6 帰宅
「お邪魔します!」
家に入れてもらうと、ココのお母さんらしき人が奥から顔を出した。ココと同じ赤毛をひとまとめにした40代くらいの女性だ。顔が赤い。
「あなたたちは……?」
「あたし、レイディって言います。あたしたち、冒険者で……スタッドの街からココさんと一緒に来たんです」
「あら……わざわざすみません……げほっ、けほっ!」
「お母さん、寝ててって言ったでしょ! お礼ならわたしが言っておくから」
ココは慌ててお母さんの背中を擦りながら支える。申し訳なくなってきたな……。
「レイディさん、お風呂はそこの扉の向こうです。石鹸2つあるので、お好きに使ってください」
「ありがとう」
お母さんにも見えるようにぺこりと頭を下げる。さっさと入っておいとましよう。多分っていうか、絶対邪魔だ! 次いつお風呂に入れるかわからないから、この機は逃したくない。
靴を脱いで上がると、ココに言われた通りの扉を開けて、ルークを連れて入る。申し訳程度の脱衣所があった。壁際には戸付きの棚と、脱いだ服を入れるカゴが置いてある。
「ルーク、体の洗い方とかわかる?」
「……ちっと自信ねえなあ、風呂さ入んのも5歳ぐれえの時以来じゃけぇ……」
困ったようにそう返事するルーク。あたしだって困る。
「ん~、どうしよう」
あたしが一緒に入る……っていうのは、流石にマズいと思う! だって、19歳ぴちぴちギャルと、かたや推定年齢20代の男……だよ!? ちょっとどころかかなりダメでしょ! 付き合ってもないのに。
「あっ、そーだ! ねえ、今狼の姿になれない?」
「ん~、きっと……ちっとやってみるけぇのぉ! ……ご主人」
「わかった、わかったよ」
自信なさげに言ったあと、やってみるというので大人しく背を向ける。しばらくごそごそやったあと、バキバキバキ……! といつもの音が聞こえてきた。何回聞いても慣れないよ……。しかし、行けたらしい。……ってことはもう月出てるんだ。
左手に柔らかいのが触れる感覚があって、振り向く。狼に姿を変えたルークが床に座っていた。左手に触ったのはルークの耳だった。
『待て、貴様。私を風呂場に持ち込むな。錆びたらどうする』
「どうするって……お前離れないじゃ、ん ……あ゛ッッ!!!」
右手を離して見せようとしたら、指が普通に開いちゃってガンッ! って、あたしの右足の上に、聖剣が……。
「いいいぃ~……っ!! おま、お前……普通に取れるんだったら合図してよばかっ!! この鉄クズがっ!!」
『やめろっ、蹴るなっ!』
泣きながらのあたしは、げしげし!! と無事な左足の裏で聖剣を壁際に追いやった。ずっと閉じっぱなしだった右手も痛いけど、足の痛みがそれを上回る……。
「いたいよ~~~……」
しかしこんなもの床に直接落としてたら、絶対傷ついてた! あたしの足でそれを防いだわけだから、まあ、そう思えばこの痛みも……くううっ。骨折れてないかな……あ~~も~~絶対アザできるじゃない!!
……でも、これであたしが聖剣を手放せちゃったんなら、体も操れないし、普通に逃げられちゃうんじゃないの?
『……逃げようなどと思うなよ、貴様は私から離れられん』
……今度試してみよっと。
「くぅん……」
ルークが恐る恐るって感じで鳴く。
「ごめんごめん、ささ、入ってほら」
あたしは靴下を脱ぐとお風呂場の扉を開けて、制服の袖を腕まくりしながらルークに入るよう促す。
「はいそこ、お座り!」
「わんッ!」
ルークはあたしの指示通り大人しく床に座った。棚にはココに言われた通り石鹸が2つあった。角が丸い長四角の白い石鹸と、丸い桃色の石鹸。よくわかんないけど桃色の方をとる。爽やかな甘い匂い。
確認とったあとルークの体にお湯かけて、見ててね、と言ってから石鹸を泡立てて、その手でルークの頭をわしゃわしゃする。石鹸直接体毛で泡立てたら便利だけどそれはマナー違反だと思う。
「こーんな感じでちゃんと毛のこの……生え際? までちゃんと洗って。全身余すとこなくね、わかった? 別に途中で人間の姿になってもいいけど……」
ルークがこくこくと頷いたので、あたしは手を……聖剣を持ちっぱなしだった右手は特に念入りに洗ってから出ていく。あたしが追いやった脱衣所の壁際に聖剣がいた。