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「お構いなく。どうせ私の出番はありませんから。」

 僕らのダンジョン探索の隊列はキリコが先頭を進み、サポートでリンがつく。少し離れてタツキ先輩とシンゴ先輩とアカネ先輩たちダンジョン部の前衛と、後衛のヒメコ先輩、僕、ユキノさん、サチエさんが最後尾となった。なぜか、ここにミヤビも加わっている。


「ミヤビは前に行かなくていいのか?」

「お構いなく。どうせ私の出番はありませんから」


 ミヤビが眼鏡をくいっと直して言った。


「それはまあ、Dランクだからな……」


 キリコのパーティにおけるミヤビの役割は、スキルを使った身体強化やモンスターの弱体化でのサポートが主だった。

 しかし、Dランクのモンスターを相手にしたキリコにはそんなもの必要なかった。


「たあああ!」


 キリコの元気で威勢の良い声がダンジョン内にこだまする。

 キリコが立ちふさがったモンスターの群れに対して、先制攻撃を仕掛けたのだ。

 パーティの前方で戦っているキリコの姿を、僕は遠目で見た。

 オオカミ型モンスター『ウルフ』がキリコの前で慌てふためいている。その数は、一、二、三……十匹くらいはいるな。

 思ったよりも多いが、Dランクのモンスターがいくら束になったところでキリコの敵ではない。

 キリコが剣を振るうたびに斬られたウルフたちが煙になって消えていく。

 鳴き声を上げる暇すら与えられない。

 ウルフたちは次々とキリコに飛びかかるがすべて斬り払われている。

 あーあ、あのウルフたちバカだな、同一線上に並んで。

 動き回るウルフたちが一瞬並んだところを見逃さなかったキリコが一振りで二匹を斬り捨てる。ウルフの群れに対処するキリコの動きは最低限だ。あのウルフたちはきっと何をされたかもわかっていなかっただろう。

 リンのサポートすら必要ないな。

 ものの数秒でウルフ十匹を片付けたキリコが、僕たちダンジョン部の方を向いてニカッと笑うとピースサインを作ってみせた。


「きゃああ! 九藤さん素敵です!」


 アカネ先輩が歓声をあげてキリコに手を振り返す。


「……あれがAランク……」


 ヒメコ先輩が圧倒されたとでもいうように、小さな声でそう呟く。


「凄いんだね」


 ユキノさんが僕に向かってそう言った。

 なぜ僕に言うのかわからなかったけど、キリコの凄さは僕自身が一番よくわかっていた。悔しいくらい。

 でもこれならダンジョンの深部まで、圧倒的な速さで辿り着くことができるだろう。



 ダンジョンを先に進むにつれて、ユキノさんが一行から遅れはじめていることに気がついた。


「ユキノさん?」

「……あ、ごめん。遅れてるよね……」

「大丈夫? 具合が悪いの?」

「ううん……」


 しかし、そう答えたユキノさんの顔色はあまり良いようには見えなかった。


「……あの……アユムくん……」

「うん?」

「忘れてないよね……? 林先生のこと」

「あ……うん」


 そうだった。

 このまま進めば、また林先生の死体のあるところまで行くことになる。

 先生の変わり果てた姿をもう一度見たいなんて思う人が僕らの中にいるだろうか?

 ユキノさんの様子が優れない理由が僕にもようやくわかった。


「な、なるべく見ないようにしよう……」

「うん……そうだよね……」


 それを隣で聞いていたミヤビが口を挟む。


「アユムとユキノさん。ずいぶんと仲がいいんですね。もしかして、付き合ってます?」

「はあ? そんなわけないだろ? 今日会ったばかりだよ……」

「でもアユムはユキノさんみたいな可愛い子に頼られてまんざらでもないのでは? ふふふ」


 確かにユキノさんは可愛いけど。

 僕はミヤビに心の内を覗かれたような気がしてしまい焦った。

 ったく。ユキノさんが変に思うだろ……。

 

「おい、いいかげんにしろ、ミヤビ。もう。少し離れててくれよ……」

「ふふ。つれないですね。私とアユム、一緒にお風呂に入った仲じゃないですか」

「それは小さいころの話だろ……」


 ユキノさんが目を丸くして僕とミヤビを交互に見て言う。


「……一緒にお風呂……?」

「ユ、ユキノさん! 違うから! まだ小さかったころ、ダンジョン塾のあと汗流すために一緒に入れられたってだけの話だし。ミヤビだけじゃなくてキリコたちも一緒だったから!」

「……キリコ先輩たちとも……?」

「あ……ああ!」


 余計なことまで言ってしまった……。

 これもう、挽回は無理では?


「しかし、興味深い話をしていましたね。林先生……たしかナイフで刺されていたとか」

「ミヤビ……。思い出させるようなこと言うなよ」

「ふふ。少し興味を持っただけです」


 こいつ……。

 余計なことに首を突っ込むくせは直らないらしい。

 僕らの会話を聞いていたサチエさんが僕らに聞いた。


「え? ナイフって? え? な、何の話をしているの……?」


 今まで僕らの後ろをついて歩くだけで話に入ってこなかったサチエさんも、さすがに林先生の話は気になったみたいだ。

 僕とユキノさんが口を開くより先に、ミヤビがサチエさんに答える。


「いえ。実は私たちの学校の先生がこの先で死んでいまして」

「え⁉ し、死んで⁉」


 バカ、ミヤビ!

 そりゃそうなるだろ……。少しは考えてくれ。

 いや……、ミヤビのことだから面白がってわざとサチエさんに言ったに違いない。


「ど、どういうこと? な、な、な、何があったの⁉」

「それが、僕たちにもわからなくて……」


 僕にはそう答えるしかなかったが、ユキノさんは深刻そうな顔で一呼吸すると、ずっと抱えていたことを表に出すかのように言った。


「……私は、殺人事件だと思っています」

「さ、さ、さ、殺人⁉」


 サチエさんが驚きで目を見開いて叫ぶ。

 ユキノさんまで……。これじゃサチエさんの心臓が持たないんじゃないか?

 ミヤビが眼鏡をくいっと上げて笑って言った。


「なるほど、殺人事件。つまりモンスターの仕業ではなく誰かの犯行だと……。それは面白いですね。犯人は外部の人間。誰かがそう言っていた気もしますが証拠は何もありません」

「……はい」

「もしかしてユキノさんはこの中に犯人がいると思っているのですか?」

「そ、それはわからないけど……」


 ユキノさんの動揺が伝わってくる。

 殺人事件。その見解には僕も異論はない。でも、この中に犯人がいるとは思いたくはない。それはきっとユキノさんも同じだと思っていたのに、ユキノさんは僕らの誰かをまだ疑っていた?

 僕は殺人犯はすでに逃走済みと結論づけて判断を保留してしまっていた。思考停止とも言える。でも、その結論付けるにはまだいくつも解けていない問題があるのもわかっていた。

 なぜ林先生を狙ったのかとか、どうやって林先生に近づいたのかとか、なぜあの時にアバターが解けたのかとか、まるでダンジョンを操作できるかのようなこの状況……。

 ミヤビが眼鏡を光らせて言う。


「ふーむ。先生の死体を詳しく調べれば何かわかるかもしれませんね。ふふふ」


 ミヤビが意味深に僕らダンジョン部の面々の顔を一人ずつ見た。

 タツキ先輩、ヒメコ先輩、アカネ先輩、シンゴ先輩、僕にユキノさんまで。

 ミヤビの口元には笑みが浮かんでいる。完全に面白がって言っている。

 不穏な沈黙が僕らを包む。

 おそらくタツキ先輩やヒメコ先輩たちにも僕らが話していることは聞こえているはずだ。

 少し離れた前方からはキリコとリンによってモンスターの切り刻まれる音が響いて聞こえてくる。

 もうすぐ林先生の死体があるエリアだった。

 自分の生唾を飲み込む音が、ダンジョン全体に響いているのではないかと思えるくらい大きく感じた。

 ふいにヒメコ先輩が僕だけにこっそりと聞いた。


「……アユムくんって九藤さんたちと知り合いだったんだね」

「あ、はい……。幼なじみで」


 僕とキリコたちの関係はダンジョン部の先輩たちにはあえて言わなかったけど、まあこれだけ向こうから親しく接してくればわかるだろうね……。


「強いんだね……」

「そうですね……」

「ねえ、九藤さんたちってさ、ダンジョン部に入ってくれたりするのかな?」

「え? いや、それはどうでしょう……?」


 ヒメコ先輩の言いたいことはわからないでもないけど、キリコたちはこのダンジョン部には入らない気がするなぁ……。



 そうしているうちに、僕らは少し広めのエリアに入った。

 あれ? こんなところ、さっきもあったっけ?

 確認しようと僕が振り向くと、

「あっ!」

 と言って、僕の横でヒメコ先輩がつまづいて地面に手をついた。


「大丈夫ですか?」

「あはは、ごめんね。ちょっとふらついちゃった」

「気をつけてください」

「うん、ありがとう」


 僕とユキノさんがヒメコ先輩の手を取って支えになる。


「ここって……」


 何もない空間?

 土の壁に囲まれているが、天井は高く、柱のようなものもない。

 先に入ったタツキ先輩とシンゴ先輩もあたりを見渡している。

 嫌な予感がした。


「待って。みんな、いったん戻った方が——」


 でも既に遅かった。

 僕たち全員が完全にエリアに入ったと同時に、急に後ろの通路が土の壁で塞がれてしまった。

 そして獣型の『ドッグ』『ウルフ』、飛行型の『バット』『オウル』、虫型の『ビッグアント』『スパイダー』たちが、どこに隠れていたのか大量に現れて僕らを取り囲んだ。


「う、うわ。なんでこんなに⁉」


 ぶわっと血の気が引く感覚。

 モンスター、何匹いるんだ?

 これはやばすぎる!

 

「モンスターハウスだ!」


 リンがそう叫んで弓矢を構えた。

 モンスターハウス。モンスターが大量に現れるダンジョンのトラップだ。

 なんでDランクダンジョンでそんなものが出てくるんだよ⁉

 モンスターたちが僕らに向けていっせいに襲いかかってきた。

 僕はオウルの攻撃を身を躱してよける。

 ユキノさんが、持っていた鉄のメイスでビッグアントの攻撃を防いで跳ね返す。

 タツキ先輩もアカネ先輩もシンゴ先輩も、それぞれモンスターとの格闘を始めていた。


「アユムくん、ユキノちゃん! 大丈夫、二人は私が守るから!」


 ヒメコ先輩がムチをふるってモンスターたちを攻撃する。

 キリコがモンスターを倒しながら僕の方を振り返って叫んだ。


「アユム⁉」

「キリコ! こっちは大丈夫だ! 自分の方に集中しろ!」


 僕はキリコにそう答えたものの、この数は正直全然大丈夫とは思えなかった。

 AランクのキリコたちがDランクのモンスターを瞬殺できると言っても、この数はそれなりに時間がかかる。体力にも限りがある。

 キリコもリンも単体攻撃に特化した戦闘スタイルだ。


「あわわわわ!」


 サチエさんが叫びながら持っていた剣でモンスターたちを殴っている。


「ヒメコは俺が守る!」

「タ、タツキくん⁉」


 タツキ先輩が大剣でモンスターを蹴散らしながらヒメコ先輩と僕たちのところまで来ようとしていた。

 大丈夫か? モンスターハウスはダンジョントラップだ。あまり大きく動かない方が……。


「う、うわっ!」


 タツキ先輩の動きを察知したモンスターたちが狙いをタツキ先輩に定め始めていた。


「あっ! マズいっ!」


 クマ型のモンスター『ヤングブラックベア』がタツキ先輩の背後から爪を振り上げて攻撃をしかけようとしていた。


「タツキ先輩!」

「えっ……?」


 やばい! タツキ先輩の反応が遅れた!

 ヤングブラックベアの爪がタツキ先輩に届きかけたその時——。


「だ、だめえええ!」


 ガキンッ!

 

 サチエさんの剣が間一髪、タツキ先輩をヤングブラックベアの爪から守った。

 そのままサチエさんの剣がヤングブラックベアを斬りつける。

 ヤングブラックベアは煙になって消えた。


「だ、大丈夫⁉」

「は、はいっ……。あ、ありがとうございます……」

「うん! うん! よかったああ!」


 タツキ先輩とサチエさんはお互いの背中を預けるように構えて、その場でモンスターたちとの戦闘を続けるようだ。

 僕らはと言うと、モンスターたちにジリジリと壁際まで追い詰められて、もう後がなかった。

 ミヤビはAランクといっても戦闘向きではない。

 ヒメコ先輩の炎スキルとユキノさんのメイスで辛うじて襲いかかるモンスターたちを退けているという状況だ。


「ユキノさん……!」

「大丈夫。私、サイボーグだから」

「でもこのままじゃ……」


 キリコとリンは実力ではモンスターたちを圧倒しているがモンスターハウスでの発生数に対応できていない。タツキ先輩とサチエさん、アカネ先輩とシンゴ先輩は僕らよりも更に多いモンスターたちに囲まれてギリギリの状況だった。

 僕たちだってヒメコ先輩とユキノさんだけでいつまで持つか……。


「あ、危ない、ユキノさん!」


 ユキノさんの死角からバッドが飛びかかってきたのを、咄嗟に僕はユキノさんが背中に担いでいた剣を取って防いだ。


「アユムくん!」

「大丈夫⁉」

「う、うん」


 さすがに僕もこのまま女の子たちに守ってもらうわけにはいかないよな……!


「ユキノさん。剣、返してもらうよ!」


 Dランクの片手剣。

 うん。これしかない。

 僕はスキルを使うために剣を構える。


「アユム。バフをかけますね」


 全然戦闘に参加してなかったミヤビが僕に攻撃補助のスキルを使った。

 Aランクのバフスキルだ。これでミヤビのAランクのスキル値が僕のスキルに上乗せされる。

 よし。一時的にだろうけど、僕の体の奥で何かが高まったのを感じる。

 この状況で使うなら、もちろん範囲攻撃スキルだろう。

 全体攻撃系の風属性スキルを使う。

 僕が何をするつもりなのかわかったのか、ユキノさんが僕の後ろに回って背中を支えてくれた。


「アユムくん。私が後ろから支えるから。思い切りやって」

「ありがとう、ユキノさん!」

 

 Dランクの攻撃スキルだけど今の僕にできるのはこれだけだ。


「みんな! 危ないから伏せて!」


 剣が手の中で暴れるように震えるのを必死で握り締める。

 スキル発動!

 風属性全体攻撃『かまいたち』!

 無数の風の刃がモンスターたちを襲う!


「ウギャッ!」

「ギェッ!」


 ミヤビのバフのおかげか、風の刃はエリア全体に届き、小さな刃でも容赦なくモンスターを切り裂いて煙に変えていった。

 あっという間にモンスターハウスのモンスターたちは僕の範囲攻撃スキルで倒された。


「はあ……、はあ……」


 まだ手にスキル発動の振動が残る……。

 ユキノさんと、途中からミヤビも僕を支えてくれたおかげでなんとかスキル発動の衝撃に耐えることができた。

 僕は思わず、剣を支えにその場に座り込んだ。

 さすがにAランクのバフは体の負担が大きすぎる……。


「アユム!」


 キリコが心配そうな顔で僕に駆け寄ってきた。


「……大丈夫だから。キリコ」


 体内にコンの薬が注入されているのがわかる。


『……アユムさん。薬はあと一回分です。無理をしないでください』

「わかったよ、コン……」


 また同じようなトラップがあったら次は乗り越えられないかもしれない……。

 なんでDランクダンジョンにモンスターハウスがあるんだよ……?



-------------

 登場人物


 天童アユム……撃破数、百六十。

 白神ユキノ……撃破数、二。

 成澤タツキ……撃破数、十一。

 厚田ヒメコ……撃破数、七。

 水野シンゴ……撃破数、十三。

 日崎アカネ……撃破数、十五。

 九藤キリコ……撃破数、五十五。

 高井リン……撃破数、四十。

 斉藤ミヤビ……撃破数、ゼロ。

 飯田サチエ……撃破数、二十三。

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