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しかし、中ボスの姿はどこにも見えない。

 パッと天井につけられた明かりがスポットライトのように部屋の中を明るく照らす。

 しかし、中ボスの姿はどこにも見えない。


「部屋に入ってから中ボス登場ってこと?」

「たしかにそういう演出があるのかもしれねーな。」


 アカネ先輩とタツキ先輩が扉の外から部屋の中を覗って言った。

 扉か。

 もしもキリコたちが部屋の中に入った後に扉が閉じられて分断されたら、僕たちの生存確率は大幅に下がるだろう。

 それはキリコたちも考えたのかミヤビが僕らに提案した。


「念のため、部屋の中にはみんなで入りましょうか。分かれない方がいいと思います。」

「確かにそうだな。」


 タツキ先輩が頷いて返事をする。

 先頭にキリコたちが入り、その後に僕らダンジョン部とサチエさんが部屋の中に足を踏み入れる。

 全員が部屋から数歩入ったところで、後ろの扉が自動的に閉じられた。


「……扉、閉っちゃった。」

「来るぞ。」


 部屋の中央に影が現れたかと思うとそれは急激に大きくなり、ドスンッという音と共に中ボス『ロンリーケルベロス』が天井から降りてきて僕らの前に姿を現した。

 ロンリーケルベロスは三つの頭を持つ猟犬型のモンスターで、Bランクダンジョンにはロンリーケルベロスによく似たワイルドケルベロスがやはり中ボスとして登場する。

 危なかったな……。こいつはタツキ先輩たちじゃ倒せなかったと思う。

 でもキリコたちなら大丈夫だ。

 ロンリーケルベロスなら攻略法はよく知られている。


「ワオーンッ!!」


 ロンリーケルベロスの雄叫びが部屋に響くがキリコたちはまったく動じない。


「スキル『身体強化』『防御強化』『攻撃強化』発動します。」


 ミヤビが左手に持った杖を掲げると、キリコ、リン、ミヤビの身体が赤、青、黄色に淡く光る。

 リンが弓矢を構えると同時に、キリコが聖剣を持ってロンリーケルベロスに斬りかかった。


「ええええい!」


 キリコの斬撃がロンリーケルベロスの頭部に当たる。

 ロンリーケルベロスの前足がキリコを攻撃しようとするが、リンの弓矢の一撃によってそれは阻まれる。

 間髪入れずキリコが次の一撃をロンリーケルベロスにお見舞いする。

 ロンリーケルベロスの攻撃は前足としっぽによる物理攻撃と、三つの頭から繰り出される違った属性のブレス攻撃だがその順番はワンパターンである。



「きゃああ! 九藤さんのボス戦を生で見られるなんて!」


 アカネ先輩が歓声をあげる。

 さすがに生身ではAランクアバターと同じ動きは出来ないが、キリコたちの戦闘はまったく危なげがない。

 それどころか、キリコはいつもの調子で実況しながらロンリーケルベロスの相手をしていた。

 少し離れたところで見ている僕たちにも余裕があった。

 ユキノさんが僕に話しかける。


「キリコ先輩、すごいね。」

「うん。この調子なら一分もかからないかもね。」


 本当にこれだけなのか?

 キリコたちならDランクの中ボス程度、楽勝だってダンジョンマスターにもわからないものだろうか。

 そうしている間にもキリコはロンリーケルベロスを追い詰めていく。


「ワギャアッ!」


 ロンリーケルベロスの左右の首が切り落とされて、ミヤビがロンリーケルベロスにダメ押しのデバフをかけた。

 それを合図にキリコが聖剣を構えてスキルを発動する。


「いっくよー! スキル『天裂閃光』!」


 キリコが振り下ろした剣に沿って光が走ったかと思うと、次の瞬間にはロンリーケルベロスは縦に真っ二つに切断されていた。

 光属性のAランクスキル『天裂閃光』。ダンジョン塾で教わったキリコの得意技だった。

 中ボスのロンリーケルベロスが煙になって消えていく。


「す、すげえ……。」


 タツキ先輩が呆然とつぶやく。

 さっきまで歓声をあげていたアカネ先輩も口を開けたまま立ちすくんでいた。

 ダンジョンの壁がキリコの斬り筋のままに大きくえぐれている。

 キリコはこちらを見てニカッと笑うとピースサインを作ってみせた。


「ぶいっ!」


 いや、やりすぎだろ……。

 Dランクの中ボスに使うスキルだったか? 今の。

 いくらダンジョンの構造物や仕掛けが数週間で自動修復されるといっても、壁にあんな傷までつけて……。

 オーバーキルすぎる。


 

「しかし、あっさりと中ボスを倒せたな……。」


 中ボスが消えてガチャリと音が響いたかと思うと、部屋の奥の方に見える扉が開いた。


「……あれ?」


 しかし、元の扉の方は僕らが後ろを振り向いて見ても閉じられたままだった。


「あ、開かないよぉ!?」


 サチエさんが元の扉を押したり引いたりするが、ビクともしないようだ。

 僕らのところまで戻ってきたキリコが困った顔をしながら聞いた。

 

「えーっと? どういう状況?」


 そう聞かれても僕たちは誰もその答えを持っていなかった。

 中ボスを倒したのに扉が開かない。

 いや、開いてはいるか……。奥に進む扉が……。

 リンが沈黙を破り、口を開いた。

 

「……そういうことか。こいつを倒してはいけなかったんだ。元のルートに戻れなくなる。」


 そのリンの言葉にタツキ先輩が噛みついた。


「はあ? いけなかったってどういうことだよ? 俺らこれからどうするんだ?」

「先に進むしかないだろう。罠かもしれないが。」


 リンが部屋の奥の扉に目をむける。

 奥の扉の向こうの見通しは悪く、何が待ち受けているか誰も知らなかった。


「進むって……、あの先に行ったことあるやついるか?」

「私はないな。Dランク自体初めてだ。」

「俺だってねえよ! 中ボスを調子に乗って倒した後で、倒しちゃいけなかったって、Aランクはそんなことも見抜けなかったのかよ?」

「……なんだって?」

「だいたいお前らだろ? 中ボス倒そうって言ったのも、部屋に全員で入ろうなんて言ったのも。全員で入らなければ、元の扉も外から開けられたんじゃねーのか?」

「ふふふ。聞き捨てなりませんね。」


 リンとミヤビがタツキ先輩の前に立ってガンを飛ばす。

 またタツキ先輩とリンとミヤビが一触即発の状況になってしまった。

 ここはまたキリコに取り持ってもらうしか……。

 しかしキリコは落ち込んでしまったのか離れたところで膝を抱えて座り込んでしまっていた。


「キリコ……?」

「……ごめん、アユム。私のせいで……。」

「キ、キリコのせいじゃないよ。僕だって同じように考えてたし、他に選択肢はなかったと思うよ。」

「アユムぅ……。」


 キリコが弱気な声を出す。

 ああ、もう……。

 幸い僕にしか聞こえてなかったけど、これじゃキリコは当てにならないな……。

 

「キリコ、大丈夫だって。泣くなよ……。」

「でも……。」

「キリコ、カッコ良かったって。みんな驚いてたし。」

「……うん。」


 こうなると慰めるのに時間がかかるんだから……。

 僕は泣いてるキリコの背中を撫でた。

 そうしてる間にも、タツキ先輩とリンたちとの言い争いはヒートアップしていった。


「この先はお前らだけで行けよな! 俺らはここに残らせてもらうぜ! なあ、ヒメコ!?」

「ええ? タツキくん!? わ、私も!?」


 気付いたらヒメコ先輩も巻き込まれてしまっているようだった。

 リンが吐き捨てるように言った。


「はっ。勝手にすればいい。」

「ああ、勝手にさせてもらうぜ! ヒメコ! こっちに来い!」

「ちょ、ちょっと待って、タツキくん!? なんで私もなの!?」

「なんでって……、俺がヒメコのこと守るって言っただろ? 大丈夫だって。俺と二人で残ろうぜ、ヒメコ。へへへ。」


 タツキ先輩がヒメコ先輩の肩を持って強引に引き寄せようとする。


「か、勝手に決めないでよ……!」

「あっ、おい……!」


 しかしヒメコ先輩はタツキ先輩の手を払ってタツキ先輩から距離を取った。

 ヒメコ先輩がタツキ先輩を睨むような目で見る。

 ヒメコ先輩のあんな目、初めて見たから僕は驚いた。

 少しの沈黙のあとタツキ先輩は息を吐いて俯くと、背を向けて部屋の隅のほうに歩いていった。


「ちっ。……なんだよ、そんなに俺が嫌かよ……。あいつはもういねーじゃねえか……。」


 またもや僕らの間に気まずい空気が流れる。

 なんでこんなことに……。今はケンカしている場合じゃないのに……。

 この空気に耐えかねたのかユキノさんが言った。


「あの、休憩しませんか……? みんな疲れて気が立っている気がして……。」


 そう言われて僕はダンジョンに入ってから初めて今の時間が気になった。


「そういえば今、何時なんだろう……?」


 ミヤビが腕の時計を見て言う。


「九時、ですね。二度目のダンジョン探索から一時間半経っています。」


 夜の九時か。僕らがダンジョンに入ったのは夕方四時くらいだったはずだから、もう五時間も歩き通しになるのか……。

 それを知ってしまうと、疲労がいっきに押し寄せてきた。


「うん。僕も少し休みたくなってきた。」


 そう言う僕にリンもミヤビも頷いた。

 中ボスを倒したあとのこの部屋ならしばらくモンスターも現れない。

 キリコもこんな調子だし、態勢を立て直して先のことを考える時間も欲しかった。


「……そうですね。少し、休憩しましょうか。」


 リンとミヤビがキリコを連れてタツキ先輩がいる壁際とは真逆の壁際に座った。

 アカネ先輩、シンゴ先輩、ヒメコ先輩も黙って部屋の真ん中あたりに腰を下ろした。

 僕とユキノさんもヒメコ先輩たち三人の近くに腰を下ろす。


「え? え? え、ええ……?」


 急に仲間割れを始めた僕らの状況に戸惑っていただけだったサチエさんは、結局誰からも離れている中途半端な位置に落ち着いたらしい。

 こうしてユキノさんの提案どおり、僕らはこの部屋で休憩の時間を取ることになった。


     ◇


「大丈夫ですか? ヒメコ先輩?」

 

 ユキノさんがヒメコ先輩を気遣うように言った。


「あ、うん。……ごめんね、変なところ見せちゃって。」

「いえ……私はタツキ先輩が悪いと思います。ちょっと強引というか。」

「……あはは。前からそういうとこあったんだけど、私がちゃんとしてないから……。でも、大丈夫だから。」


 ヒメコ先輩はユキノさんに笑顔を作って答えたが、顔色はよくないように見えた。

 後輩の前で気丈に振る舞っているだけなのだろう。

 でも明らかに前のモンスターハウスの時よりもヒメコ先輩の体調は悪化していると思う。

 本当にこの先を進んでも大丈夫なのだろうか?

 僕は開かれた扉の先を見た。少し明かりが漏れて見える。人が入ったことがないわけでは無さそうだ。

 そりゃそうか。あまり使われない道だとしても、Dランクで前人未踏の道がある方が珍しい。

 相変わらず、僕らの間に流れる空気は重苦しかった。

 休憩をしている間、アカネ先輩もシンゴ先輩もタツキ先輩に近づこうとはしなかった。

 タツキ先輩は部屋の隅で一人、孤立していた。



 何か思い出したかのように、ユキノさんが手元の物を僕らに見せて言った。


「あの、これって……。」


 それは赤く光る玉だった。

 炎の宝珠。ロンリーケルベロスのドロップアイテムだ。

 あのどさくさでも拾ってたんだ、ユキノさん。


「おっ、ユキノちゃん、えらい! もう教えたこと出来てるじゃん!」

「おお、忘れてたな……。これってどうなんだっけ? 高く売れる?」


 アカネ先輩とシンゴ先輩が反応する。

 炎の宝珠の特性は確か……。


「炎のスキルが使えるんじゃなかったかな。売値は千円くらい……。」


 うろおぼえだけど。

 僕がそう言うと、アカネ先輩とシンゴ先輩が吹き出すように笑って言った。


「あははは! 千円かあ!」

「やっぱDランクじゃそんなもんだよなぁ!」

 

 ユキノさんが手に持った炎の宝珠を見つめながらしょんぼりとつぶやいた。


「……千円……。」

「あ、でも、スキルつきアイテムは貴重だよ! ユキノさん、そのまま持っていれば? スキル使えるかも……?」

「うーん……。」


 眉をハの字にしたユキノさんが僕を見て言った。


「……これはアユムくんが持っていて。」

「え?」

「きっと私よりもその方がいいと思う。」

「う、うん……。」


 僕はユキノさんから炎の宝珠を受け取って制服のポケットに入れた。

 僕らのそのやりとりを見ていたアカネ先輩とシンゴ先輩がニヤついている気がしたが、そんなこと気にしてもしょうがない。

 炎の宝珠は綺麗な宝石だけど別にユキノさんに深い意図なんてないと思う。おそらく僕の方が確実にスキルを使えると考えてのことだ。

 というか、そういうのだったら普通は男女逆でしょ……。

 そういえば炎のスキルはヒメコ先輩も使えていたのを思い出した。炎の宝珠か、それを加工したアイテムをヒメコ先輩も持っているのかもしれないな。



 少しして、タツキ先輩が立ち上がって奥の扉の方に向かうのが見えた。


「あ、あれ……。」

「タ、タツキ先輩!? 一人は危ないっすよ!」


 シンゴ先輩が慌ててタツキ先輩に声をかけると、タツキ先輩はこちらを振り向いて言った。


「……うっせーな。小便だよ。ここじゃしょうがねえだろ。」


 確かにこんなみんなから丸見えのところで用を足されても気まずいだけだけど……。女子もいるし……。

 それだけ言ってタツキ先輩は扉の奥へと見えなくなった。

 こういうダンジョンで用を足す場合、隅の方の地面に穴を掘って済ませたあとにまた穴を埋める方法を取る。匂いに敏感なモンスターもいるので基本的にはその場所からはすぐに立ち去るのが鉄則だ。

 本当は一人にしない方がいいんだけど、今のタツキ先輩に近づきたい人はいないよな……。

 サチエさんが立ち上がってタツキ先輩が向かった扉を指さし、おずおずと僕らに声をかけた。


「わ、わ、私、ちょっと見てこようかな……? ねえ?」

「え? あ、でもそれなら僕らが……。」

「いいよ、いいよ。えへへ、任せて。」

 

 サチエさんは笑ってそう言うと扉の方に向かっていった。

 正直、助かったかも。

 僕らの雰囲気を察してくれたのかもしれない。少し頼りなくても、やっぱりそういうところは大人の人なんだろう。

 ヒメコ先輩が無言で扉に向かうサチエさんの背中を見ていたのが、なぜだか少し気になった。



 それからまたどれくらい経っただろうか。

 体感的には長く感じたけど、もしかしたら数分だったかもしれない。

 シンゴ先輩が言った。


「……なあ。長くね?」


 タツキ先輩もサチエさんもまだ扉の向こうから帰ってきていない。

 アカネ先輩も不安そうに言う。


「何かあったのかな……?」 

「俺らも見にいった方がいいんじゃねえの?」

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