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林先生の死体を前にしてタツキ先輩が言う。

 林先生の死体を前にしてタツキ先輩が言う。

 

「どうすればいいんだよ、これ……。」


 僕らはみんな、林先生の死体から一定の距離を取っていて、一人として林先生の死体に近づく者はいなかった。

 わかる。死体だなんて正直、僕は怖くて触ることができない。

 林先生には悪いけど。


「ねえ、誰かが先生を刺したってこと?」

「でも俺らじゃないよな……? 誰も先生に近づいてないし。」

「うん。私たち、モンスターの相手で手一杯だったよね。」

「じゃあ、いったい誰が……。」


 そんな先輩たちの話し声がダンジョンの中でやけに大きく響いた。

 気のせいか、なんだかさっきから肌寒い気がする。

 それになんだろう……匂いが。

 ダンジョンの匂い。林先生の死の匂い。こんなの、アバターじゃ感じない。

 そのおかげで、僕はダンジョンの中に生身でいるのだということを嫌というほどわからされた。

 これからどうすればいいんだろう……?

 そんな中、最初に動いたのはユキノさんだった。


「先輩。まずはダンジョンの外に出ませんか……?」


 一向に動こうとしない僕たちに、ユキノさんが手をあげてそう提案をした。


「モンスターがまた来る前に。」

 

 確かにそうだ。

 アバターに換装できるエリアは限られている。

 またモンスターに襲われる前にダンジョンから出なければ、今度は僕らが林先生のようになりかねない。

 それに考えたくもないけれど、先生を刺した殺人犯がどこかに隠れているかもしれない。


「そ、そうだな……。ここじゃアバターに戻れねえし。」

「ユキノちゃんの言うとおりかも……。」

「ああ。脱出用スキルを使えば出られるよな……?」


 タツキ先輩もアカネ先輩もシンゴ先輩も、ユキノさんの意見でまとまりかけていた。

 しかし、意外にもヒメコ先輩が反対をした。

 

「待って。今動くのは危ないと思う。誰か他に探索者が来るのを待とうよ。」

「ヒメコ?」

「先生だってこのまま置いていけないよ。」


 それはそうかもしれないけど……。


「……たしかに、ヒメコが言うのも一理あるか……? モンスターもあの感じなら、また来ても倒せるしな。ははは。」

「え……?」


 タツキ先輩の意見があっさり覆り、ユキノさんが困惑した顔を見せる。

 いやいや、タツキ先輩、マジで言ってるの?


「あの……。僕はユキノさんの意見に賛成します。帰れるなら帰った方がいいと思います。先生を刺した犯人だって、まだどこに隠れているかわかりませんし。」

「はは。生身つっても、俺らは今、武器も持ってるんだぜ? なんだ、アユム、恐いのか?」

「え、ええ、まあ……。」


 この状況でモンスターとまた戦うなんて冗談じゃないよ……。体が弱い僕はとてもじゃないけどこのまま生身でモンスターと戦い続けるなんてできない。

 それなのにどうやら先輩たちは、生身の戦闘でもアバターの時と同じように戦えるという感触を持ったみたいで僕は驚いた。


「ったく、そんなんでダンジョン探索できるのかよ。ダンジョン部は筋トレや走り込みが活動の大半だからな。体力ないと続かねえぞ。はははは!」

「ええ……?」


 確かにアバターを自由に動かすコツは日頃から運動をすることだという人もいる。自分の体を自由自在に動かす感覚がそのままアバターの操作に直結するからだ。

 よく観察すれば先輩たちの体は意外と結構しっかりしている。筋トレをしてるのも本当だろうし、元々運動が得意なのかもしれない。

 でも何よりも大事なのはダンジョン内での経験だと、僕はダンジョン塾の師匠から教わっていた。


「……走り込みならアバターでやった方が効率的じゃないですか?」

「おいおい、アバターはダンジョンじゃなきゃ使えないだろ? ダンジョンに入ったら戻るのに数時間はかかるんだよ。そんなに頻繁に入れねーよ。月一くらいだな。今日は特別だ。はっ。勘違いしたか?」

「……そんなんだからランクも上がらないんじゃないですか?」

「ああん?」

 

 僕に向かってタツキ先輩が凄んでくる……。

 生身で体格差のあるタツキ先輩が相手では僕に勝ち目はない。

 考えてみればダンジョンまでの数キロを荷物を持って歩いて移動する人たちだった。

 脳筋……。

 効率よりも自分の慣れたやり方に固執して思考停止している。

 僕はユキノさんを見た。

 ユキノさんは不安そうな顔で僕の顔を伺う。

 そうだ。ここで引くわけにはいかない。

 ユキノさんは今日が初めてのダンジョンなんだ。せめてユキノさんだけでも帰してあげないと……。


「ユキノさんは帰してあげてくれませんか?」

「なんだ、さっきからよ。俺の決定に文句あんのか、アユム?」


 なんでそうなるんだよ。僕とユキノさんを巻き込むなよ……。

 

「……人が一人死んでいるのに、ダンジョンに慣れすぎた僕らには人の死体も接続が切れたアバターが転がっているようにしか見えてない。Dランクだから危険は低いなんて勝手に思っている。そんな保証はどこにもないのに。」

「んん?」

「ユキノさんの感覚は正しいと思います。今、僕らは命の危険があるんです。正しく状況を認識できていないのは先輩たちの方だ。」

「なんだと?」


 僕を睨み付けるタツキ先輩と、じっと僕を見つめるヒメコ先輩。

 僕とユキノさん、ヒメコ先輩とタツキ先輩。二対二の構図。

 

「アユムくん……。」

「うん。ユキノさん、僕に任せて。」


 こういう時、僕は絶対に引かない奴だ。

 最悪、僕らだけでもスキルを使ってここから抜け出してやる。



 緊張した状態を破ったのはヒメコ先輩だった。


「ご、ごめんね。私が変なこと言っちゃったせいで。うん、そうだね。ユキノちゃんの言うとおりかも。みんなで帰ろっか。」


 その一言を聞いてようやく、僕らの様子を見ているだけだったアカネ先輩とシンゴ先輩がうろたえながらも口を開いた。


「タツキ先輩。やっぱ俺もこの状況でいるのは無理っすよ……。なあ、アカネ?」

「そ、そうですよ……。林先生だってこのままにしとくのは申し訳ないですけど、はやく外に出て警察を呼んだ方が……。」


 シンゴ先輩とアカネ先輩もどうやら本当は帰りたかったのに言えなかったようだ。

 よし、さすがにこの状況ならタツキ先輩も折れるしかないだろう。


「なんだよ、お前ら。そろいもそろって先輩に楯突くのか?」

「そうじゃなくて。冷静になってくださいってことっす。……またあんなことがあったら——」

「シンゴ……!」

「わ、悪い、アカネ。」

「……ちっ。」


 タツキ先輩が舌打ちをして、乱暴に自分の髪を掻きむしる。

 あんなこと……?


「わかったよ……。」


 なんだか重い沈黙が先輩たち四人の間に流れて、僕は少し違和感を感じた。

 まあ、ダンジョン内で生身に戻されて、人も一人死んでいるのだから冷静になれないのはわかるけど、それにしたって様子がおかしい。

 何か隠しているような……。


「……それじゃ、みんな。緊急脱出用スキルを使うぞ。準備しろ。」

「はい。」


 タツキ先輩が丸い玉を取り出して言った。

 僕たちもそれにならって玉を取り出す。これが緊急脱出用スキルを使うアイテムだ。

 今日はこれを一人一個持ってきていた。

 ユキノさんもほっとしたような顔をしている。


「スキル『脱出』発動。」


 スキルが発動し、僕らは光に包まれて、次の瞬間には景色が変わっていた。

 たしかに見覚えがある。ここはダンジョンの最初のエリアだ。スキルは問題なく発動した。

 スキルはダンジョン内でしか使えないから、移動できるのはダンジョンの中だけだ。

 だから厳密には脱出ではなく最初のエリアに戻るスキルということになる。


「あれ? ちょっと待って!?」


 アカネ先輩が最初にそれに気付いて声をあげた。

 僕もその光景が信じられなかった。

 ダンジョンの入り口の扉が閉められている……。


「え? これじゃ外に出られなくない?」

「な、なんで閉まってるんだよ!?」


 慌てたタツキ先輩が扉へぶつかるように両手をあてて強く押したが、ダンジョンの扉はビクともしなかった。


「……私たち、閉じ込められたの?」


 ヒメコ先輩もダンジョンの扉に近寄ってどうにか開けられないかと調べ始める。

 二階建ての屋根くらいまで高さのある重厚なダンジョンの扉だ。

 いや、どう見たって押したくらいじゃ開きそうもないよ……。


「ねえ、アユムくん。ダンジョンって他に出口はないの?」


 ユキノさんが僕に聞いた。

 他の出口……?


「あ……。あることはある……。ダンジョンのボスを倒せば、その後は最初のエリアじゃなくて、正真正銘のダンジョンの外に転送されるんだ。」

「……そうなんだ。でもそれは難しそうだよね。」

「うん。今の僕らには危険すぎる……。」

「私たち、大丈夫だよね……?」

「え? ……うん。きっと大丈夫……。」


 本当に、大丈夫か……?

 アカネ先輩とシンゴ先輩が口々に言う。


「嘘でしょ……。私、この後、彼氏と会う約束があったのに……!」

「俺だって、バイトのシフトが入ってたんだぞ……。」


 しかし、その声には力がない。

 先輩たちも僕と同じように感じているに違いない。

 ダンジョン事故で一番多いのは遭難。その多くは高ランクのダンジョンに挑んだことが直接的な原因ではない。ダンジョンが急に人間に牙を剥いたからだ。

 ダンジョンがなぜこの世界に現れたのか、ダンジョンは何者によって作られたのか、まだ解明されていないことは多い。ダンジョンは人間がコントロールできるものではないと言う人もいる。事実、未踏破の高ランクダンジョンは今もその姿を変え続けている。

 ダンジョンでの遭難の生存確率は二十四時間を過ぎると三十パーセントを切る。

 このまま助けが来なかったら……?

 絶望……そんな言葉がふと脳裏をよぎる。


「アユムくん……?」

「あ、いや……。」

「私、アユムくんが大丈夫だって言うなら信じるよ。」

「ユキノさん……。」


 大丈夫……。

 ユキノさんの言葉で、不思議と僕は気持ちを持ち直していた。

 そうだよ。僕が大丈夫って思わないでどうするんだ。

 僕はアバターを取り上げられて、いつもの弱い生身に戻されて、知らないうちに不安に飲まれていたんだと思う。


「ごめん。ユキノさん。」

「え?」

「僕、ちょっと弱気になってた。」


 そうだ。未踏破のダンジョンなら遭難の生存確率は低い。

 でもここは未踏破じゃない。踏破済みのDランクダンジョンのはず。

 まだ僕にも何かできるはずだ。

 重厚な扉をじっと観察する。

 中からは開かない扉も外からなら開かないだろうか。

 問題はここに僕たちが閉じ込められていると外に知らせることができるかどうかだ。

 僕はこっそりと脳内で接続されているコンに話しかけた。

 

「……コン。外に助けを呼べないかな?」

『うーん……。すみません、アユムさん。ダンジョンの外との通信は遮断されているようです。』

「通信遮断……? そんなこと、いったい誰が……。」

『そうですね。ダンジョン内部のことであればもう少し調査することができそうですが……。』

「わかった。コン。少し調べてみて。」

『はい。任せてください、アユムさん。』

 

 急に生身に戻されたかと思えば、林先生が殺されて、ダンジョンの扉は閉められ、外との通信は遮断されている。

 でもこれでわかった。

 ダンジョン内の通信設備はダンジョンのものじゃない。人間が後で取り付けたものだ。ダンジョンが通信設備に干渉したなんて聞いたことがない。

 こんなの、誰かが意図的にやっているとしか思えない。

 僕ら以外のいったい誰が……?

 そういえば、このダンジョン内、僕らの他に探索者はいなかったのだろうか?


「うおおおお、もっと押せえ、シンゴ!!」

「はいっ!! タツキ先輩!!」


 扉の方では、タツキ先輩とシンゴ先輩がまだ扉と格闘をしていた。

 ヒメコ先輩とアカネ先輩も心配そうに見守っている。

 とりあえず、コンが調べてわかったこと、先輩たちにも共有しなきゃ。

 僕が先輩たちの方に歩みを進めようとした時、ユキノさんが僕を止めた。


「ちょっと待って、アユムくん。」

「どうしたの? ユキノさん。」

「……誰か来る。」

「え?」

「私、耳がいいからわかるの。」


 ユキノさんは扉との反対側、ダンジョンの奥の方を見つめた。

 ……確かに、耳を澄ますと足音が聞こえてくる。

 僕は緊張してその正体を見極めようとした。



 ダンジョンの奥から僕らに近づく影。

 それは三つの影となり、扉の前にいる僕らに気付いたのか立ち止まった。

 ……なんだろう、このシルエット。見慣れているような。でも胸騒ぎがするような……。


「あれあれ!? 扉閉まってない!? ねえ、どうして、どうして!?」

「アユム。こんなところにいたんだ。」

「うーん。これはいったいどうしたことでしょう? アユム。何があったんですか?」


 その三つの影は、嫌というほど聞き慣れた声で僕の名前を呼んだ。

 ああ……なんでこんなところに……。

 ユキノさんが怪訝な顔で僕に聞く。


「アユムくん。……知り合い?」

「うん……学校の先輩で……確か華道部。」

「華道部?」


 九藤キリコ。ダンジョンの奥から現れたのは華道部で僕のダンジョン塾の先輩、幼いころから僕をいびっていた僕の天敵。なぜ、ここに?

 キリコと一緒にいる二人ももちろん知ってる。っていうか忘れようがない。ストレートの黒髪で澄ました顔してるのが高井リン、眼鏡をかけてニヤニヤしているのが斉藤ミヤビだ。この三人はダンジョン塾でもいつもパーティを組んでいた。


「キリコ、どうしてここに?」

「それがね、ダンジョンの中で急にアバターを解除されちゃったから、しょうがない、戻ろうってことになって!」

「まだそれほど進んでなかったからね。」

「どうやらアユムたちも同じ状況のようですね。」


 いや、そういうことじゃなくて。

 キリコたちはAランク探索者なんだから、Dランクにいるのはおかしいだろ。

 リンがキリコに耳打ちする。


「……よかったね、キリコ。愛しのアユムにちゃんと会えて……。」

「そっ、そんなんじゃなくて……! 私はただ、Dランクもたまには配信しようかなって思っただけで……!」


 ミヤビがキリコの肩に手を置いてささやく。


「……あら、そうでしたか。私はてっきりアユムのストーカー……。」

「ミヤビちゃん、ストップ! 何を言おうとしているのかわからないけど、それ以上はストップ!」


 慌てたキリコがミヤビの口を塞いだ。

 聞こえないけど、何をコソコソ話しているんだよ……?

 はぁ……。僕は呆れてため息をついた。

 っていうか、僕らのこと完全に放置だよね?


「……アユムくん。……紹介してくれる?」


 隣のユキノさんが少しムッとしたような声で言った。

 ほら、ユキノさんも怒ってるじゃないか。



-------------

 登場人物


 天童アユム……Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

 白神ユキノ……Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

 成澤タツキ……Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

 厚田ヒメコ……Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

 水野シンゴ……Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

 日崎アカネ……Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

 林先生……ダンジョン内で死亡。

 コン……アユムをサポートするスーパーAI。アユムの指示でダンジョン内部を調査中。

 九藤キリコ……高校二年生。華道部。アユムの幼なじみでダンジョン塾の先輩。なぜかDランクダンジョンで遭遇。Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

 高井リン……高校二年生。華道部。アユムの幼なじみでダンジョン塾の先輩。キリコのパーティメンバー。Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

 斉藤ミヤビ……高校二年生。華道部。アユムの幼なじみでダンジョン塾の先輩。キリコのパーティメンバー。Dランクダンジョン内に閉じ込められる。

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カクヨムコン10に参加しています!
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