1 喧嘩
木ばかりが立ち並ぶ風景が続いてなんだか緑酔いしそうだったが、不意に開けた場所へ出た。
『獣人、この道を左だ』
レイが勝手に指示を出す。ルークは大人しくそれに従って左を向くと再び走り出した。
「ねえ、この先ってなにがあるの?」
『スタッドの街だ』
「もうそんなところまで来ちゃったんだ……」
スタッドの街といえば飲食産業と市場で賑わうあたしに言わせればそれなりに都会な場所だ。来たことはないけれど。そして、エスパダス王国と……隣国のスクリプトル王都との国境に近い街でもある。
ルークの背中に乗ってしばらく走ってたら、色とりどりの屋根や旗が立ち並ぶ街並みが見えてきた。この先が、あたしの旅の、はじめての街になる。
目と鼻の先位の距離までたどり着いた時、ルークが止まった。そして後ろ足を曲げて狛犬のような座りポーズになる。降りろってことかな。空を見たら、昼間の白い月はだいぶと薄くなっていた。
ルークがあたしの背後をさし示すので、再び背を向ける。右手にはずっと聖剣。またバキバキ音がして、振り向くと人の姿に戻った……どっちがほんとの姿かわからないけど、とにかく人の姿になったルークが立っていた。
「行くべよ。ご主人」
「うん」
女の子ひとりと獣人ひとりに聖剣がいっぽんのあたしたち聖女御一行は、スタッドの街へと入っていく。街のはずれの方だから、人も建物もまだまばらだ。
……まだいいけど、人が多いところにルークを連れていったら、引きこもりさながらの見た目で、すごく目を引くかも。今のあたし……っていうか、逃亡中の犯罪者が目立つなんて、ご法度だ。
本人は気にしてないようだけど、今後困ると思うから、隙ができれば見た目を整えてあげたい。
そんなこと考えながらしばらく歩いてたら、徐々に人通りが増えてきた。
「おれ、こーいな活気あるとこに来んの初めてじゃ……」
ちょっと感動してるみたいな調子でルークがそう言った。
「森から出たことなかった……って言ってたけど、どれくらいあそこにいたの?」
「……10年……もねえくれーじゃね。……実は、きのーおとついも外さ出んべって思うたんじゃけど、森の外れ? くれーまで行ったとこで、がーら罠に引っかかっちまって、怪我したけぇ諦めたんじゃ……」
「それで会った時怪我してたんだ」
あたしの言葉にうんと頷くルーク。
「そん時は、もう一生森から出れねえでもしゃーんめーって思っとった……。けどご主人が来て、おれんこつ連れ出してくれんさったけえのぉ。おおうれしかったよぉ」
……連れ出してくれたって言っても、ルークがあたしを乗せて移動しただけじゃない? でも、誰かが一緒に来てくれるだけでも気が楽になることってあるし、そういうことなのかな。
とりあえず納得しておくことにした。
ようやく露天のあるあたりまでたどり着いた。あ、すごい。でかい蟹売ってる~。とか色々なものに夢中になってたら、向こうの方からあんまり雰囲気良くなさそうな声が聞こえてきた。
「……ねえ、今なんか声しなかった?」
「おれも聞こえた」
ルークはあたしの顔を見て頷き返す。声がしてきた方に向かうと、わかりやすくイカつい格好をしている男ふたりが、あたしよりちょっと歳下くらいの女の子をひとり壁際に追い詰めていた。
往来のど真ん中……いや、端っこっていうかすぐ横、なのに。誰も3人を気に止めないし、女の子を助けようとしない。
「姉ちゃ~ん、オレらと一緒に遊ばね?」
「てかヤダったら金だけ置いてけ?」
ぎゃははははは! と自分で自分の発言にウケて大爆笑の男とそれにつられるもう1人。しかし女の子は臆せず2人を怒鳴りつける。
「あんた達なんかに渡す金ないよ! 消えな!」
「ああん!? テメェみてーなガキは黙って大人の言うこと聞いてろぃ!!」
口悪っ。ウェーブしたショートカットの赤毛を揺らしながら睨みあげる女の子の胸ぐらを、さっきまでつられて爆笑してた1人が掴んで威嚇する。
女の子の方はさっきまで威勢よかったわりに今は怖がっちゃって全然抵抗できなさそうだった。助けなきゃ!
「やいやいやい!! それ以上の狼藉はあたしが許さないわよっ!!」
ザッ! と1歩踏み出しながら結構デカい声で話しかける。右手には聖剣。後ろにはルーク。怖くない怖くない。
「はあ? 誰だこの女!?」
「誰だっていいでしょ! 女の子にちょっかい出すのやめなよ!」
「うるせぇ! やっちまおうぜ!」
「やっちまうか!」
女の子の胸ぐらを掴んでいた手が離れて、今度の標的はあたしに変わった。あたしは少し振り返ってルークに声をかける。
「ルーク、手伝って!」
「ま、まっさかぁ!? ご主人! おれ……生まれてこんかた、人んこつぶっくらわしたことねんじゃけど……!」
『……生まれてこのかた、人を殴ったことがないそうだ』
「な、なんですって~~~!?」
聖剣が久しぶりに喋ったと思ってたら、衝撃の展開。聖女と獣人 VS ゴロツキその1とその2。って思ってたのに、まさかまさかの仲間1人戦力外通告。
「後ろの奴も戦うんならヤベェと思ったが、お前1人か! 楽勝じゃね!?」
「おうよ! 結構マブいツラしてっし、こっちの女ものしちまって連れてこうぜ!」
正直者だ。しかしこの2人もルークとタメ張れるくらいには訛っている。昔の不良みたい。
『獣人は役に立ちそうにないな。まあいい、準備運動にはちょうどいいだろう……剣を抜かずとも倒せる相手だな』
ちょ……ちょっとそれは厳しいんじゃないの!? って言いたかったけど、相手がわるいやつとはいえ、確かに剣抜いて斬っちゃったらまた罪になるし。
今のところあたしにしか聞こえない聖剣の声を一方的に聞かされてるうちに、ゴロツキの片方が殴りかかってきた。本気で人に殴られるのって実は初めて……だったりして。
「あうっ!?」
ごぃん!!
「~~~~~~~~~~ッッ!!」
咄嗟に両手で剣の柄と鞘の端をつかんで、顔の前にまで迫った相手の拳を受け止めた。相手は右拳を左手でつかんで声も出さずに悶え始めた。そりゃ痛いでしょ、思いっきり金属の塊なんか殴ったら。
「このアマ! いい気になるなよなッ!!」
「うわっ!」
今度はもう1人が殴りかかってくる。何とか避けたけど、後ろによろめいて座り込んじゃう。大口叩いてたわりには聖剣全然助けてくれないし、なんなのさもう!
あたしが座り込んだのを見て、男は今度は蹴りを繰り出してきた。横に転がるようにしてなんとか避ける。
『脛を狙え!』
……お前、聖剣のわりには普通に姑息な攻撃勧めてくるのね。
あたしは鞘をつけたままの剣を両手で振りかぶって、もう一蹴り入れてこようとした相手の脛にガンッッ!! とぶつけてやった。
「う゛あ゛~~~~~!!」
悶絶。見てるだけでも痛かった。人はなぜ争うんだろう。絶対に2週間は痣が残る一撃だった。