むもののなんとか雪の降る前までに帰郷を果たしたリチャード親子、あらかじめ故郷のためにと満載に買い込んでいた積み荷も村の者達にもたいそう喜ばれた
「お父さん?」
まだ日は高く昇っているが昼寝をしていたのか眠そうな眼をこすりながらとことこと二人の元へナイラがやって来ればリチャードが抱き上げる
「お父さんだぁ」
しっかりと目が覚め父を抱きしめる妹を見たロバートも
「お父さんずるい!ナイラほらお兄ちゃんだよ」
「えっと~お兄ちゃん?」
兄という存在は知ってはいても離れていてあまりにも少ない接点、父親以上にうろ覚えの兄の姿に戸惑うナイラにロバートは内心悲しんだがそんな姿は兄として見せるわけにはいかなかった
「うんうん仕方がない、兄ちゃん背がすっごい伸びたからな」
こう言うのが兄として精一杯のやせ我慢、この冬ずっと一緒に居るのだから今度こそしっかり覚えてもらおう、ロバートはそう心に誓った
リチャードは腕にかかる重さに娘ナイラの成長を感じながら両親へロバートのこと商売のことを話し久方振りの一家団らんを楽しむ
「それで母さんナイラの様子はどうだい」
「そうだねぇナイラもロイに似て頭が良いのよ、こないだだって御触書を読んでくれてねぇ村の者も助かったのよ」
「もう文字が読めるのか!」
「そうだお前やロイのときも思ったけどどうしてアレが読めるのか私には不思議で仕方がない」
母の代わりに自慢気に父が答えた
御触書が出されたとしても大抵の村では村長や派遣された役人に読み上げてもらわねば解らない、四歳の子供が読んだとなればそれはいわゆる親バカ孫バカでなくとも将来を期待してしまうのも仕方がない
リチャードの母は我が子がいつの間にか御触書の文字を覚え読み上げたときの事を思い出したのだろうついつい饒舌になる
「ナイラはお前が家の壁に書いた文字で覚えていたよ、それはもう最初からアレが文字だって知っているみたいで驚いたのなんの」
壁に書いた文字というのは独学で文字を覚えたリチャードがこれで父や母も文字を覚えてほしいと壁に前世で言うひらがなの五十音の表の様に書いたもの
結局両親はそれが文字だという事を認識できるようになったが使いこなすまでには至らない様子に子供のリチャードは不思議に思ったが少し歳を経て気付いた、この農村での生活にはそもそも使う場面がないのだ土を耕し作物を育てるだけの一生、文字なんて言うのは誰か偉い人が使って読んでくれればそれで事足りる
嗚呼そうか、息子が教会でのギフトであんなに落ち込んでいたのは俺を助けられないと思っただけでなく夢を持つことを諦めさせられたからだ
リチャードが幼い頃に抱いていた夢が儚く散ったのと同じように息子も同じ思いをしたのだとやっと気づいた思い出したと言うべきだろうか、もう眠りについている息子と娘を見て明日にでも諦めなくていいと伝えてやろう
「それで御触書にはなんて?」
リチャードは一旦子供達の話題から離れるためにそう聞いてみた
「なんでも領主様がこの村を見に来るそうだ」
「なんでまた?この村には何も見どころなんて」
「そんな事俺達が知るわけない、偉い人にはなにかあるんだろう」
リチャードの両親に限ったわけでなく村の人間は一事が万事こんな感じだ、人生はすでに決まっていて余計なことは考えない両親のことは愛しているがこういったところだけは好きになれない
前世の記憶があるリチャードにはどうしてもそれが心のある人間に見えないからだった、リチャードは両親を含め同じ境遇の一人を除き誰にもその事は話さなかった、そしてそのたった一人ももうこの世には居ない
息子と娘の様子からもしかしたらと思う事はあるが自分達から言ってこない限り聞こうとも思わない、これは亡き妻と一緒に決めたことだった
「あの世界の力はこの世界には危険すぎるから」
妻であり唯一の理解者の言葉が聞こえた気がした
「…ャード、リチャード?」
「なんだい母さん?」
「ボケっとして今日はもう疲れたでしょ子供達の面倒は見るからお前ももう寝なさい」
母はそう言ってナイラを抱き上げ寝室へと連れて行く、気がつけば父も土産に持ってきた酒で酔いつぶれて寝てしまっていた、確かに雪が降る前にと旅路を急いだせいで疲れも溜まっている、母の言う通り素直にリチャードは眠ることにした
「お父さんおはよう」
娘の声で目が覚ますリチャードにはやけに窓から差し込む朝日が目に染みた
「父ちゃん雪!雪だよ!」
娘と違い少々頭に響く声で朝の挨拶をしてくる息子の反応のお陰で朝日が目に染みた理由がわかった、雪のせいで照り返しが部屋を明るくしていたのだ、音も吸収されるせいだろう声や足音が響くのだ
「雪か、間に合って良かったよ一日でも遅れていたら大変だった」
「そんなことより雪!」
「ゆきー!」
昨日までのよそよそしさは無くなりすっかり兄妹に戻っている子供のこういう部分が羨ましい、読み書きや計算は勿論必須だがそれだけで証人になれるわけではない、他人とのやり取りや日頃からの付き合いといった要素がリチャードには致命的に欠けていた
「父ちゃん雪で遊んできても良い?」
「ご飯食べてからな、それと遠くには行くんじゃないぞ」
「「やったぁ!」」
息ぴったりの兄妹に父としても自然と顔が綻ぶ
「さあおじいちゃんとおばあちゃんにもおはようを言いに行こうか」
うんと頷き兄妹は手を繋いで部屋を出ていった
「羨ましい限りだ」
思わず声が漏れるリチャードなのであった
「ゆきだるまー」
朝食を食べた二人は早速外で遊んでいてリチャードは雪掻きをしながらその様子を見守っている、胴体の方の大きな玉はロイが作り頭の小さな玉はナイラが作ったようだ、土でも付いていたのかロイの作った胴体はだいぶ汚れていて雪だるまは服でも着ている様な色合いになってしまっていた
「その雪だるま、何処で転がしたらそんな色になるんだ?」
茶色ではなく灰色に染まった胴体に何気なくそんな質問をしてみたが
「分かんな~い」
遊ぶので忙しい子供達の返事は適当だった、雪掻きを終えたリチャードは近所への挨拶ついでに件の御触書を見に来てみれば娘の読みは間違っていて正確には
聖異物の調査の為、領主より視察団派遣される準備されたし
「これを書いたのは何処のどいつだ」
これでは何時から何時迄来るのかも解らない、しかも聖異物となればそれなりの規模になるのではないか?少なくとも数十人になる可能性だってあるだろう
「父ちゃん聖異物ってなに?」
子供達二人がいつの間にか後ろまでやって来ていた
「聖異物か、ロイは前に王都で馬の無い動く馬車を見たことが有っただろう、ああいった物の事だ」
それはリチャードにとっては前世で良く知るものも有れば全く知らない未知の物もある、この世界の者にとっては全くの未知の物であり誰が名付けたのか聖異物、遺物ではなく異物と名付けられている事からリチャードは自分と同じ境遇もしくは知っている者が名付けたと考えていた
「せいいぶつ?」
ナイラも同じく興味を持ったみたいだ
「そうだこの世の理から外れた物の総称だ」
子供達には少し難しいだろうが判りやすく教えて興味を持たれてもあまり良いことはない、これくらいの説明にとどめておいた方が良い
斯くいうリチャード自身が商人を目指すようになった切っ掛けも聖遺物を見たことだったからだ、聖異物を見てはっきりと前世を思い出したリチャードは商人をしながらのトレジャーハンターそれが彼の本当の目的だった、最初は冒険者を目指そうとしたその名の通り冒険だと思ったからだ、しかし調べていくうちにリチャードの考える冒険者とかけ離れたものだという事実に突き当たった
細かくランク分けされたクラス
最低ランクでは複数回こなしてやっとのその日暮らし
ランクが上がっても物によってはギルドに買い取りが義務付けられている
活動するエリアも決められていて狭く、既に数多の冒険者に拠って調べ尽くされている
名前とは裏腹に自由はほとんど無いことに気づいたのだそれならば商人の方が良い、村々を結ぶ物資の運搬は確実に有る、商業ギルドも存在するがそこには冒険者ギルドの様な明確なランク分けも存在せず商人としての個々の信頼だけで成り立っていた、期間内に物さえ無事に運べばその間に何をしようが問題ないという自由度の高さも冒険者よりも聖異物に近づける可能性の高さをリチャードは感じ取った
聖異物さえ見つけられれば成り上がれるそんな鼻で笑ってしまうような非現実的な子供の夢は読み書き算術と前世の知識によって現実味のあるものになってしまった、だからこそキャラバンには組みせずに一人で各地を回りこの世界ではあり得ない精度の地図を作り始めた、しかし結果として彼は聖異物の代わりに妻を見つけ子が生まれてからは現実的な幸せを見つけ夢は夢のまま錆びついていったのだ
「ナイラこの御触書はいつ頃貼り出されたのか判るかい?」
「う~とね」
指を畳んで日にちを数えるナイラだったが、答えを知る前にそれがだいぶ前に貼り出されたのだと判ってしまった何故なら今まさに立派な紋章付きの自動車と馬車が何台も村の門の前に止まったからだ
「父ちゃんアレ!」
「まずいな」
誰も出迎えに出ていない、上役は何をしているんだこのままだとどんな怒りに触れるか判ったものではない今すぐにでも誰か呼びに行かないと、誰を呼びに行くか迷っているリチャードを尻目に
「せーので言うよ」
「うん」
門の前には二人が手を繋いで立っているではないか、ロイはリチャードに目配せをした今のうちに読んで来てということだもう時間はない息子に託して村長の家へと走る、着いた先では村長は暢気に雪掻きをしているではないか、腹は立ったがそれどころではない
「村長!」
「おお~待っとったよ」
リチャードからの挨拶だとでも思った村長に危機感はまったくない
「来てます!」
「何が?」
「領主の視察団です、早く来て下さい!」
「そんな馬鹿なこの雪で足止め食らってる頃じゃろう」
話にならない村の入口に無理やり引っ張りながら一団のための家の準備が出来ているかを聞けばやっと事態のヤバさに気づいた始末、本当にしょうもないリチャードは息子たちの無事祈りつつ村の入口へと急ぎ戻っていった
出迎えもなく苛立たしげな男たちに向かってロイが話しかけていた
「村長以下出迎えの者は雪掻きで出払って居ります、私達兄妹のような者の出迎えで申し訳ございませんがもう少々お待ちください」
子供らしく大きい声且つ礼儀正しい文言が響く
「お出迎えありがとう、この雪ですもの早馬も出せなかったし仕方ないわ」
中から降りてきたのは防寒具を身に纏ったご令嬢ウェネルヒアその人であった
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