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さて。この街のDランクダンジョンは洞くつ型らしい。

 さて。この街のDランクダンジョンは洞くつ型らしい。

 ダンジョンの入り口は二階建ての家の屋根くらいの高さまである大きなほら穴だ。

 街の中心地からは少し離れたところにあって、砂利敷きの小さな駐車場から少し奥に入ると金網で囲まれた入り口が見える。

 白地に黒のペンキで『Dランクダンジョン入り口』と書かれた看板が立てられていて、あんまりにも素朴な佇まいに苦笑したけど、更に奥に入ると人工物とは思えない強固で大きくて重圧感のある扉が開かれていて空気が一変する。

 そうだ。この先は恐ろしいモンスターたちが生息するダンジョンなんだ。



「行くぞ。」


 タツキ先輩とシンゴ先輩が先導してダンジョンの扉をくぐる。

 ダンジョンの中の壁は岩をくりぬいたような質感で、床は土が固められたような感じだった。

 壁には等間隔でLED電灯が付けられていた。

 ま、こういうところが踏破済みのダンジョンなんだよねー。現代ではダンジョン探索はあくまでレジャーである。

 モンスターと戦う時は分身であるアバターを使い、能力はダンジョンの装備やスキルで強化も可能。

 でもだからって危険がまったくないわけではない。

 毎年、何人かはダンジョンで亡くなる事故が起きてニュースになっている。

 その多くはアバター無しで探索に入った人だったり、遭難してしまった人だったりする。特に遭難はやばい。アバターのまま戻れなくなったら元の体はそのまま衰弱するしかない。

 だから、ダンジョンに入る時は緊急脱出用スキルの携帯が義務化されていた。



 ダンジョンに入って、最初の曲がり角を曲がったところで僕らは小型のコウモリ型モンスター『バット』と遭遇した。


「来たぞ! 構えろ!」

「はい!」


 タツキ先輩のかけ声でシンゴ先輩が盾を構えて、アカネ先輩が短剣をバットに向けて投げた。


「えいっ!」


 しかし、アカネ先輩の投げた短剣は宙を切り少し離れたところに落ちた。


「おい、何やってんの!?」

「ごめーん!」


 シンゴ先輩がアカネ先輩の短剣を拾いにいき、バットに背を向けてしまったところを攻撃を受ける。


「あ、痛っ!」

「バカ! 油断するな!」

「すみません、タツキ先輩!」


 タツキ先輩がすかさず、剣が届く高さまで降りてきたバットを斬りつけてやっと一体を倒すことができた。

 うーん。ぐだぐだ過ぎる……。

 このパーティ、遠距離攻撃できる武器を持ったメンバーがいないんだな……。

 そんな前衛三人の様子を、僕の横にいたユキノさんがどうしたらいいかわからないという様子で見ていた。

 まあ、新入部員の僕らは別に戦闘は期待されてないと思う。

 しかしこのまま見ていても埒が明かないよね。

 前衛三人がバットに向かって届かない武器を振り回している。

 こういう時はスキルを使うものだと思うのだけど。

 攻撃態勢に入っているバットはあと二体……いや三体か。

 はぁ。しょうがない。

 僕の持っているスキルなら遠距離の範囲攻撃が可能だ。元々ソロプレイが多いので、効率的に敵を倒せるようなスキルを優先して取得したのだ。

 僕はスキル発動のため剣を構えようと一歩前に出た。僕の得意の風属性スキルをお見舞いしてやる。

 と、その時、僕の後ろからボワッと炎の塊が出てバットめがけて飛んでいった。

 え? 火炎スキル?

 炎の塊がバットの一体にあたり、バットが火だるまになる。


「ナイス! ヒメコ!」


 こちらを向いたタツキ先輩が叫んだ。

 僕も後ろを振り向くとヒメコ先輩がバットに向かって手をかかげていた。

 へえ。ヒメコ先輩、そういうスキルを持ってるんだ……。

 ヒメコ先輩が持つムチの武器に火炎スキルは無いはずだから別の装備かな?

 僕が考察しているうちにヒメコ先輩はもう一匹のバットにも火炎スキルを打って見事に倒した。


「すごいですね。ヒメコ先輩。」

「えへへ。ありがとう。新入部員は私が守るから安心してね。」

「はい。」


 僕が素直に感心するとヒメコ先輩も笑顔で答えた。

 なるほどね。なんとなくこのパーティのレベルがわかった。

 僕の横にいたユキノさんは初めてダンジョンでのバトルを間近に見たためか緊張した面持ちだった。

 ユキノさんが僕に聞いた。


「あれって……死んだの? 殺した?」

「あ、うん。殺したっていうか。モンスターを倒したって感じかな? ほら、見てて。」


 地面に落ちて燃えていたバットがやがて煙のようになって消えていく。

 ダンジョンのモンスターは死体が残らない。その代わりにダンジョンのお宝をドロップすることがある。


「消えた……。」

「うん。ダンジョンのモンスターは生き物とは少し違うんだ。」

「そうなんだ……。」

「だから、気にしないで……っていうのは無理かもだけど。」

「ううん。……慣れないといけないんだよね?」

「……うん。」


 モンスターを「倒した」じゃなくて「殺した」か。うーん、それが普通の反応かもね。小学生からダンジョンにもぐってる僕はモンスターとの戦闘が当たり前になってしまっていた。

 確かにそれが嫌でダンジョンには入りたくないって人はいる。

 でも、できればユキノさんにはダンジョンを嫌いになってほしくないなぁ……。

 そんなユキノさんの様子に気付いたヒメコ先輩がすかさずフォローを入れた。


「大丈夫? ユキノちゃん?」

「あ、はい……。」

「無理しないでね?」

「……大丈夫です。」


 おや? そう答えたユキノさんの目は強く、何かを見据えているように思えた。

 まるで決意に満ちているような。

 そういえばなんでユキノさんがダンジョン部に入ったのか理由を聞いてなかった。


「ユキノさん。あのさ——」

「アユムくん。私、大丈夫だから。」

「あ、うん。」


 そう言うとユキノさんはヒメコ先輩と一緒にタツキ先輩たちのところに行ってしまった。

 うう。聞きそびれた……。

 あれ? そういえば何か忘れてない?

 少し離れたところにいるタツキ先輩たちは、倒したバットが何かドロップしていないか確認しているようだ。

 僕は洞窟の天井を見渡す。


「モンスター、もう一体いたよね?」


 あ、いた。

 一体のバットが天井からドロップに夢中になってる先輩たちに狙いを定めている。


「はぁ……。詰めが甘すぎない?」


 僕は剣を構えてスキルを発動した。

 狙いはもちろん残った最後のバットだ。


「スキル『風車』発動。」


 僕の剣から風属性の刃がバットめがけて飛んでいく。

 ギャアッと風の刃が当たったバットは小さく悲鳴を上げて、地面に落ちる前に煙になって消えた。

 空飛ぶモンスターには風属性ってね。

 みんなはそんなものには気づきもせずにわいわいと楽しそうにしている。

 はぁ、とまたため息。

 まあDランクじゃ緊張感の持ちようもないか。

 僕もみんなのところに向かって歩きかけた。


「お、やるなぁ。天童。」

「!?」


 急に後ろから林先生の声がしたので僕はビクリとした。


「い、いたんですか、先生……。」

「ふっ……いいよな。若いうちだけだ、こういう青春を楽しめるのはな。天童ももっと輪に入れよ。後悔するぞ。」

「は、はぁ……。」


 どうやら顧問の林先生は後方からダンジョン部を見守るポジションらしい。

 若いうちって……林先生、何歳なんだろ? 三十代? 四十代?



 その後のダンジョン探索もだいたい似たような感じで進んだ。

 獣型の『ラット』や『ドッグ』ならシンゴ先輩が盾で止めている間にアカネ先輩とタツキ先輩が剣で倒す。

 虫型の『ビッグアント』や『バット』はヒメコ先輩がスキルで焼くのがメインの戦略だ。

 ここのダンジョンは『スケルトン』や『ゾンビ』みたいな人型は出ないようだ。

 出現比率は獣型が八割くらい。

 だからこのパーティ構成にしているのかな。


「ヒメコ先輩。スキル使えるのはヒメコ先輩だけなんですか?」

「あ……そうね。以前はもう一人いたんだけど……。」

「そうなんですね。」


 ふーん。もう一人ね。卒業したか退部したのか。

 先輩たちダンジョン部のパーティバランスが悪い理由ってそういうこと?


「おう! だから期待してるぞ、新入部員! スキルを使えるようになってくれ!」


 僕らの会話を聞いていたタツキ先輩が僕とユキノさんに向かって言う。


「あ、はい。」


 いや、スキルはもう使えますけどね。



 ……ダンジョンに入って一時間くらいかな。

 階を下りて、今は中間地点くらいだろうか。

 ダンジョン探索のペースとしては遅い。

 アバターだから疲れは感じないけれど、今日このままボス戦までいくのはキツいんじゃないかな……。

 特にユキノさんはダンジョン自体、今日が初めてなのだし。


「ヒメコ先輩。今日はどこまで行くんですか?」

「そうね。もうこんな時間なのね。——タツキくん、ちょっといいかな!?」

「どうした? ヒメコ?」

「このペースだとちょっと……。ほら、時間が……。」

「あれ、おかしいな? ボス戦まで行きたかったんだけどな……。」

「どうするつもり?」

「そうだな……。」


 僕らはダンジョン内の少し開けた空間にいた。

 タツキ先輩とヒメコ先輩があつまって話合っているのを、少し離れてシンゴ先輩とアカネ先輩が見ている。

 僕は隣のユキノさんに声をかけた。


「どう? 初めてで疲れてない? ユキノさん。」

「……ううん。これ、アバターっていうの。全然疲れてないよ。私はまだ大丈夫だけど、アユムくんは疲れたの?」

「あ、……うん。」


 主に精神的な疲れがね。


「おーい、集合!」


 タツキ先輩とヒメコ先輩の話がまとまったみたいで、タツキ先輩が手をあげてみんなを呼び寄せる。

 やれやれ、やっと終わるのかなと思って一歩踏み出そうとした瞬間。

 地面が大きく揺れたような感覚に陥って目の前が真っ暗になった。

 え? え? え?

 何が起きた?

 僕は混乱する頭を必死で動かしてこの事態を理解しようと努めた。

 モンスターの攻撃? ダンジョンのトラップ?

 いや、Dランクダンジョンにトラップはないはず。

 待って。この感覚って……。


『アユムさん、危ない!』


 ハッ!?

 突然頭の中にコンの声が響く。

 僕は目を開けて咄嗟に手に持った剣を掲げた。

 ガキンッと剣に何かが当たって、手に衝撃が伝わる。


「いったい、何が!?」


 僕の剣に弾かれた犬型のモンスター『ドッグ』が少し離れたところで唸っている。

 モンスターの襲撃!

 僕は剣を構える。

 え? 重い。剣が重い!

 いや、今は目の前のモンスターを……!


「アユムくん!」

「ユキノさん!?」


 声の方を振り向くとユキノさんが僕の方に駆け寄ろうとしていた。

 その声に反応してドッグの狙いが僕からユキノさんに変わってしまう。

 ドッグは向きをかえてユキノさんめがけて飛びかかろうとしている。


「あっ!」

「ユキノさん!」


 助けなきゃ!

 僕はユキノさんを庇うように前に出た。

 くそっ、さっきからなんなんだ!? 体がデバフを受けたみたいに重いんだけど!

 なんとか間に合って、また剣でドッグの攻撃を受ける。

 すごい衝撃だ!

 Dランクのモンスターがこんな強いわけないのに!


『アユムさん! 気をつけてください!』

「コン!? なんで接続が!?」

『今、アユムさんの体は生身に戻っています!』

「え!?」


 たしかにそうだ。僕もユキノさんも装備の下の服が制服に戻っているし、この体の重さはアバターじゃなくて生身だから……!

 さっきの暗転した感覚。思い出した。アバターから生身に戻る時の……。

 いや、ってことは生身でモンスターを倒さないといけないってこと!?

 ドッグは僕らが生身だからって見逃してはくれなさそうだった。

 むしろ凶暴性が上がっているように見えるのは気のせいだろうか。


「でも、やるしかない。」


 僕は目の前のドッグに向けて剣を構えた。

 生身の体じゃ肉弾戦で勝てる気がしない。

 スキルを使うしかない。


「スキル『風斬り』発動!」


 剣から風の刃が飛び出し、ドッグに一太刀を浴びせる。


「うわっ!」


 通常の攻撃スキルがこの威力……!

 僕は衝撃で後ろに吹き飛ばされる!


「アユムくん! 大丈夫!?」


 吹き飛ばされた僕の背中を支えてくれたのはユキノさんだった。

 そういえばユキノさんの元の体はサイボーグなんだっけ。

 女子に難なく支えられて少し傷ついたけど、そんなこと気にしている場合じゃなかった。

 辛うじてドッグは僕の放ったスキルによって倒せたようで霧になって消えていった。危なかった……。


「先輩たちは?」


 やっと周囲の様子に気を配る余裕ができた僕は、少し離れたところで同じようにモンスターを撃退しているタツキ先輩たちを見た。

 やっぱり先輩たちも制服に戻ってる。

 なぜかみんながいっせいに生身に戻されてしまったみたいだ。


「アユムくん、何が起きてるの……?」

「僕にもわからない……。」


 こんなこと、ダンジョンのトラップではありえない。

 アバターの故障? スキルの誤発動?

 いや、原因を考えるのは後でもいい。

 早くモンスターを撃退しないと……。


「タツキ先輩! ヒメコ先輩!」


 獣型モンスターの群れなら先輩たちの装備でもまだ戦える。

 実際に先輩たちは襲ってきたモンスターたちを生身でも倒せたようだ。

 それなら早く次のモンスターたちが現れないうちに体勢を整えて——。

 僕たちの呼び声に気付いてこちらを見たタツキ先輩が、目を見開いて叫んだ。


「う、うわあああ!」


 続いてヒメコ先輩も悲鳴をあげる。


「きゃあああ!」


 え? 何?


「ア、アユムくん!」


 隣のユキノさんも声をあげ、僕の腕を叩いて何かを見るように指さした。


「……え?」


 ユキノさんが指さす先。

 僕らの後ろに倒れている人影。

 血を流している男性……。


「林先生……?」


 林先生が血だらけになって倒れていた。

 モンスターに襲われた?

 首元から一番出血しているように見える。


「うわあああ! 嘘だろ!?」

「いやああああ!」

「なんで!? どうなってるの!?」


 先輩たちが次々に叫ぶ。

 僕はというと、林先生の死体を前に全く現実感を失っていた。

 悪い冗談のように思われた。

 本当は目の前の林先生はアバターで、死んだふりをしてからかっているのではないか。

 いや、アバターから血が出るわけがない……。

 ユキノさんも僕と同じように倒れている林先生をジッと見ている。

 やっぱりユキノさんもショックを受けてるんだろう……。

 しかしユキノさんはボソリと僕にだけ聞こえるような声で言った。


「アユムくん、あれ見て……。先生の手元……。」

「……ナイフ?」


 虚ろな目をした林先生の手は、出血の多い首ではなくお腹のあたりにおかれており、そこには見覚えの無いナイフが刺さっていた。


「……これってモンスターがやったの……?」

「いや、このダンジョンにナイフを使うモンスターはいなかった……。」

「じゃあ、先生は誰かに刺されたってこと?」

「……え?」


 誰かにって……、先輩たちは先生からは離れていたし、ナイフもアカネ先輩の短剣とは形が違う。僕が見た限りでこんなナイフを装備している人はダンジョン部にはいない。

 でもこれは明らかにモンスターの仕業じゃない。

 林先生は誰かに腹をナイフで刺された後にモンスターに襲われて絶命したんだ。

 

「ユキノさん、つまりこれって……。」

「うん。殺人事件かもしれない。」


 ユキノさんが冷静に告げる。

 そんな嘘でしょ……?

 楽しいはずのダンジョンでこんなことが起きるなんて……。

 


-------------

 登場人物


 天童アユム……装備、Dランクの片手剣、火鼠の軽装。スキル『風車』『風斬り』。

 白神ユキノ……装備、鉄のメイス、軽い金属で出来た胸当てと小手。

 成澤タツキ……装備、Cランクの大剣。鋼鉄の鎧。

 厚田ヒメコ……装備、革のドレス、鉄製のムチ。炎系のスキル。

 水野シンゴ……装備、片手剣、大型の盾。

 日崎アカネ……装備、短剣、動きやすそうな軽装。

 林先生……生身でモンスターに襲われ、出血多量で死亡。

 コン……アユムをサポートするスーパーAI。アユムが生身に戻ったことで接続が戻る。

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