1.出会い
目を覚ますと、視界の先には現代ではあまり見ることのできない巨大な都があった。
自分の周りには巨大な畑が広がっているものの、人の気配はない。
「俺・・・どうなったんだっけ・・・」
頭を悩ませること数分、ようやく俺はなぜここにいるのか、ということを思い出すことができた。
謎の女にいきなり助けを求められ、歴史の改変をふせぐために過去に来たんだったっけか。
しかし、肝心の「何をすればよいのか」が全く分からなかったため。もう一度頭を悩ませることになってしまった。
その時、頭の中に一つの声が響く。
(時雨・・・聞こえてる?)
この声は・・・
「あの女か?」
(あの女ってなによ。・・・あれ? 名前言ってなかったっけ? なら教えておくわ。私の名前は凪。覚えといて)
「凪・・・か。わかった。で、一つ聞きたいんだが、どうやって俺の脳内に話しかけてるんだ」
(能力の効果によるものね。原理は詳しく分からないんだけど、過去に飛ばした人の脳内に直接話しかけられるっぽい)
どういうことなんだよ・・・。と、心の中でつっこみつつ、凪に更なる質問を投げかける。
「そういえば、どうすれば歴史の改変を防ぐことができるんだ」
(それは今から説明させてもらうわ)
(それぞれの時代には、その時代の軸となるもの、すなわち主人公のようなものがいるの。時代の主人公となるものがいて、その周りで様々な出来事が起きて、そうやって歴史は作られてきたのだけど・・・)
(敵は、その人物を殺したり、その周りに影響を与えることで、自然と今ある未来を壊そうとしてるみたい)
(それで、時雨にやってほしいのは、時代の軸が殺されないようにすること。それと、敵が時代に与える影響を最小限に抑えること。お願いできる?)
「了解した」
ふむ。
となれば、軸となった人物を護衛するだけでいいのか。
なら思ってた以上に簡単な任務となるのかもな。と思ったが、軸が誰なのかで、難易度が大きく変わることに気づいた。
「ちなみに、この時代の軸ってのはだれかわかるのか」
(いや、それは分からない。ただ、今回の任務の内容は「時代の軸が一人も死亡することなく、いわゆる飛鳥時代が始まること」ね)
前言撤回だ。
この任務の難易度は今までの比ではないくらい高い。
主な原因は、守るべき対象がわからないこと。
俺自身、菜乃花の人間として日本史の知識はかなりあるが、人物間の深いつながりはあまりわからない。
さらに、凪の口ぶりから察するに、時代の軸はひとりではないらしい。
時代の軸が予想していた人物と異なっていた場合、その時点で歴史改変を防ぐのはかなり絶望的になるといっていいだろう。
「いや、やるしかないか・・・・」
(あ、言い忘れてた。過去の世界でいくら時間が経過しても、現代での時間は進まないから安心して)
(っていうのと、言ってくれれば、時間を進めることもできるから)
突然の「時間を進められる」宣言に、俺の頭は混乱する。
「まて、時間を進めるというのは・・・どういうことだ?」
(そのままの意味だよ。日本史を勉強してるならわかると思うけど、しばらく何も起こらない期間とかもあるでしょ?)
(そういうとき、私に言ってくれれば、君も動いたっていうていで時間を進められる)
「そういうことか。困ったときは、頼らせてもらおう」
(じゃあ、頼んだよ)
改めて、とんでもない能力だな。と思う。
人を過去に戻したり時を進めるなんて、普通はあり得ない。
怪しさは満点だが、それでも信用していくしかない。
俺は菜乃花の人間として、俺のやるべきことをするだけだ。
「さて、とりあえずの目標は、時代の軸となった人物を選定すること。それから、そいつに近づくことだな・・・」
実をいうと、あらかた予想はついている。
凪は、今回の目的は「飛鳥時代が始まること」と言った。
それはすなわち、推古天皇の即位を意味している。
つまり、推古天皇は確定とみていいだろう。
そして、飛鳥時代前期の中心人物である厩戸王、推古天皇即位に大きく関与した蘇我氏もほぼ確定とみることができる。
ならば、俺のすべきことは蘇我氏に近づくことだな。
そう考えていると、通りすがった男に声をかけられた。
頭には冠、上半身は袍と呼ばれる裾の長いゆったりとしたものを着用し、下半身には袴を履いている。
「おい、こんなとこで何をしている」
確かに、周りに誰もいない畑の中にひとりでいたらめちゃくちゃ怪しいよな、と思った俺は男に説明をする。
「実は、俺もよく分かっていないんです。気づいたらここにいて」
「それに、ほとんど何も覚えていないんです。覚えているのは名前だけで・・・」
苦し紛れすぎる。
説明する。とは言ったが、誰が過去に来ましたなんて言えようか。
「怪しいな」
そりゃそうだろう。
だが、このままだと俺にとって不利な状況になるのは確定だ。
いちかばちか頼んでみるか。
「このままでは飢え死んでしまいます。どうか、俺を都に連れて行ってもらえないでしょうか」
「ふむ・・・」
「わかった。お前を都に連れて行こう。ただし条件がある。」
「なんでしょう」
もしかしたら、奴隷にでもされるのだろうか。
少し心配になる。
「お前、俺の下で働け」
「へっ?」
はっきり言って、予想外だった。
それだけでいいのか? と心配になる。
「それだけでいいのか。って顔だな」
心のなかを読まれてしまったようだ。
「悪いが、楽な仕事ではないぞ。ここらの統治を手伝ってもらうわけだからな」
統治、という言葉に俺は反応する。
「すいません。名前をお聞きしても?」
「あぁ? ・・・まあいいか。俺の名前は平群臣神手だ」
臣・・・、やはりか。
率直にいって、過去にきて最初に出会う人物としては、最高レベルと言えるだろう。
なんせ平群臣というのは、この時代の氏姓制度において上から二番目の地位にあたり、機内に勢力を持つ有力豪族「臣」のうちの一つだからである。
「んで、どうするんだ。俺のとこに来るのか、来ないのか、どっちなんだ」
そんなの、答えは一つに決まっている。
「よろしくお願いします」
「いい返事じゃねぇか。よし、ついてこい」
「はい」
そういって、俺は平群臣神手についていく。
俺の過去での暮らしが、幕を開けるのだった。