8 依頼
しばらくするとストローが刺さったグラス入りのミルクセーキが2つ出てきた。
「……ご主人、これどーやって飲むんですかいのぉ? こう?」
「ストローついてんのに直で飲んでどーすんのよ! ほら、これでこう……」
あたしが実際にやって見せたら、ルークは納得したように頷いた。森にはストローなんか当然なかっただろうし、本日がストローデビューの日のようだった。
「あーーーおいし! ……で、話ってなんですか?」
「ま、そう固くならずに聞いてくれよ。……俺たちいつもここの酒場で仕事斡旋したり、領地の管理したりとか、そういうのが仕事なんだが……ちょっと前から俺たちのシマ荒らしてる奴がいるんだよな。そいつをちょっと懲らしめて欲しいんだ」
……え、この人達もしかして反社? ちがうよね? もしそーだったら健全のけの字もないよ。あとやっぱりシマアラシって動物の話ではないっぽい。
「……シマって……南の島、とかではないですよね? その荒らしてる人強いんですか?」
あたしがそう聞くと、ビクスさんはお酒を飲みながら首を捻った。
「そりゃそうだろ。普通の土地だよ、人も住んでる。荒らしてる奴は……強いには強いんだが、なんだか様子が変なんだ」
「変? ……そのシマ荒らしが変なのと、そのずっと飲んでるお酒と、なんか関係あるんですか?」
「ねえよ。俺は酒入ってる方が冴えてくるタチなんだ。……それで話戻すけど、どこが変かって言えば第一に目つきかな。なんか、理性? 人間らしさが消えたって言うか……それに、言葉もあまり通じなくなったんだ。前は普通に話せてたのに」
ビクスさんは人間らしさを理性と捉える系の人のようだった。……急に様子がおかしくなった人が領地を荒らしている。……うーーん、なんだろ。病気とかではないのかな?
昔読んだ本に、至って普通でみんなから好かれてた人が病に侵されていきなり気が狂ったような言動をとりはじめる……みたいなのがあったんだけど、それとは違うのかな。
「何度か話し合おうとしたし、無理やり立ち退かせようともしたんだが……全く歯が立たなくてな。嬢ちゃん、剣士なんだろ? もしよかったら手を貸してくれないか」
……聖女の次に冒険者ときて今度は剣士だって。実態に反してカッコよすぎるかも。所持金23円なのに。
「もちろん礼はする。……おい、サジ! あれ出せ!」
ビクスさんは急に、店の端っこの方でまだお姉さんと言い合いなんかしてたサジさんに話しかける。しかしサジさんはびっくりして目を丸くしたあと、動きを止める。
「……あ、兄ィ……こ、こげん所で困っど……」
ビクスさんが何を求めてるかはわかんないんだけど、サジさんは整った顔を赤く染めて目を逸らした。ビクスさんもそれに気がつくと耳を赤くして怒鳴り返す。
「お、おまッ、バカっ……! 客の前で何勘違いしてんだ! そっちじゃねえ! 金出せっつってんの! かーねッ!!」
「な、なんじゃ、そげんこっと……」
「……バカじゃないの?」
……そっちって何? なんか薄々わかっちゃうようなわかっちゃわないようなあたしの目の前で……お姉さんに悪口言われながらのサジさんは、慌ててズボンのポケットから封筒を出して投げた。バシッと音を立ててビクスさんの手の中に収まった封筒は、中身がぎっしりでだいぶ厚みがあった。
「……というわけで、報酬だ。嬢ちゃんがこの事件をなんとかしてくれればこれをやるよ。100万円だ」
「ひゃくま…………え、すごすぎ!!」
「……ご主人、これすげぇんかの?」
話に入れなくて一心不乱にミルクセーキ飲んでたルークが札束の封筒を見てそう聞いてきた。
「あったりまえでしょ! どれくらいすごいかっていうと……しばらくの間毎日3食欠かさずご飯食べられるくらいすごい」
「そーげー!? そがな天国みてーなこつ、まさがあんのけ!?」
「あるんだよ!」
あんな大量の現金、実物は初めて見る。これだけあればしばらくは食いっぱぐれなくて済むよ! ルークにも今までの分お腹いっぱい食べさせてやるから!
勢いでやります!! って言おうとしたら、ビクスがその前に口を開いた。
「……おっと、その前に詳細だな。ベリー、地図出せ」
……危なかった。なんにも聞かないで引き受けちゃうところだった。
「はいはーい」
あれ出せでは通じないと学習したビクスさんは、今度はお姉さんにしっかり主語ありで話しかけた。お姉さんはぴょんっと飛び上がりながら敬礼。うさ耳とデカい胸が同時に揺れた。