7 約款
「……そういえば、お前に言っとかなきゃいけないことあるの。今更だけど」
『なんだ』
「…………剣が喋ったァァッ!?」
『……本当に今更だな』
気にしてる余裕なかったけど、剣が喋るのって変だ! しかし喋るってこと差し置いても一応『聖剣』ってことになってるわけだから、普通の剣ではないんだけど……。
「喋れる……のが聖剣の能力なの? もしくはそういうのではなくて、お前がただ聖剣に宿ってるだけ……とか?」
剣がため息つくわけないんだけど、今のレイはなんとなくため息なんかついてる感じがした。
『それを答えて私になんの得がある?』
「~~ッッ!! もーあっタマ来た!! このナマイキ鉄クズ野郎! その気になればあたしを殺れると思っていい気になりやがって! 聞かれたことには大人しく答えてりゃいんだよッッ!!」
今は聖剣が床に置いてあるので好き勝手言い放題。そもそもあたしがエスパダスの王城に帰れなくなったのも、犯罪者になったのも全部こいつのせいだし。
ルティナ様だけじゃない、執事長やガーナ達もあたしのこと心配してるに違いない……と、思う、たぶん、だから、捕まってもいいから早く帰りたいのに。
でも今帰ったらこの聖剣がなにしでかすかわからない。……あ~~、もう、わけわかんないよーーッッ!!
怒りのピークをやり過ごしたあたしは深いため息と共に床に座った。
「……とにかく、お前の目的はエスパダス王族への復讐……なんだよね?」
『そうだ。あの呪われた血族をこの世から消す。それが私の使命』
……騎士が自らの君主に誓う時のような、なんか質実剛健? 眉目秀麗? ……これは違うか。学ないからわかんないけど頼りがいのある感じの声。しかし言葉の内容はこれから国家転覆させてやりまーすって感じだし、ありえなすぎ。
「使命て……」
……エスパダスの聖剣がエスパダスの王族を殺すことを使命とするのって、変! やっぱりレイは聖剣そのものではない気がする、とか考えちゃって、名探偵レイデ。
復讐の理由は前教えてくれなかったし、再び聞きたくなるのをなんとか抑える。
「……ルティナ様を襲った時、あたしの体を操ってたじゃない? でもココを助けたときとかはそうしなかった……。なにか基準でもあるの?」
『……聖剣が鞘から抜かれた時、私は貴様の体を自由に使役することができる。貴様との契約内容のひとつだ。しかし鞘をつけたまま操ることは契約に含まれていない』
え、じゃあ何で動かせるのさ。聞きたくなるのを堪えて、黙って聞く。
『鞘をつけているとき、私は貴様の体を自らの魔力で動かしている。それだけのことだ。剣を抜いた後も貴様の意思で自由に戦わせるのは、貴様を戦いに慣れさせるためだ』
「お前があたしの体を動かして戦えるなら、そんなことしなくていいじゃない?」
『動かすにしても、貴様の腕を無理やり長く伸ばしたりすることはできないだろう。何事にも限界があるということだ。それに、契約内容に含まれているとはいえ、魔力消費も少しはするからな。いざという時になにもできなければ困るのは私だけではないはずだ』
「なるほど、大体わかってきた」
……さっき契約内容のひとつって言ってたけど、他にもあるのかな。違反したらどうなるのかな。
「ねえ、ほかの契約の中にはあたしが破ったら即死! みたいなのってある?」
『……あってどうする。そもそも契約といっても貴様が一方的に反故にできるようなものはない。思い上がるな』
「ムカつく~~!!」
……ギャグのつもりで聞いたんだけど。少なくとも悪口は言って大丈夫っぽい。
相変わらずこの状況には不満タラタラなわけなんだけど……ま、なんとかなるか。あはは。
……なんて思ってたんだけど……
『ひとつだけ忠告しておいてやろう。貴様はこの聖剣から100セクトほど離れれば死ぬ』
「100せ…………死ぬっ!?!? じじ冗談じゃないってばッ!! 先に言えよばか!! できれば近いうちにお前捨てて逃げようと思ってたんだからね!?」
『……危なかったな』
フ、と馬鹿にするように笑ったレイにそう返されて、チョームカつく!! ってか、セクト単位とか今どき使わないって! 結局どれくらいかわかんないじゃない!
うっかりテーブルとかに剣置いたまま離れちゃったりしてそのまま死んだらどうしよ~~!? そんなのいやだーーっっ!
「……ご主人、風呂ば上がったけど……」
あーん! って頭抱えてたら、後ろの扉がガタッと開いてルークが顔を出した。濡れた髪の毛は全部後ろに流していた。
「あ、ごめん。出るね」
「あれっ、ご主人、ほの右手……レイ取れちまったんけ!?」
あたしが脱衣所を出ようと立ち上がると、ルークはあわわって感じでこっちを指さしてそう聞いてくる。
「いや、別にレイはあたしの体の一部じゃないから。……悪いんだけど、また持つと取れなくなっちゃいそうだから、レイ持って出てくれる?」
『……女』
「うん、そんなら……いいんじゃけど」
ルークは安心したようにうんうんと頷いたあと風呂場に再び引っ込んだ。レイを無視して跨いで脱衣所から出たあたしが後ろ手に扉を閉めたあと、再びルークが風呂場から出てくる気配があった。
廊下で壁にもたれて待ってると、しばらくごそごそしたあとルークが元通りのボロい服を着てでてきた。薄汚れていた体は綺麗になってるし、髪は濡れてるからってのもあるけどお風呂前よりも少し艶が出ている。左手にはレイ。
……しかしルークって結構ヒョロいわねー、多分栄養状態悪かったからだと思うけど、ギリギリまで痩せてるのに筋肉はあって不思議な感じ。
「あー、きれいになってる。よかったね」
「ああ、せいせどしたよ!」
ルークは例のくしゃっとした笑顔で髪をかきあげながらそう言った。さっぱりしたよ、的なこと言ってんのかな?
「うん……じゃああたしお風呂入ってくるから。ココがなんか言ってたらココの言うこと聞いてね」
「合点でぃ!」
ルークはいい子の返事をすると、聖剣を持ってそのまま廊下を歩いていった。あたしは入れ替わるようにして脱衣所に入る。
ワンピースのボタンを外すとぽいっと脱いでしまう。続いて靴下と肌着を脱ぐとタオルを取って浴室に飛び込んだ。
……こんなこと言うのは失礼だけど、そんなに広くなかった。でもお風呂なんかそれくらいが1番いいんだ。無駄に広いと背後に気配感じちゃうし。
お湯を体に掛けながらほっとため息をつく。
「はぁぁ~~……、生き返るわーーッ」
ぎゅーッと目を瞑ってのびをしたあと再び開く。今度は白い方の石鹸を手に取ってみた。ミルクみたいな甘い匂いだった。
……体も髪も全部これで洗わなきゃいけないのはちょっとヤだったけど、しょうがない。王城基準で甘やかされて育ってるからわがままばかり出てきてしまう。
……時間かかるといけないし、湯船には浸からなくていいや。そう決めたら、ルークに教えた通り自分も全身余すところなく綺麗にしてから浴室を出た。