3 素顔
ふと店先のカウンターの方を見れば、女の子が丼ふたつ乗ったお盆を持ってこっちに来るのが見えた。
「ねえ、食べる前に髪まとめて括った方がいいよ。前髪邪魔じゃない?」
後ろ髪は括ってるけど顎くらいまで伸びてる前髪はそのままだ。絶対食べづらいっていうか、ばっちい。
「そーけ?」
ルークはそう言うと後ろ髪を括っていた髪ゴムを外して、手櫛で前髪をかきあげた。瞬間、どきりとする。
初めてちゃんとルークの顔を見た。キリリとした眉毛が男らしい印象を醸し出し、髪をまとめながら視線は机に向いている……自然と伏し目がちになるとまたアンニュイな雰囲気で……超カッコイイ。
……前髪よけたから見えたけど、人型の時は普通に耳も人間と同じになるみたい。
「ご、ご主人? おれん顔になんかついとるの?」
あたしがぼんやり顔を見つめてたら、髪を括り終えて視線を上げたルークと目が合った。
「い、や……別に。なんでもないよ」
後ろで全部まとめた髪型自体は、露出した額がなんかイカついし、頑固な陶芸家みたいで全然カッコよくないけど……しかしすごい、美人って言うより男前の二文字が似合う二枚目だ。一生森にいていい人材じゃないよ。
「お待たせしましたっ」
微妙な雰囲気になりかけたところで、女の子が来てあたしとルークの前に親子丼置いてくれた。
出汁の匂いがして思わず顔が綻ぶ。ああぁ、美味しそ~~……。
「ありがとう! いただきます!」
「い、いただきます」
「どうぞー」
あたしは手短に女の子にお礼を言うと、聖剣を持ったまま手を合わせてすぐに食べ始めた。ルークも遅れてスプーンを手に取る。
そこからはもうずっと無言だった。がつがつがつ……ってな勢いで、噛む音飲む音スプーンと器がぶつかる音しか聞こえてこない。
柔らかい鶏肉、とろけそうなくらいになった玉ねぎ、もろもろの黄身に固まらず残った白身、ふにゃけたお米……美味しすぎる!!
「おいしーい!」
あたしは一応女の子に向かって感想を言っておいたけど、ルークはずっと無言だった。ちらりと横を見たら、なんと食べながら泣いていた。そんなにか。
「……わたし、ココ・アメトリンって言います。あなたたちは?」
もう少しで食べ終わる、というところで女の子……ココに話しかけられた。あたしとルークはスプーンをほぼ同時に机に置いて、一息つく。
「ごちそうさまぁ!! ……あたし? あたしはレ……」
『馬鹿者! 偽名を言え!』
レイディーン・マリアライト。って名乗ろうとして、聖剣に怒られて、止まる。そりゃそうだ。逃走中の犯罪者が本名正直に名乗るなんて、馬鹿だ。
「レイ…………ディ……・ジェダイト。……それで、こっちはルーク……、……なんだっけ」
「……ルーク・ロ・リティディフォンじゃ」
ルークに助け舟を出してもらって乗り切る。かたじけない。
「そうそう、それそれ」
姓の方はお母さんの旧姓を咄嗟に思い出したものの……名前の方はうっかり、レイディーンからレイディでほとんどそのままだ。聖剣からめちゃくちゃ威圧されている気がする。怒んないでよ~~しょうがないじゃん! いいのが出てこなかったんだもん!
「レイディさんとルークさんね、改めてさっきはありがとう。この街の人、全然助けてくれないから……」
口ぶりからして、ココはこの辺り出身じゃないらしい。絡まれてるとこ助けようとした時は口悪っ、て思ったけど、今は何となく気弱な雰囲気だ。まあそういうコ程実は口悪かったりってのはよくあるし、別に変だとは思わなかった。
「まー、人が多いから。他の人が助けてくれるだろうしいいや、って逆に思っちゃうんじゃない? ……ねえ、ココはなんで今日スタッドに来たの?」
「……実は、母が病気で……。薬を買いに来てたんです。帰ろうとしたところであんなことに……」
「あら、大変なんだ」
帰ろうとしてたんだ、じゃああたしたちが足止めしちゃったかな……。まあ、お礼したいって言ったのは相手だし。
流石にいつもあんなことがあるわけじゃないとは思うけど、女の子がひとりで買い物に行くのも楽じゃない。
あたしはしばらく考えたあと口を開いた。
「ねえ、家はどっちの方にあるの? エスパダスの王城の方?」
「いえ、どちらかというとスクリプトル王都の方が近いと思います」
「じゃあ、送って行ってあげる!」
あたしがそう提案するとココはびっくりして両手を降った。緑の目が瞬く。
「そんな……これ以上迷惑かけられません!」
「迷惑じゃないよ。あたしたちもそっちの方向に向かってるから、ついでなの。1人で帰るよりきっと退屈しないよ」
「……じゃあ、お願いします。本当は1人で帰るの不安だったんです」
ココはぺこりと頭を下げた。実際移動ついでに一緒に歩くだけなのに、ものは言いようだ。
ルークが不意にあたしの腕をちょいちょいして小声で話しかけてきた。
「……あのよー、ご主人。おれ流石に2人は乗せらんねえけど……」
「そもそも今は月も出てないでしょ。歩いていくつもりだから」
「いかにも」
納得したように一言頷くルーク。
お会計はココが済ませてくれてるから、食器だけ返してあたしたちは店を出た。しかしココの家に向かう前にやることがある。
「ねえ、地図買いたいんだけどそれから帰るのでもいい?」
いつまでもレイに道を聞いていられない。たまたまスタッドの町は歴史が長かったからよかったけど、まだ全然歴史の浅い街も国も沢山ある。100年以上600年以下引きこもってたおじいちゃんの知識だけでやっていくには無理がある。
「いいですよ。……ずっと気になってたんですけど、レイディさんたちって冒険者なんですか?」
冒、険、者? ……確かに武者修行の旅なわけだから、今の職業としては正しいかも。
……とは言っても、冒険者って勝手に名乗るものじゃなくてギルドで申請出してそれ受諾されてからじゃないとなれないらしいから、今のあたしたちただの浮浪者だけど。まあいいか。
「んー、まあそんな感じかな?」
「でも地図も持ってないなんて……」
あ、しまった。確かに冒険者なのに地図持ってないって変!
さっきルークが2日食べてないって言ったし、家でご飯食べずに出てくるわけないから旅を始めたばかりでまだ持ってないの言い訳も使えなくて、ど、どうしよう……?
「……まさか、荷物盗まれちゃったとか!? 野宿してる冒険者を狙う盗難が流行ってるって聞きました!」
困りきっていたら救いの手が差し伸べられ、それに全体重で乗っかる。
「そ、そうなの! だからお金もあんまりなくってさ!」
「……お金ないのに、買えるんですか? 地図」
……あたし、バカかもしれない。