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聖女マストダイ  作者: 深山セーラ
第三章 酒場の流儀
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7 酒場

「……ご主人、これ、まさがだいじなんかのぉ……?」


 ルークが小声で耳打ちしてくる。田舎モン野生児のルークでも流石におかしいと思ったらしい。……えっと、『ほんとに大丈夫かな』って聞きたいのかな。


「……い、いや……どうだろ……。ってかさ、レイはなんで助けてくんないのさ!」


 あたしは口元を手で触るフリして隠しながら、レイに小声で怒った。


『……あの女、ただのキャッチではなさそうだ』


「え、それってどういう……」


 あたしたちを見てざわついてる人々に向かって、集団の一人が怒鳴った。


「せからしかッ! 兄ィが喋らるっで静かにせんか!」


 それなりにえらい人だったのか、みんなそれを聞いて静まり返る。


「サジ、そう怒るなよ。……ベリー、お前ずいぶん可愛いのを連れてきたな」


 ……苦笑しながら、さっき怒鳴った人をサジ、お姉さんのことをベリーと呼んだのは、ど真ん中のカウンター席に座っているハチマキの男だった。多分、この人が兄ィ。


 歳は20代後半くらい? 短く切った髪に、男らしいきりりとしたハンサム顔。しかし胸筋が浮き出るようなピチピチのトップスを着て、うっかり覗き込んだら隙間から足の付け根が見えそうなくらい短いズボンから、逞しい日焼けした足が伸びている。なんでこの店の関係者ってみんなこんなに露出してんだろ?


「でしょ~?」


 ベリー……お姉さんは得意げにしなをつくってみせた。その様子を見て不機嫌なのが一人。


「兄ィは別に褒めちょらん! ……そいよりはよこっちに来え!」


 ハチマキ男性の隣に座っていた……さっきみんなに怒鳴っていた男が、お姉さんに向かって文句を言った後、あたしたちを見た。


 染めているのか、横に分けて毛先を跳ねさせたちょっぴり長い金髪の生え際に黒い地毛が覗いている。ダボッとした長ズボンに、赤いシャツの襟を全部開けて胸とかお腹が全部見えている。こっちも負けず劣らずのスケベファッションで、甘いマスクを不機嫌そうにクシャッと歪めている。


「……いらっしゃい、嬢ちゃん。俺はビクスだ。……そっちのうさ耳はベリー。こっちの訛ってるのはサジ。その他大勢」


「その他大勢……」


 ビクス、と名乗ったハチマキの男が、ビビっているあたしたちを見かねて声をかけた。あたしとルークはお姉さんに促されカウンターそばのテーブル席に座る。


「あの……ここなんなんですか?」


 恐る恐る聞いてみる。


「見ての通り、酒場よ。なにか飲むでしょ? アタシのおすすめはねー……」


 酒場だったら『ちっちゃいコからおじいちゃんおばあちゃんまで楽しめる』って、嘘じゃん……。テーブルに置いてあったメニューを取るお姉さんの言葉を遮って口を開く。


「あたし、お金もってないんですけど……」


「……わいなんで金持っちょらん娘なんか連れてきたがよ」


 行儀悪く木の椅子の上で足を組んだサジさんが、そう言いながらジト目でお姉さんを睨む。お姉さんはキョトンとした顔であたしを見た。


「……え、ほんとに一銭たりとも持ってないの? てっきり断るための嘘かと思ってたわ。だってみんなそう言うんだもん」


「一銭たりとも持ってないことはないけど……ほら」


 あたしはポケットから23円出してテーブルの上に置いた。小銭5枚。みんな、逆にお金もってなさすぎなのがおもしろかったのか、どっと笑い出した。失礼な。


「おまえな……、服で判断しただろ?」


 ビクスさんが笑いを堪えながらベリーにそう聞く。あたしは小銭をポケットに戻した。


「しょ、しょうがないじゃない! だってこんなに仕立てのいい服着てるんだもん……お金もってると思ったのよ!」


 ……3日近く着替えてないんだけど、たしかにあたしの服は王城の制服なだけあってかなりの高級品だ。使用人の服とはいえ、多分城下の庶民の服より高いし、あたしが持ってる服の中でもこれが一番高価だと思う。


 だからほんとはお金持ってるんじゃないかって勘違いされたらしい。実際持ってたらよかったんだけどさ。


「……それにこのコ、剣持ってるし……シマ荒らしのこと、なんとかできるんじゃないかと思ったのよ」


「じゃっどんおなごやっど? そげん危なかこと……」


「そんなのやってみなきゃわかんないじゃない?」


「そげん軽う決めてよかことじゃなかやろ!」


「だからってほっとけないでしょ!?」


 何言ってるかわかんないけど挑発的な調子のサジさんに言い返すお姉さん。ビクスさんは始まった口論を見てため息。


 ……てか、シマアラシってなに? ヤマアラシの亜種的な? あたしが首を傾げていたらビクスさんが話しかけてきた。


「……悪いな。この2人と俺で三角関係でさ、ここ険悪なんだ」


 ビクスさんは苦笑しながら、言い合いしてる2人の間を指でちょいちょいと示した。……三角関係とかその他大勢とか、この人ちょっと変。おもしろいけど。


「ははぁ……」


「実は嬢ちゃんに頼みたいことがあんだ。決めるのは後でいい、聞いてくれないか?」


「いいですけど……」


「ありがとう。……なにか飲むか? 俺が出すよ」


 奢ってくれるんだ、らっきー。さっきお姉さんが取ろうとしたメニューを開いてルークに見せる……ものの、すぐに思い出す。


「……そっか、文字読めないんだっけ」


 ルークは無言で頷いた。


「そっちにはソフトドリンクしか載ってないんだ。……俺としてはブルーマーズがオススメだが、他に飲みたいのがあるならなんでも置いてるぜ」


 ……ブルーマーズって、お酒の銘柄かな? あたし19歳だし、まだお酒飲んだことないし、銘柄とかもわかんない。ビクスさんはカウンターに置いていたらしいグラスを手に取ると中身を一口煽った。


「こっちはともかく、あたし未成年なんで……」


 ……多分、ルークは20代前半くらいなんじゃないかなってあたしは思ってるんだけど、どーだろ?


「……嬢ちゃん、見たとこ19歳……と思ったんだが……違うのか?」


 ビクスさんと、言い合いしてた2人含めその他大勢はびっくりしているみたいだった。なんで?


「……ビクスの年齢予想、百発百中なのよ」


「外しちょっとこはいめっ見たな」


「……え、いや、合ってますよ。あたし今19歳……あ、そういうことか!」


 あたしはエスパダスの者だから19歳で未成年だけど、国が違えば法律も変わる。スクリプトル王都では成人年齢が18歳に設定されているから、すれ違いが生じてるっぽい。


「……エスパダスだとお酒20歳からなんです。あたしたち2人ともソフトドリンク希望で」


「そうか。なら決まったら注文してくれよな」


 ビクスさんは納得したように頷いて、あたし達に背を見せカウンターの方を向いた。あたしは隣に座っているルークの顔をちらりと見た。


「……ルーク、今いくつなの? 歳」


「さー……わかんねえけど、まず銀世紀2001年産まれじゃ」


「それは覚えてんだ……」


 ……まあ確かに歳数えなくても産まれ年さえ覚えていれば年齢はいつでもわかるし、合理的。今銀世紀2023年だから、22歳か。あたしは今19歳だから、2004年産まれ。


「んー……何飲もうかな。ミルクセーキにしよっかなあ。ルークは何がいい? なんでもいい?」


「おれご主人と同じのがええのぅ」


 あたしがメニューの文字列をなんとなくなぞりながら聞くと、ルークは頬杖をつきながらそう言った。


「わかった。……ビクスさん、ミルクセーキ2つ」

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