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「え!? じゃあ、林先生、死んじゃったの!?」

「え!? じゃあ、林先生、死んじゃったの!?」


 キリコがダンジョン内に響き渡るくらいの大声で言った。

 後から合流したキリコたちにタツキ先輩が状況を説明していた。

 キリコたちとタツキ先輩の周りには他のダンジョン部のみんなも集まっている。


「九藤さん! 私、普通科の日崎アカネって言います! ファンです! 握手してください!」

「握手? うん、いいよ! はい!」

「きゃあ! ありがとうございます!」

「おい、アカネは学年同じだろ? 話したことないのかよ?」

「話すって私がですか? 無理に決まってますよ!」

「あはは! アカネちゃん? 同学なんだー! 見かけたらじゃんじゃん声かけてよ!」

「ええ! ぜったいに声かけます! ていうか、連絡先交換してもいいですか!? あ、でも、端末、バッグの中だぁああ!」

「あっ、俺も、あ、握手! い、いいかな!? 水野シンゴってんだけど、隣のクラス! わからねーかな?」

「あ、うん、ごめんね。でも、ほら、握手! 握手!」

「うおおおお! もう手洗わねえー!」


 どうやらアカネ先輩もシンゴ先輩もキリコのファンだったみたいだ。

 キリコ、ダンジョン配信で有名になってから、ファンだっていう人に見つかるとよくああなるんだよな。距離が近いっていうか。本人は全然気にならないみたいだけど。

 僕は少し離れたところからその様子を眺めていた。

 いつもそうだ。キリコは目立つ。そして空気を一気に変えてしまう。

 さっきまで暗い雰囲気だったダンジョン部のみんなが嘘みたいに明るく笑っている。

 シンゴ先輩がキリコの手を離そうとしないからアカネ先輩がシンゴ先輩をどついていた。

 ふっ。気が揺るんだのか僕も少し笑ってしまった。

 全然状況は解決してないんだけどな……。

 気付くと隣でユキノさんが僕を見ていた。


「ユキノさん?」

「そういえばお礼を言ってなかったね。アユムくん、さっきはありがとう。」

「さっき?」

「うん。モンスターから庇ってくれたし、私の味方になってくれたでしょ。」

「ああ……。」

「なんだか、アユムくん。ほっとしてるね。」


 ん? どういうこと?


「僕がほっとしてるって?」

「うん。きっとキリコ先輩たちが来たから。それまでのアユムくんはなんだか様子が変だった。」

「ええ?」


 ユキノさんは視線をキリコたちに向けた。


「よかったね。」

「よかったって……いや、でもさっきも言ったけど、キリコたちは昔から僕のことを散々からかったり、連れ回したり、泣かされることだって何度も——」


 僕はユキノさんにキリコたちを紹介した時と同じことをもう一度言おうとした。どれだけ僕がキリコたちに振り回されてきたのか、僕がどれだけキリコたちと離れたいと思っているのか、ユキノさんには伝えたはずなんだけど。

 

「ふふふ。」


 でも、ユキノさんは笑顔で僕の言葉を遮った。


「少しわかった。アユムくんのこと。」

 

 ええ?

 僕はユキノさんが何を言いたいのかわからないよ。


「ちょっと待ってて。」

「え? ユキノさん?」


 ユキノさんはそれだけ言うと、キリコたちのところに一人で行ってしまった。

 そして、キリコとタツキ先輩に何かを話したかと思うと、タツキ先輩たちとの会話に混ざったようだった。

 その代わりに、キリコが先輩たちから解放されて僕のところにやってきた。


「アユム、体調は大丈夫? コンちゃんは?」

「あ、うん。コンはほら、ここに。接続もできてる。」


 僕はコンが常駐してるタブレットをキリコに見せた。コンは僕の生命線だ。いつも肌身離さず持ち歩いている。

 おかけでダンジョンの中で生身に戻った時にも離れることはなかったみたいだ。


「よかったぁ。」


 キリコは心底安心したように胸をなで下ろした。

 あ……。見慣れたキリコの笑顔が、なぜだかとても嬉しく感じた。


「アユム。無理しないでね。」

「わかってるよ。」


 キリコは僕の体が弱いことも、コンのサポートがないとまともに運動もできないことも知っている。

 そりゃ、小さいころからの付き合いだもの。


「キリコ。」

「んー? なあに、アユム?」

 

 うん。確かにユキノさんの言うとおりだ。

 僕はキリコがいてくれてほっとしているんだと思う。

 キリコの顔を見てそれを実感した。

 やっぱりキリコは家族みたいなものだから。

 いてくれるだけで心強かった。


「キリコ。心配してくれてありがとう。」

「うん! アユム! もっと私を頼っていいからね!」


 パァっとキリコの顔が明るく花咲いたように見えた。

 僕の顔もきっと笑っていたと思う。


     ◇


 コンの薬のおかげか、ユキノさんのおかげか、はたまたキリコのおかげかわからないけれど、僕の体調はだいぶ良かった。

 普段こんなストレス下に置かれていたら発作が起きても不思議ではないのに。


「アユム?」

「あ、うん。僕も一緒に行くよ。」


 キリコがみんなの方を見てから僕に聞いた。

 やっぱりキリコも、あっちの方が気になってはいたみたいだ。

 タツキ先輩の前ではユキノさんが頭を下げていた。

 

「すみません、先輩。私が外に出ようなんて言ったせいで……。」

「いや、ユキノは悪くねえよ。」

「そうだよ。扉が閉まってたなら、結局あのまま待っていても誰も来なかったってことだし。むしろユキノちゃんが言ってくれたからこの状況がわかったんだからさ。」

「うん。俺もそう思うな。」


 タツキ先輩たちがユキノさんを励ますように言う。


「それにさ、ここで九藤キリコたちと合流できたのはデカいぜ? こいつら、Aランクだからな。きっとなんとかしてくれるぜ。」

「は? なんで私たち頼りなわけ?」


 タツキ先輩がリンとミヤビを指して軽口を叩くと、それがリンの琴線に触れたのか、とたんに空気が悪くなった。


「おいおい、分かるだろ? ここで待っていても時間が過ぎるだけだ。この扉の向こうに行くにはダンジョンボスを倒すしかねえ。でも、生身でそれができるのはAランクのお前らしかいないだろ? 助けを呼んできてくれよ。」

「ふふっ。なぜ私たちがダンジョン部のために危険を冒す前提なのでしょうか?」


 ミヤビも眼鏡を光らせて不敵に笑い、タツキ先輩に応戦する。

 うわ……やばいな……。

 リンもミヤビも黙っていれば美人なのに、見た目に似合わず好戦的な性格なんだよな……。


「ちょ、ちょっと! みんな落ち着こうよ!?」


 慌ててキリコがタツキ先輩とリンたちの間に割って入る。

 

「……キリコ。止めないで。こいつら無性にムカついてくるんだ。」

「リンちゃん、落ち着いて!」

「ダンジョン部、あまり良いウワサは聞きませんが。……はぁ。わかりました。キリコの好きなようにしてください。」

「ありがとう、ミヤビちゃん!」


 そう言ってリンたち二人を落ち着かせると、キリコはタツキ先輩の方を見てニカッと笑った。


「く、九藤キリコ……。」

「ダンジョン部の部長さん。私は部長さんの提案でいいと思うよ! たしかにダンジョンボスを倒すのが速いよね! 私たちだったら負けないのもその通りだし!」

「お、おう……。助かるわ……。」


 タツキ先輩がキリコの陽の気に押されてしどろもどろになっている。

 キリコはわざわざ僕に振り向くと笑顔を向けた。

 リンとミヤビが「キリコが言うならしょうがない」とため息をついた。

 そうなんだよな。

 気付くといつもキリコのペースに巻き込まれてしまう。


「じゃあ、みんなで行こうか!」

「……みんなで?」

「うん! みんなで!」


 でもまあ、だから時々、キリコにはこうやって振り回されるんだよね……。


「生身でダンジョン攻略! わくわくするよね!」


 いや、時々じゃない。かなりの頻度で……。


     ◇


 というわけで、生身でダンジョンの先を進むにあたり、荷物になりそうなものは置いていくことになった。

 僕の場合、コンのタブレットは必須。体を守る装備は火鼠の軽装では心許ないけど、重い鎧じゃきっと動けなかったからこれは幸いだったと思うことにする。

 あとは、戦闘をキリコたちに任せるなら剣は不要か。これは置いていこう。


「あ、アユムくん。それ置いてくんだ?」

「ユキノさん。……うん。これだけでも結構荷物になるからさ。」

「……私が代わりに持っていってもいい?」

「ええ?」

「私、ちょっと力持ちだから。」

「ああ……うん。ユキノさんがいいなら。」


 そう言ってユキノさんは僕のDランクの片手剣をひょいと担いだ。

 ユキノさんの装備は最初にダンジョンに入った時から減っていない。

 これまでもずっと落ち着いているし、冷静な意見を物怖じせず出してくるし、案外ユキノさんはダンジョン探索に向いているのかもしれない……。


「みんな準備できたー!?」


 キリコが大声で呼びかける。

 キリコの装備は愛用の武器である細身のAランクの聖剣。ダンジョンでのみ取れる金属で出来た白く輝く鎧。もちろんAランク品でキリコのトレードマークのようになっている。あれで前衛を務めて戦場を跳び回るのがキリコの戦闘スタイルだ。

 隣にはAランクの大型の弓を担いだリンと、Aランクの秘宝を埋め込んだスキル発動用の杖を持ったミヤビがいる。装備はそれぞれAランクの鎧とAランクのローブ。二人は後衛でキリコをサポートするのがいつもの立ち位置だった。

 三人とも鎧の下は学校の制服だけど、隙が見られずまったく危なげがない。

 僕には生身であろうと三人がDランクのダンジョンボスに負ける姿なんて想像もできなかった。


「よし、こっちも準備できたぞ……。」


 タツキ先輩、ヒメコ先輩、アカネ先輩、シンゴ先輩が緊張した面持ちで武器を握る手を強める。

 そりゃまあ、不安だよね……。僕もそうだし。

 でも、もしもキリコたちがダンジョンボスを倒して外に出られたとして、外から扉を開けられるとは限らない。ダンジョンボス攻略の時にパーティに参加して、一緒に外に出た方がいいというキリコの意見はもっともだった。

 僕はてっきりキリコが何も考えず「みんなで行った方が楽しいから」なんて理由で言ってるのかと思ってしまったのを反省した。

 僕がキリコに向かって頷いて見せる。

 キリコがニカッと笑って応える。


「それじゃ出発しよっか!」


 と、キリコが元気に一歩を踏み出そうとした時、ぱあっとフロアの中心が光った。


「ん?」


 その光の中心に人影が現れる。


「また誰か来たみたい?」


 光が収まっていき、その人物の姿がはっきりと見えるようになっていた。

 僕らは黙ってその様子を見守った。

 光の中から現れたのは、剣を握って鉄の鎧を長いスカートの上から身につけている女性だった。

 あのチグハグな格好は、おそらく僕らと同じように生身に戻されて私服の上に装備をつけた状態になったからに違いない。光に包まれて現れたのは脱出用スキルでここまで戻ってきたからだろう。


「ええ? ええええ? えええええええ? な、な、な、なんで、扉が閉まってるの!? ええええ? 外は!? えええ? で、出られない!? ええええええ!?」


 ダンジョンの扉が閉まっていることに気付いた女性が叫び声を上げる。

 女性は扉まで走っていくと押したり叩いたりしていたが、もちろん扉はビクともしなかった。

 やがて全て無駄だと悟った様子の女性は、ガックリとしてその場にうずくまってしまった。


「……あのう……。大丈夫ですか……?」


 ヒメコ先輩が遠慮がちに女性に声をかけた。


「……へ? え? あ、あなたたちは!?」

「私たち、アオイ高のダンジョン部です。私たちも閉じ込められてしまって……。」

「そ、そうなの……。って見てた!? 今のずっと見てた!?」

「あ、はい……。すみません。」

「あああ! は、恥ずかしいっ!」


 なぜか恥ずかしがる女性がのたうち回っている。

 僕たち高校生に囲まれた中で、大人の女性が一人取り乱している光景……。

 まあ、このままにはしておけないよね……。


「あの、よかったら、僕たちと一緒にダンジョン攻略に行きませんか?」


 僕は女性に声をかけた。


「ダンジョン攻略って……?」

「はい。僕たち、これから脱出のためにダンジョンボスを倒しに行くんです。」

「……え? ええええ!?」


 またダンジョン内部に女性の叫び声がこだました。

 そりゃ、そういう反応になるよね……。

 僕は改めて僕らが無謀なことをやろうとしているのだと実感した。

 いくらキリコたちがAランクだと言っても、アバターの時と同じようにいくとは限らない。

 キリコにもしものことがあったら僕は……。


「あははは! 大丈夫だよ! 私たち強いから! おーい! お姉さんも一緒に行こー!」


 キリコがニコニコしながらこっちに手を振って言う。

 ……まあ、心配無用か。

 キリコが強いのは僕がよく知っている。

 Aランクのアバターには及ばないとしても、生身でもキリコの身体能力はかなり高いはずだ。


「それじゃ、えっと……お姉さん? 名前を聞いてもいいですか?」

「い、飯田サチエ……。」


 こうして僕らダンジョン部と華道部の合同パーティに、全然関係ない大人の女性が一人加わることになったのだった。



-------------

 登場人物


 天童アユム……コンのタブレット。火鼠の軽装。武器なし。

 白神ユキノ……鉄のメイス、軽い金属で出来た胸当てと小手。Dランクの片手剣。

 成澤タツキ……装備、Cランクの大剣。鋼鉄の鎧。

 厚田ヒメコ……装備、革のドレス、鉄製のムチ。炎系のスキル。

 水野シンゴ……装備、片手剣、大型の盾。

 日崎アカネ……装備、短剣、動きやすそうな軽装。

 コン……引き続き、アユムの指示でダンジョン内部を調査中。

 九藤キリコ……細身のAランクの聖剣。ダンジョンでのみ取れる金属で出来た白く輝く鎧。

 高井リン……Aランクの大型の弓。Aランクの鎧。

 斉藤ミヤビ……Aランクの秘宝を埋め込んだスキル発動用の杖。Aランクのローブ。

 飯田サチエ……剣と、長いスカートの上に身につけた鉄の鎧。

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