1 情景
あたし、レイディーン・マリアライト。19歳、左利き。エスパダス王城で働く侍女。性格は、人よりちょーっと喧嘩っ早くて、お調子者ってとこかな。
あるとき城の倉庫で聖剣が見つかって、聖女にしてくれたんだけど、エスパダス王族への復讐のために武者修行の旅しろーなんて言われちゃって、もう文句タラタラ〜って感じ。
でも、ま、なーんとかなるか!
「レイデ、おはよう」
「ルティナ様、おはようございま……あれっ?」
……あたしなんで城にいるんだろ? 直前まで、あたし、ゴロツキをちぎって投げて、街で、犬で…………あ〜〜ッ……もうわけわかんないよー。
「大丈夫よ、それより……」
ルティナ様はそこまで言うと、あたしに背を向けて城の廊下を歩き出した。……それより、って、なに!? なんでそこでやめちゃうのさ!
「ま、まってください!」
慌ててルティナ様を追いかけて走り出すけどなんか……足速くない!? っていうかあたしが遅い? 一生懸命走ってるつもりなのに全然追いつかない。変。
膝くらいまでの長さの金髪を揺らしながら、どんどん背中が遠ざかっていく。やだー待って!! そう思ってたら床が急にぐにゃぐにゃになってきちゃってもっと減速。……なんか、前もこんなことあった……。
「ルティナ様……!」
名前を呼ぶとルティナ様が振り向いた。遠くて表情はわからなかった。
「……気安く呼ばないで。あんたみたいな愚鈍なの、お姉様だなんて思ったことないから」
酷薄な声に背筋が冷たくなった。ルティナ様? どうしてそんな意地悪言うの……? ってか、お姉様って、なに!?
……いつの間にかルティナ様の金髪も、碧眼も、あたしがいたはずの城さえも消えていた。昼なのに、真っ暗。
『……女、女!』
誰かが呼んでる。なんにもないだだっ広い暗闇の中でもまっすぐあたしまで響くような男の、声。
それと同時に急に足元がガクンってなって、心臓がギュッとなる。
「ぅわ……ッッ!!」
びっくりして足を踏み出したら、……目が覚めた。……そうだ。あたしが今いるのって城じゃなくて、正しくはスクリプトル王都の宿、のベッドの上。ココの家を出てしばらくルークに乗って移動して、この宿にたどり着いた。
窓の外見たらまだまだ全っ然暗かった。……あー、ヤな夢みたなあ……。
『……おはよう、相当うなされていたが』
声をかけられて、ベッドサイドの錆びた聖剣に目をやる。こいつが諸悪の根源、聖剣レイカリバー。あたしはレイってあだ名で呼んだり呼ばなかったりしてる。
声はチョーカッコよくてあたしとしても好みなんだけど、すごい根に持つし、(なにしろ復讐のために少なくとも100年以上倉庫の中で眠っていたんだから驚き。)厳しいし、自己中だし、ヤな奴。
「……」
……夢の中で聞こえてきた声、レイだよね。もしかして、見かねて起こしてくれたのかな? まっさかー。
『なんだその顔は』
「お前、挨拶とか普通にできるのね」
……まだおはようって時間帯でもないと思うけど。
『どういう意味だ』
「そのままの意味に決まってるじゃない。……ってか、なんか寒いね? エスパダスの国境抜けたからかな……」
一部屋1800円で泊まれる安い宿だ。ご飯なしお風呂なし、素泊まりのみ。床を見ると、狼姿のルークがあたしのあげた毛布にくるまってすやすや寝てた。
ルークは、あたしが聖剣に操られたせいで城を飛び出したあと、森で出会った獣人。
今は狼の姿をしてるけど、人間になる……っていうか人間に戻るとかなりイカした二枚目で、あたし実はめちゃくちゃタイプ、だったりして……。
しかしたまに何言ってるかわかんなくなるくらい訛ってるし、ロン毛だし、故郷の森から一緒にちょっと移動しただけですぐ忠誠を誓ってくるし、こっちもこっちで変なやつ。
この部屋ベッドひとつしかない。ちょっと流石に、同衾は申し訳ないがNG……と思ったので、床で寝かせる代わりに一枚備え付けてあっな毛布をあげたんだ。
しかしそうするとあたしが寒い。寝る前は平気だったけど朝方になるとやっぱり冷え込む。……今何時くらいかな? 4時とか? やだな〜こんな時間に目覚めちゃって。最近不眠気味だ。
……いや、最近……って言っても、城出てからまだそんなにならないの? なんかもう一ヶ月くらい経ってるように思える。
「……もうちょっと寝ちゃお」
……とはいえ、寒くてこのままじゃ眠れそうにない。かといって寝てるルークから毛布剥がすのも哀れ、だし……。
あたしはベッドから降りて、ルークの毛布をめくると、ルークの体を下敷きにして寝て、もう一度毛布をかぶった。狼の姿ならあたし的には添い寝もセーフ判定だ。
それに、ココん家でお風呂に入らせてもらったから毛並みも多少綺麗になって、なんかいい匂いがする。……もし全身トリートメント漬けにしたらもっとナイスな触り心地になるかしら。機会があればやってみたい。
狼の姿になると体も一回りはデカくなるからなんとなく安定感があって、いい感じ。
『……貴様、そのまま寝るつもりではあるまいな』
「あたしがルークをどうしよーが別にいいでしょ。部下っていうか付き人っていうか弟子っていうか、ペットなんだし」
『……初めて聞いたな』
ペットを下敷きにして寝たら虐待に当たるかな? ←当たり前。しかし初めて会ったときも怪我してるルークのお腹を枕にして寝たし、今も重そうにしてる素振りないし、まあいいでしょう。
柔らかくていい匂いのルークの毛並みを撫でて、顔を埋めた。もふもふだ。なんかいいね、よすぎる!
「んー……」
……それにしても、変な夢見た。そーいえば、初めて聖剣を振るった時……っていうか、ルティナ様を襲わされた時も、あんな感じの映像? 情景? が見えた。
あれってなんなのかな。もしかして、聖剣がルティナ様たちエスパダス王族を憎んでる理由と何か関係があるのかな……それに、あたしのことお姉様って……なんなの?
そんなこと色々考えたりしてたら、いつの間にか寝ちゃってた。