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聖女マストダイ  作者: 深山セーラ
第三章 酒場の流儀
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5 散髪

 ……メモには書かなかったし、口にも出さなかったけど、やることはもう一つある。なにかっていったら、聖剣を説得して復讐をやめさせることだ。あたしの復職がかかってるし、なによりルティナ様や王様たちに死んで欲しくない。


 聖女になってはじめての晩、あたしは聖剣に対して血が通ってなさそうだから説得なんてできないって思った。けど今はなんか違う気がする。


 ……こいつ実は数百年ぶりに倉庫から出たもんだから、密かにはしゃいでたりするんじゃないの?


 あたしにたいして文句は言ってくるけど、本当に一番に復讐を望んでいるなら、こんなに悠長にしてられないはずだ。別に復讐したいと思ってるのが嘘だってわけじゃないけど……。


 だから、帯剣して一緒に旅してればもしかしたらもしかしてだけど友情パワーで説得も可能……かもしれない。って、期待したい。


 ……あたしって意外にも性善説者だし、復讐否定派だから。


 


 ……とはいえ、あたしも聖女ロードムービーなんかじゃなくて、チートスキルに婚約破棄で溺愛とかスローライフがよかったなーなんて思うのは、わがままかな……。




 アメニティのかごを漁ったらはさみ入ってたから、それでルークの髪切った。襟足はそれなりに上手くいった。今ドキ人気の頸椎と胸椎の境目くらいまでの長さ。ルーク獣人だから人間と同じような肉体構造してるかどうかはわかんないけど。


 問題はここから。前髪。……切りすぎてダサくなった。なんか、かわのぼうしみたい。一応鏡みて切ったんだけどなー。


『……なんというか、哀れ。だな』


 あたしを馬鹿にしてるのとルークをマジに哀れんでるのと心が二つありそうな声をかけてくるレイ。


「はい……」


「ご、ご主人? 目開けてええかの?」


「まだダメ!」


 きいいいいいっ、くやしい! 普段自分の前髪切ってるから行けると思ったのに! やっぱり自分で切るのと人のを切るのとでは勝手が違う。


 しかしあまりにカッコ悪すぎるので、 この状態のルークを連れ歩きたくない。もうあたし聖女とかじゃなくて美容師がよかったな。同じ刃物でも振るうなら聖剣よりはさみの方がずっといい。


「……どうしよう」


 部屋の姿見の前に正座させたルークの後ろの床をぐるぐる。ちらりと鏡越しにルークの顔を見ると、目を瞑っているのにおろおろしてるのがなんとなくわかった。


「……ちょっと出てくる」


「あのよ、ご主人。おれいつまで目つぶっとったらええんですかいの……」


「すぐもどるから!」


 部屋の扉を開けると、だっっ! と駆け出す。ペット虐待常習犯。あたしの泊まる部屋は2階。1階にはお土産のコーナーがある。そこに整髪剤が売ってたと思うんだけど……と考えながら階段を降りていく。


 お土産コーナーにさしかかったとき、ふと違和感を覚える。ちょっと走っただけなのに、息切れ……っていうか、なんか、胸が詰まるみたいな苦しさがある。


 ……えー、なんだろ。ここのお土産コーナー空気薄いのかな? んなわけ。そんなこと考えながら、あたしは宣言通り秒で買い物を済ませて部屋に戻った。手のひらサイズの丸い容器に入った携帯用整髪剤。175円。次第に無一文に近づいていく。


「おまたせー!」


『……貴様は3歩歩くと全部忘れるようだな』


 帰ってくるなりレイからの悪口。聖女に向かってなんて失礼な。ごいん! またまた一発殴っておいた。しかし拳が赤くなるだけだった。


「誰がにわとりですってッ!? そもそもあたしのお金なんだからどー使おうが勝手でしょ!」


 部屋に戻ってきたらいつの間にか胸の苦しさは消えていた。あれ一体なんだったんだろ? まあいっか。それよりもいまはルークだ。

 

『違う。貴様の金遣いの荒さにはもはや諦めもついた。そのことではない』


 ルークは律儀に目を瞑ったまま待っていた。というか、寝てない? 別にいいけど。あたしは容器の蓋を開けるとなんかいい匂いする整髪剤を手に付けて、それでルークの前髪を後ろに撫でつけた。結局オールバック。しかしロン毛からの脱却には成功。及第点。


「おまたせ、目開けていいよ。……整髪剤はともかく、地図とか宿代はしょうがないでしょ?」


「おぉ…… おれこがいな髪短いのガキん頃以来じゃ!」


『だから金の話ではないと言っている! ……貴様、私との契約内容を忘れたか?』


「え、……あたしの体を操って戦えるとかなんか」


『それではない、私から100セクトほど離れれば貴様は死ぬ、そういう契約になっていると昨日の晩説明したばかりだろう』


 ……たしかに昨日ココの家の脱衣所でルーク待ってる時にそんな話した! 思い出すと同時に背筋がぞわーっとする。さっき息苦しいなーとしか思わなかったけど、命の危機じゃない!?


「………………ほんとだー!! 馬鹿レイッ! なんで言ってくれなかったのさ!?」


『そんなことくらい自分で覚えておけんのかッ!!』


「ご、ご主人死んじまうんけ!? そがいな……!」


 ルークは泣きそうな顔であたしを見た。そんな感じで騒いでいたら隣の部屋から壁を殴られ、みんなで同時に黙り込む。


「……とにかく、ここ出よっか。気が済んだわ」


 ルークの髪を見て、あたしはそう言った。備え付けのほうきで床の髪を掃いて集めてゴミ箱に捨てた後、あたしは右手に聖剣を携え、ルークを連れて宿を出た。


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