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モンスターハウスを攻略したことで、先に進む道は開かれた。

 モンスターハウスを攻略したことで、先に進む道は開かれた。

 僕のところにタツキ先輩たちも集まってくる。

 緊張が解けて力が抜けたのかその場に倒れ込んでしまったヒメコ先輩を、ユキノさんとアカネ先輩たちが介抱していた。

 タツキ先輩が僕に聞く。


「今のってスキル……? アユムがやったのかよ?」

「あ、それは——」

「いえ、私がスキルを使いましたので」


 ミヤビが僕の言葉を遮って得意気に答えた。


「ふふ。私のスキルがあれば何の問題もありません」

「おお、さすがAランクだな。助かったぜ」


 ミヤビ、何言ってんだこいつ。確かにミヤビのバフスキルには助けられたけどさ……。僕の活躍だって少しは認められたいじゃないか。


「タツキ先輩、あの——」

「……しっ、アユム。……先ほどのスキルをそう何度も使えないことは、隠しておいた方がいいかもしれません……」

「ミヤビ?」


 抗議しようとした僕に、ミヤビがそっと囁いた。

 何か考えがあるってことか?


「……わかった。今回はミヤビの手柄ってことでいいよ」

「ふふ。ありがとうございます」


 念のためユキノさんにも伝えておこう。


「ユキノさん。大丈夫?」

「うん。アユムくんは?」

「僕はまだ平気」

「まだ?」

「あ、全然平気」


 危ない。正直に自分の体調のことを言うところだった。


「ユキノさん、さっきのスキルのことだけど——」

「ん。わかってる。聞いてたから」

「聞こえてたの?」

「私ちょっと耳がいいから」

「そういえばそう言ってたね」


 それならと離れようとした僕の袖を、ユキノさんが引っ張った。


「あ、アユムくん」

「ん? どうしたの?」

「さっき、また助けてくれたから」

「それは僕の方こそお礼を言わないと。ユキノさんが僕の剣を持ってきてくれたから助かったよ」

「うん」

「本当に。キリコたちがいれば戦わなくてもいいだなんて、僕はとんだ間抜けだった。それにくらべて、ユキノさんはこんな状況でも冷静ですごいよ」

「……サイボーグだから」

「ははは。ユキノさんは何度も自分をサイボーグだって言うけど、僕には普通の女の子にしか見えないよ」

「え?」

「大丈夫。ユキノさんのことはいくらでも僕が守るから」

「あ、ありがとう……」

「じゃあ、また後でね、ユキノさん」

「うん、アユムくん……また後で」


 そう。ユキノさんのことも、キリコたちのことも僕が守らなきゃ。守られるだけでいいわけがなかった。それをユキノさんは教えてくれた。

 僕はダンジョン攻略に今の自分がどう立ち回れば役に立てるのか考えを巡らせていた。


「……おかしい。私、サイボーグなのに……ドキドキしてる」


 だからユキノさんがボソリと言ったつぶやきには気付かなかったんだ。


     ◇


 それからヒメコ先輩の回復を待って、僕たちはやっと見慣れたエリアまで辿り着いた。

 そう。僕たちが生身に戻されて、林先生が刺されたあの場所である。


「……無い。ここだよな? なあ、ヒメコ?」

「うん。……確かにここ」


 林先生の死体はどこにも見あたらなかった。

 しかし、LED電灯に照らされただけの薄暗いダンジョンの地面で、この部分だけ色が違っている。あの嫌な匂いはまだ残っている。


「場所が違う……?」

「もしかしてモンスターが……」

「やめてっ! 想像しちゃうから!」


 アカネ先輩が青い顔で口を押さえる。

 モンスターは人間を襲うが、食べてしまうという話は聞いたことがない。そもそもダンジョンのモンスターに生態系があるかどうかもわからない。

 リンが冷静に僕らダンジョン部に聞いた。


「どうする? 探す?」


 いやいや……。さすがにそれは無理でしょ……。

 ダンジョン部の他の先輩たちも微妙な顔をしている。


「……わかった。先に進もう」


 リンが察して言った。

 ミヤビが眼鏡をくいっと持ちあげて言う。


「残念ですね。犯人の手がかりがあったかもしれないのに」

「……」


 犯人……。そうか、犯人か。


「もしかして、林先生の死体を隠したのは殺人犯……? 外に逃げたのではなくこの場所に隠れていた?」

「……アユム? どういうことでしょう?」


 ミヤビが僕に聞いた。


「いや、きっと林先生の死体には本当に何か犯人に繋がる証拠があったんじゃないか。それを隠すために先生の死体を隠した」

「なるほど。ダンジョンに閉じ込められた私たちが再びこの場所に戻ってくると犯人は知っていたと。しかし、それではどうやって入り口の扉を閉めたのでしょう?」

「あ……たしかに、それだとおかしいか……」


 はぁ……。入り口の扉を閉めつつ、僕らの動向も把握し、先回りして先生の死体を隠すなんてどんな神業だよ……。

 ミヤビに指摘されるようじゃ全然ダメだな……。

 今まで静かに聞いていたリンが僕たちの会話に参加する。

 

「いや、可能性がないわけではないな。私はひとつの可能性を考えていた」

「可能性?」


 リンが長い黒髪を掻き上げて言う。


「ああ。先ほどのモンスターハウスで確信した。ダンジョン内で生身に戻った仕組みはわからないが、これらが同じ『犯人』によるものだとしたら、それができる可能性のある人物が一人だけいるはずだ」

「あ……」


 ダンジョンの運営に関する権限を持つ者。


「ダンジョンマスター……」


 確かに踏破済みのダンジョンならダンジョンマスターがいてもおかしくない。もちろんダンジョンマスターが存在しないダンジョンも多く存在するが、このDランクダンジョンは明らかに誰かの手が入っていた。

 しかしダンジョンマスターが誰なのか、通常は秘匿されている。

 ダンジョンの奥地に住んでダンジョンの運営に心血を注ぐ。そんなイメージのあるダンジョンマスターだが、現代のダンジョンマスターは普通の住人であることが多いらしい。聞くところによると世襲制になっているダンジョンもあるらしいし、場所によってはオークションで購入することもできるとか。

 でも誰も大っぴらに自分がダンジョンマスターだとは公言しない。よくわからないが、ダンジョンマスターとはそういうものらしかった。

 タツキ先輩が愕然として叫んだ。


「なんでダンジョンマスターが俺たちを襲うんだよ⁉」


 ダンジョンマスターはダンジョン内で絶大な権限を持つと信じられている。

 一説には、ダンジョンマスターはダンジョンのクリア条件も操作できるのだとか。

 つまり僕らの命運はダンジョンマスターの手のひらの上ということだ。

 確かに一連の犯人がダンジョンマスターなら全て説明がつく……。ダンジョンの入り口を閉めることも、モンスターハウスを設置することも、僕らの動向を知ることでさえ、その場にいる必要はないのだ。

 ところが驚いたことに、サチエさんがすごい剣幕で僕らの犯人ダンジョンマスター説を否定した。


「ちょ、ちょっと待って⁉ ダンジョンマスターが私たちをって? さっきのモンスターハウスをやったって言うの⁉ あ、あ、あ、ありえないわ!」


 リンがサチエさんに聞いた。


「なぜ、そう言い切れるんだ?」

「そ、そ、それは……言えないけど」

「……怪しいな。大人がソロで平日のこの時間にダンジョンにもぐるなんて変じゃないか? あんた、まさか……」


 リンはサチエさんを睨み付けて詰め寄ろうとする。


「ひ、ひぇええ!」


 リンの迫力に押されてサチエさんが一歩下がったところで、なんとタツキ先輩がリンとサチエさんの間に立った。

 タツキ先輩はサチエさんを庇って言った。


「まあ、まあ。この人がダンジョンマスターだっていうのか? ダンジョンマスターがこんな間抜けなわけないだろ? 俺たちと一緒にダンジョンに閉じ込められているんだぞ?」

「……それもそうか」


 納得しているのかはわからなかったが、リンはふんっと鼻息を鳴らしていちべつだけすると、キリコのサポート位置まで戻っていった。

 性格的にリンはミヤビと違って自分の仕事に忠実だからな。ここで立ち話をしすぎて、キリコから離れるのもよくないと思っただけかもしれない。



「あ、ありがとう。タツキくん、だっけ? ちょ、ちょっと言い方は引っかかったけど……」

「あ、いえ……さっき助けてくれたお礼っす」


 サチエさんがタツキ先輩にお礼を言った。

 タツキ先輩は自分の頭を搔きながらニヘラと笑って答える。


「でもダンジョンマスターっていったい誰なんだ? 俺らのこと知ってるのか?」

「そりゃ、タツキ先輩。俺ら、よくここ利用してますからねえ」


 シンゴ先輩がそう言って、アカネ先輩が話に加わった。

 

「あっ! ねえ、シンゴ。ダンジョンばばあがダンジョンマスターじゃないかって噂したことあったよね?」

「あー? あー」

「ダンジョンばばあ? ダンジョンの前にいつも立ってるあのばあさんか? ダンジョンに入るなって言ってくる……。シンゴ、お前、何かやらかしたのかよ⁉」

「え? いや、俺のせいっすか?」

「絶対そうよ! そういえば今日、ダンジョンばばあ、いなかったよね! シンゴ、ほら謝って!」

「え? 俺のせい、確定なの?」


 シンゴ先輩が四方八方に頭を下げまくっているが、もちろんそんなことで状況が好転するようには思えなかった。

 うーん。何か核心に近づきそうだったのに結局何もわからないままか。

 僕はミヤビにこっそりと聞いた。


「……ミヤビの考えもそうだったのか? ダンジョンマスターが僕たちの様子を監視していると?」

「いえ、私の考えは少し違いますね」

「……?」

「ふふふ。アユム、その話はいずれしましょう」

 

 ミヤビは眼鏡の奥で僕にウインクをして見せた。


     ◇


 林先生を殺したのがダンジョンマスターだったとして、不可解な点はまだある。なぜ林先生をナイフで刺したのかだ。あの場所で僕らを生身に戻すことができ、ダンジョンに閉じ込めることができるのなら、そのまま放っておいても僕らはいずれモンスターに殺されるか衰弱死するかだったはずだ。林先生だけを殺すのが目的だったのなら、僕らをダンジョンに閉じ込めた理由はなんだ? モンスターハウスまで設置して。あれがなければ僕らはダンジョンマスター犯人説には辿り着かなかった。

 林先生が殺された場所はダンジョン踏破の道筋のちょうど中間地点といったところだった。

 これからの道中を僕は把握していないが、ここまでかかった時間を考えればあと一時間もしないでダンジョンボスまで辿り着けるだろう。

 何も起こらなければだけど……。

 幸いかどうかわからないけど、あのあとは再びキリコを先頭にしてモンスターを倒しつつも進むことができている。

 シンゴ先輩がぼそりと言った。


「あれだよな……もうすぐだろ……。中ボスの部屋」

「ん? でも私たち、中ボスと戦ったことあったっけ?」


 アカネ先輩がシンゴ先輩の発言を拾って、ツッコミを入れるように言う。

 僕はこのダンジョンに入ったのは初めてだったので、先輩たちの言うことがわからなくて聞いた。


「中ボス? 戦ったことないって?」

「あー。中ボスの部屋って、みんなが言ってるだけなんだけどな。そう呼ばれる部屋があって。でも、普通にスルーして進むことができるんよ」

「私たち、入ったことないよね?」

「うん。無い。だから別に気にしすぎかもしれねーけど。でもつい気になって。ここまでいろいろあったからさ」

「やめてよ、縁起でもない! 私、今日、彼氏と約束あったのに! それなのに連絡手段も何もないなんて! もう、ほんと最悪!」

「あ、ああ。悪い」


 アカネ先輩が空を仰いで吠えるように言った。

 シンゴ先輩が弱った顔でアカネ先輩に謝る。

 そんな二人のことをじっと見ていたユキノさんが二人に聞いた。


「アカネ先輩とシンゴ先輩。仲がいいですよね。ダンジョン部で一緒に探索したからですか?」

「あ、いや、俺ら小学校からの付き合いなんよ。ずっと同じクラスでさ」

「そ。私がダンジョン部に入ったからシンゴも一緒に入ったんでしょ?」

「ちげーよ。俺が入ったらたまたまアカネがいただけだろ?」

「はい、はーい! そうね、たまたまね!」


 へえ。距離感が近いような気がしていたけれど、腐れ縁みたいな感じなのかな。


「そうなんですね……」


 しかしユキノさんはそう呟いて少し口をへの字に曲げた。

 なんだろ。ユキノさんの聞きたい答えと違ったのかな?

 ずっと同じクラスで、高校はたまたま部活が一緒になっただけ、か。でも本当にそれだけなのかな。だってシンゴ先輩はよくアカネ先輩の方を気に掛けているような気がする。

 アカネ先輩には彼氏がいるらしいけど。


「……アカネ先輩の彼氏というのは、どこで知り合ったんですか?」


 ユキノさんが更にアカネ先輩に質問をした。

 え? 今、そんなこと聞くんだ?

 僕は黙って三人の会話を聞くだけだった。


「んー? 今の彼氏? いやちょっとね……。あはは、アプリで」

「アプリ……。じゃあ別の学校の人ですか?」

「いやあ……、社会人、みたいな?」

「え……。そうなんですね……」

「いや、私も最初どうかなとは思ったんだけどさ。前の彼氏がその……いろいろあって。落ち込んでたら、優しくしてくれてさ……」

「前の彼氏……」

「あっ、前の彼氏は同じ学校でさ、ここダンジョン部で知り合ったんだけどね。ちょっと、ね……。ってこの話はもう終わりでいい⁉」

「はい。ありがとうございました」


 何、この会話。ユキノさんってそういう話に興味示すんだな……。

 聞いていたシンゴ先輩も、近くにいたヒメコ先輩まで難しい顔しちゃってるじゃん……。

 っていうか、アカネ先輩がダンジョン部で付き合った彼氏って、ヒメコ先輩が言っていた、以前いたスキル持ちの人のことかな? もしかしてアカネ先輩と別れちゃったからダンジョン部からもいなくなっちゃったってこと?

 ユキノさんが次に狙いを定めたのはヒメコ先輩だったらしい。


「……ヒメコ先輩は彼氏いるんですか?」

「え? 私⁉ い、いないけど……」

「そうですか……」


 突然恋バナを振られたヒメコ先輩がぎこちなく答える。

 ユキノさんはタツキ先輩の方をちらりと見た後に、今度はミヤビに聞いた。


「ミヤビ先輩は——」

「私はいませんよ。恋人、いたことありません。そうですよね、アユム?」

「なんで僕に振るんだよ……」


 ユキノさんが僕をジッと見る。


「アユムくんは……」

「えっと……」

「ううん。いい。言わないで」


 なんだよ、それ……。

 ユキノさんのせいで微妙な空気に包まれる。

 そりゃ、どう考えても恋バナするような状況じゃないからね……。

 アカネ先輩が気を利かせたつもりなのか、ユキノさんに聞いた。


「そ、そういうユキノちゃんは、彼氏いるの?」

「私はいません」

「……そ、そう……」

 

 ユキノさんはそれ以降ずっと黙ったままだった。

 ほんと、なんだったの? この時間……。

 ちなみにサチエさんはユキノさんの視界に入れられることすらなかったようだ。


     ◇


 中ボスの部屋。

 そこは見るからに中に何かがいそうな扉で閉められており、嫌な空気を漂わせている。

 先頭を歩いていたキリコとリンが、僕らのところまで引き返してきて言った。


「ダメみたい! この先、進めなくなってるよ!」

「どうやらここの主は私たちに攻略してほしくないみたいだ」


 リンがそう言って中ボスの扉の方を見た。

 僕はリンの言わんとしていることを察した。


「この中ってことか……?」

「たぶんね」


 僕が聞くとリンはあっさりと答えた。

 Dランクダンジョンの中ボス。

 おそらくキリコたちなら楽勝だろう。キリコたちが単体攻撃に特化しているのはダンジョン配信の人気コンテンツがボス撃破動画だからだ。

 つまり中ボスの相手はキリコたちの得意分野である。

 さっそく中ボスに挑む準備を終えたキリコが僕らに言った。


「ここは私たちに任せて! アユムたちはごめんね、離れて見ていてね!」

「いや、今の僕じゃ何もできないからな……。でも気をつけろよ、キリコ」

「大丈夫! 私、強いから!」

「知ってるよ」


 中ボス戦に参加するのは全員じゃなくてもいい。

 ここはAランクのキリコたちに任せるのが得策だ。

 しかし、それはあくまでこれが普通の中ボス戦であればの話……。

 ダンジョンマスターが何かしらの仕掛けを用意している可能性もゼロじゃない。



 キリコが代表して中ボスの部屋の扉を押した。

 扉は簡単に動いて、両側の扉が僕たちを招き入れるように開かれた。

 キリコが聖剣を。リンが弓矢を。ミヤビが杖を構える。

 パッと天井につけられた明かりがスポットライトのように部屋の中を明るく照らす。

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