1:正反対の親子
初回投稿本日の二話目(19:10)
「ねえ父ちゃん、次の街まであとどれくらい?」
ぽつりぽつりと人工物が見え始めた街道を行くキャラバンの内の一台の馬車の中から歳の頃は十になるかどうかの男の子が父親に声を掛けた
「そうさな、二刻といった所か」
商人には見えない屈強で強面の男がそう返す
「ふぅ~~やっとだね~」
退屈からやっと脱出といった声、小さな子どもには数日の移動はしんどいはずだが声には疲労よりも退屈が滲んでいる
御者台に横に並ぶようにして座る息子
「ねぇ父ちゃん…ごめんなさい」
「いきなりどうした?」
父親には謝られる覚えがなく訝しんだのだがその顔が子どもには怖いのだろう
「別に怒ってないぞ、なんだまた商隊の子と喧嘩でもしたか?」
「違くて、教会のこと」
申し訳無さと悔しさを滲ませ両の拳をぎゅっと握りそう呟いた
「なんだそんな事か」
前の街で八歳を迎えた息子は教会でギフトを確認してもらったのだ、もらったのだが適性を映し出す水晶には灰色、珍しい色では有るが少なくとも教会が有能だと認める色ではなかった、どうやら息子は水や炎の様なわかりやすい適正を得られなかったことを申し訳ないと思っているようだった
「そんなもの父ちゃんにだって無いが問題なく生きている何も気にすることはない」
「でも、属性が良ければお金だって…」
「子供は子供らしくしていればそれで良いんだ、生意気言うのはもうちょっと大きくなってからだな」
ぽんぽんと息子の頭を撫でる父親は息子がそんな事を考えていたのかと思うと自分の稼ぎの少なさに申し訳無さと息子の心意気になんとも言えない気持ちになるのだった
「それにしても灰色って何の適正なんだろうな」
「何なんだろうね?神父様も知らないならもしかしたら凄い適正だったりして」
それならもっと念入りに調べられたり過去に同じ色で出世した人間が居るだろうと思ったがこれ以上息子を落ち込ませる必要もないリチャードは口を噤んだ
ボウン
思わず大人でもビクリとしてしまう大きな音
「魔物だぁ!」
商隊の先の方から叫び声が聞こえてくる
「ロイ手綱を頼む」
「うん」
八歳だと言うが手慣れた様子で御者台に陣取る息子を置いて先頭へを急ぐ父親
「リチャード!助かるぜ」
「俺は商人なんだがな…貸しだぞ」
「そう言うなよ、俺達が殺られたらお前らも道連れなんだ」
護衛の男は魔物が来ているのに軽い調子で返す
「ほれ、これで最低でも一週間分の飯代が浮いたぞ」
荷台にドサリと降ろされる魔物はドレーガー、全高は2m尻尾までの全長は4m手や羽は無く二足歩行の小型の竜種に分類される、普通ならば戦わずに商隊を迂回させて数日は無駄にする様な大物、肉も皮も骨も金になる
「父ちゃんやっぱ商人より…」
「それは言うな…」
無傷で帰ってきた父親のリチャードを息子のロイは誇らしいと思いつつもこんな感じで商売も…と思わずにはいられなかった
そうこの父親、悲しいかな商人では有るが圧倒的に武人向き、剣に弓に素手でも強いというのに商人をやっている、商人としての才覚は息子の言葉通りであり周りの商人達も何故?と思うがキャラバンに居てくれれば心強いため誰も口には出さないでいた
その後は魔物に遭遇することもなく順調に街へとたどり着き門をくぐりやっと一息付く商隊の面々だったが彼らは商人、街についてからが本業それぞれ依頼主の店や倉庫にとバラけていく
「父ちゃんお腹すいた」
そう言えば魔物騒ぎで昼飯を取れなかったことを思い出し
「もうちょっとだ、おーい」
さっきまで一緒だった護衛の冒険者に声を掛ける
「とりあえずこいつをギルドに卸したいんだが頼めるか」
小物程度の魔物ならば問題ないのだがなにせ獲物がでかい
「一割はそっちの手間賃でいい、代わりに卸してきてくれないか?」
一割も渡せば警護の冒険者たち全員の酒代になるはず…息子の計算によればだが
「良いのかよ簡単に信用しちまってちょろまかすかも知んねぇぞ」
「その辺は息子がしっかり値踏みしてあるからなあんまり違うようなら…」
「おっかねぇな忠告で言っただけだ誤魔化しゃしねぇよ」
肩を竦める護衛の冒険者と荷台から微笑むロイ
「お前さんももう少し息子みたいに愛想良く出来たら良かったのにな」
「顔は生まれつきだどうにもならん、息子がありがたいことに妻似で良かったよ」
「ちげえねぇ」
笑って返す冒険者だったがそれを聞いたリチャードの顔に再び肩を竦めたのだった
「はいよ、坊やおまちどう」
硬く平ぺったいバゲットの上にはローストされた鶏肉や野菜とスープ、普段の食事からは考えられない量と質、魔物様々といったところだろう
「お肉お肉~」
「野菜もちゃんと食べるんだぞ」
聞いているんだか聞いていないんだか判らないが勢いよく食べ始めるロイ
「聞いたよ、キャラバンの護衛よりも強い商人が居るってね」
店の女将さんにからかわれる
「それは言わないでくれよ、商売だってそれなりに出来てるんだからさ」
顔なじみなことも有って…と言っても年に一度訪れるかどうかだがこっちも軽い感じで商人を前面に出そうとする
「噂は聞いてるよその坊やだいぶ頭が良いんだってね」
いやはや飲食店、特に人気の老舗ともなれば耳聡いというか話が集まってくるというべきかまさか息子のことまで入ってきているとは驚いた
繁々と一心不乱に食事にかぶりつく息子の顔を見る
妻が亡くなり、息子をキャラバンに連れて来るようになってもう四年それなりに大変なことも有ったが周りのキャラバンに参加している子連れの商人家族のお陰もあって立派すぎる息子に育ってる
リチャードは元々人付き合いのうまい方ではなかったがそれでも何故か商人になった、稼ぎも悪い、人付き合いも上手くないというのにキャラバンには加わらずに一人での行商ばかり…アレは一生結婚できんだろうと故郷の両親も憐れんだが行商の帰りに積み荷ではなく妻を連れてきた、行商の途中で魔物に襲われている女性を救いそのまま妻になったのだという
器量良しの妻に一生に一度のチャンスを逃がすなとばかりに両親は喜び妻をもてなし、やがて産まれた子供はロバートと名付けられ育てられた
子供が産まれてからのリチャードはそれまでのソロからキャラバンに参加するようになり堅実な商いを選ぶようになったのだが幸せは長くは続かなかった、ロイが産まれて三年後、第二子の娘ナイラを産んでから妻の体調は悪くなりあれよあれよという間に亡くなってしまった
忘れ形見のロイとナイラを可愛がってくれた両親もそれから起こるたび重なる不作でいよいよ食べる物にも困り始めた頃、リチャードは息子を連れて行商に行くことを決意する
両親も残されたナイラはなんとしても育てて見せるとリチャードに約束しそれからは兄妹は離れ離れの生活を余儀なくされた
幾度かの帰省は有るものの兄妹は一緒に長い期間生活していたと言うには至っていない
「ねえおばさんここのお肉っていっつも美味しい」
「坊やうちの味を覚えててくれたのかい?嬉しいこと言ってくれるじゃないか、そうさねうちの店の鳥は適当に買ってきてるんじゃな専属の家で育てた鳥だからね」
「決まった家?」
「そうさ!だからいつも同じ味同じ肉質ってわけよ、何かを誤魔化したり餌ケチったりしてないか抜き打ちで見に行ったりもしてるんよ」
「凄いね!おばちゃんが選んでおじちゃんの腕が良いからこのお店が繁盛してるんだ」
そう言って人懐っこく笑って見せる息子は本当に俺の子か?いや俺とあいつの子だったなとリチャードは亡き妻の笑顔を思い出す
「坊や何歳だい?将来は大した商人になるよ」
そう言って嬉しそうに笑う女将は帰りには
「これは明日の朝に温めて父ちゃんと食べな容器は後で返してくれりゃそれでいいさ」
と言ってバゲットとスープまで貰ってしまった
女将の言葉じゃないが八歳で人の懐に飛び込むのが上手すぎる…いや俺が下手なだけか?父親として不甲斐ないリチャードは喜びづらい話だった
宿ではなくキャラバン向けの街の中に作られた野営地に戻れば街に着いて安心したのだろう酔っているキャラバンの面子と火の番を黙々と者たちに分かれていた
秋も深まった今火の番は気温という生き死にに直結する上にボヤでも出した日には今後に商いに響く重要な仕事、キャラバンの命を物理的にも社会的にも左右する仕事は交代交代で回す、ソロの時は気付けなかった事だがそういった事に気が回るかどうかもキャラバンで生き残って行く術だという事は流石の朴念仁リチャードでも身に染みていたが、これを注意したのは生前の妻で有り今は息子のロイのお陰である
最初はちょっとした事に気付く程度だった息子、簡単な計算を教えたのだが算術は一人でどんどん覚えていき、いつの間にかキャラバンいちの気配りと計算の出来る子供になり今では商談の席に居ても気にされずむしろリチャードはそのキャラバンのお抱え護衛要員という形に収まってしまっているがキャラバンの面々は言わぬが花、ちょうど良く収まっている物事に態々水を差す事ほど阿呆な事はないという事だ
リチャード自身もそれは解っているし認めていたが商人を辞めるつもりは無かった、最初は自分のために息子が生まれてからは家族の為にと方針変換したが今はまた自分の為に戻りつつあるがそれもバランスを取るだけの器量が今は有った、そしてまだ八歳の息子の才覚を認めそれを楽しんでいる
そんな息子だったからまさか教会の適性検査程度で落ち込むとは思っていなかった
それが実際にはあの落ち込みかたを見て大人びて見えてもまだまだ子供らしいとほっとしたくらいだ
気掛かりなのは間近で成長を見れる息子よりも故郷に残した両親と娘のナイラだ
農作は不作から抜けたが元に戻ってはいない街から街へと移るこの生業で出来るのは心配する事位しかないのだからふとした事で頭を擡げる考えたからと言って解決しなくてもだ
今年は帰る事が出来なかったから尚更気になってしまう前回帰ったのはいつだったか
「なあロイ、今年の冬は家に帰るか」
「ほんと!やった、ナイラとおじいちゃんとおばあちゃんに会える」
口には出さないがやはり子供、寂しかった様だ
リチャードはキャラバンに別れを告げ物資を満載させて故郷へと向かうのだった
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