1 伝説
「600年前。聖剣レイカリバーに選ばれし聖女エリンが厄災を打ち破ったという 聖剣伝説……んー、ほんとかなあ」
今晩は、本の文字を眺めて歴史のお勉強。しかしどうにも頭に入ってこない。
……あたし、レイディーン・マリアライト。左利きの19歳。みんなからはレイデって呼ばれてる。田舎から上都してきて、南の国エスパダス王国の城で働く侍女だ。
性格は人よりちょっと喧嘩っ早くて、お調子者ってとこかな? そして見ての通り勉強は苦手。
「聖剣伝説とか……嘘っぽいなー……」
エスパダス王国では誰もが知っている聖剣伝説。
しかしあたしは神とかそういうの都合のいい時しか信じないタイプだから、あんまりよく思ってないし……そもそもそんな昔のこと、ほんとかどうかなんてわかりっこない。
聖女エリンが聖剣を振るうとき、獣はひれ伏し、大海原さえも2つに割れたという…… とか、冗談じゃないってば。
聖剣伝説の眉唾物具合を例えるなら、東の国の皇子が10人の言葉を同時に聞き分けたとか、そういうのと同じような感じだ。
でも実際にあったら面白いだろうけど。
とりあえず休も、読み疲れちゃった。王城で働くってなったら、アットホームな職場とはいえ周りはエリートばっかだし。田舎出のあたしは肩身が狭いからこう勉強するわけだけど……そう考えるとまたプレッシャーなんだよね。
本を閉じて、腕を投げ出す。重くなってきた瞼を閉じるとすぐに意識は消えた。
「……はっ!」
目を覚ますと4時半をすこし過ぎたところだった。昨日はうっかり目覚ましかけないまま寝ちゃったから、寝坊するところだった。急がないと5時からの朝ごはんに間に合わないよ!
ベッドの上に置いたままだった本を横のテーブルに避けて、起き上がる。
洗面台のところまでてくてく行って、鏡の前に立って髪を梳かす。鏡の向こうの薄い赤紫の目と視線がかち合う。……うーん、早起きしなかったから顔がむくんでる……いやだなー……。
腰の上くらいまである茶髪を解けないようにきちっっとひとつにまとめて括った。顔を洗ったら、いつものワンピース型の青い制服に着替えてエプロンのリボンを腰の後ろで縛る。
……よし、これで完成。時間もまだある。
ほっと胸を撫で下ろして、慌てず騒がず使用人たちが集まる2階の食堂へと向かった。
扉を開けて中に入ると、もうみんな集まっていた。
「おはようございまーす!」
「レイデ、ちょっと遅かったんじゃない? ま、いいけどー」
同僚のガーナにそう声をかけられてあっはっはと笑い返す。
「いやー、お勉強してたら目覚ましかけ忘れて寝ちゃったの」
「真面目なんだか不真面目なんだか。しっかりしてよね」
「みなさん! お席におつきなさい!」
2人で談笑してたら、食堂中に響き渡る高い声でそう指示が出た。やたら語頭に『お』をつけるこの人は副執事長だ。
「今日は副執事長がご不在だから、私が朝礼を代わりにいたします」
「……いないんだ、執事長」
「そうみたいね」
ガーナとこそこそ耳打ちしあったりして。執事長は真面目な人で、あたしがここで働き始めてから朝礼を欠席してるところは見たことがないし、そんな話も聞いたことないってくらい。
……歳も歳だし、しんどいときは無理しないで欲しいなあ。やっぱり同じ職場で働く人はみんな健康でいて欲しいって思う。
「レイディーン・マリアライト!」
「はいっ!!」
いきなり副執事長に名前を呼ばれて慌てて立ち上がる。あああ、私語してたからかなあ。すみません。もう喋りません、だから怒んないでください……
「お手紙が届いています。お部屋に帰ってから目をお通しなさい」
「え、あ、はい……」
……とか思ってたんだけど、拍子抜け。周りのみんなもほっとしたような雰囲気になる。
白い封筒を裏返すと宛名なんかが書いてあった。実家からの手紙だ、うれしー。
「マリアライトさん」
にこにこしながら席に戻ろうとしたら呼び止められた。
「……あと、今後は私語はお控えなさい」
「…………ハイ」