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聖女マストダイ  作者: 深山セーラ
第一章 旅立ちの時
8/28

8 契約

 足は止まらなかった。城を出た時いつも通る道を逸れて森に入る瞬間はドキリとした。木が月明かりまでも遮るから、本当に何も見えなくなってしまう。


「はあ、はあ……」


 勝手に走り続ける足。しかし息は10分もすればすぐにあがってしまう。走りながらなんとか、震える手で剣を鞘に収めた。


 どこに向かってるんだろう……くまとかいたらどうしよう……逃げたら余計罪が重くなるよ……ぐるぐる考えている間も、あたしの足は走る走る。


 喉がひりひりして、必死に大きく呼吸をする。もういいでしょ? 休もうよ……


 あたしの提案を聖剣は無視した。その癖にあたしの体はこき使うわけだから、もうありえない。早く捨ててやりたい、こんな鉄クズ。聖女だなんだと言われていい気になってたのが悔しいよ……。


 そんなことを考えながらも、隆起した根を避けながら木の間を縫ってひたすら走る。しかし足をあげるのが次第につらくなってきた。


「は……ッ ! も、、しぬ……!!」


 体が発火しているのかというくらい熱かった。


 夜の冷えた空気も焼け石に水だった。


「あっ!!」


 それでも必死に走っていたら、何かに引っかかって派手に転けた。木の根かと思ったら、違う。しかもなんか、血なまぐさい。


 もっと、なにか、違うの……。


 ……こどもの頃、外で駆けずり回って遊んだあとダッシュしてきてそのままの勢いで玄関に寝転んだら、『心臓が止まるぞッッ!!』とおじいちゃんにマジ切れされたことと、


 ……数年前読んだ小説で、主人公が今のあたしみたいに暗い森の中を走ってたらなにかに転けて、見てみたら、生首だった。って場面があって、それたちをついつい思い出しちゃって震え上がる。


 うつ伏せの状態から、ゆっくりと両手で地面を押して振り向いたけど、もっと怖いのがいた。


 2m近くある、寝てる狼だった。 しかもまだあたたかくて、生きてる。


 余計に息が苦しくなった。


 ……思いっきり蹴っちゃったなー。 不可抗力だったんだけど。


『……女、甘えるな。立て。走れ。』


 なにこいつ。久しぶりに聖剣が喋ったと思ったらまた走れだってさ。しかし手足がじんじんして、ろくに動かない。もうお前の言うことなんか聞かないもんね!


 死を覚悟しながら狼を観察していたら、ゆっくりとまぶたを開いてあたしを見た。でもそれだけだった。唸り声なんかもなかった。


 目を凝らしてみたら、右の後ろ足を怪我してるみたいで、血が出てた。


 判断力が落ちまくり、終わりまくり、敗けまくり、な あたしは……なんとなく仲間意識を感じて哀れに思ったから、這って狼の所まで移動すると、狼のお腹を枕にするみたいに横向きに寝て、左手で制服のエプロンを外すと包帯代わりに巻いて縛ってあげた。


 狼の毛並みは全然綺麗どころか砂埃とかにまみれてて逆に汚かったし獣臭かったけど、そんなこと気にする余裕もない。


 状況が地に落ちまくっているから、些細な善行で心を温めるしかなかった。


『……呑気なものだな』


 うるさい、お前のせいだろ。ばか。こいつが人だったら絶対石投げてやってたのに。


 ああ、お風呂入りたい、服着替えたい。


 最後にそれだけ思って、眠過ぎて、寝た。






 お風呂入らずに寝るなんて清掃の資格勉強した時以来だった、ちなみに外で寝るのは今日が初めて。


 まだ狼は枕のままだった。木の葉の隙間から明け方の空の色が見えた。こんな所で安眠出来るわけないから仕方ないとはいえ、もうちょっと寝ていたかった。


『目が覚めたか』


 聖剣の声だ。改めて聞くと嫌になるほどいい声だった。むかつく。


「……お前、寝てないの?」


『剣が眠ると思うか?』


「……お城に帰りたい……」


『まだその時ではない』


 聖剣は淡々とあたしの言葉に答えた。あたしははらわたが煮えくり返るような気持ちだったけど、それよりもまだ眠かった。


「……どうしてこんなことするの、なんでルティナ様を狙うのさ……?」


 よれよれの声でそうなんとか問いかける。聖剣は握りこまれたあたしの右手にずっといた。このままじゃ右手のひらの皮膚が壊死しそうだと思った。


『……貴様には関係ない。ただ、一つだけ言っておく……私が狙うのはあの女だけではない』


 ……それって……ルティナ様だけじゃなくて、王様たちのこともあたしに殺させるつもりってこと?


「あたし……もうお前の言うことなんかきかないから」


『そうはいかんぞ。契約をした以上、貴様は私から逃げることはできん』


「契約なんて、いつしたっていうのさこの野郎! ……契約破棄よ、クーリングオフだから……!」


『……意味がわかって言っているのか?』


 聖剣は呆れたようにそう言った。喋っているうちにあたしもちょっと目が覚めてきてしまった。もう少し寝ていたかったのに……。


『まあいい、……契約のためには専用の紙か魔具が必要なことくらいはお前でも知っているだろう』


「魔具なんか今どき使わないよ……」


 契約用の紙がまだなかった昔は庶民も使ったそうだけど、今は式典とか儀式のときくらいしか魔具を使わない。


 こいつよくよく考えたら100年も倉庫に閉じ込められてた癖にやたら偉そうだよ。ほんと頭にくる。空いた左手をにぎにぎしていたら、あたしが枕にしてた狼がちょこっと動いてドキリとした。


『……だが今でも使えんことは無いだろう。私そのものが魔具の役割を果たし、貴様がそこに自らの血を付けた。それだけのことだ』


「え……あ、あれかぁ……!」


 血なんていつつけた? と思ったけどそういえば倉庫片付けてる時に陶器で指切っちゃって、その手で聖剣を触った記憶がある。最悪すぎる。詐欺ってか、罠でしょ……。


『昨日あの女を殺せれば良かったのだがな。助けが来てしまっては貴様の力では蹴散らせなかっただろう。……これからはしばらく身を隠して力を蓄えるしかあるまい』


 ……勝手に決めるなよ……。言いたいことは色々あったが、もう頭にきすぎてしばらく全部シカトしてやろうと思って口を閉じた。


 そして気がついたら二度寝していた。

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