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お助けジェシカの冒険  作者: 五所川原しなこ
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少し困ったことになったと気が付いたのは、魔法学園を受験して、結果が出るのを待っている頃のことだった。

マイラがハーヴィルの婚約者を決める争いから勝手に脱落し、私とハーヴィルはすっかりカップルのように思われていた。

うちの両親が私が魔法学園に行くことを了承したのも、私の婿となるハーヴィルは魔法学園で箔と人脈を得た方がいいし、ハーヴィルが学園に行くなら、私も一緒に行ったほうがいい、ということのようだった。

学園で他の女の子たちから言い寄られて、ハーヴィルがその子を好きになったら惜しいということだ。

この世界の田舎に遠距離恋愛という概念はあまりない。

手紙はあるけど、電話もメールもない世界なので、一緒にいないと気持ちが途切れてしまうというのが常識だ。

「だから、学園に行く前に婚約になるらしいよ」

勉強の後でお茶をしている時に、ハーヴィルが言った。

思わず、カップを取り落としそうになった。

「え、そんな」

言いながら、それはそうだわ、と思った。

貴族同士の常識だし、この世界での幼馴染でなんとなくいい雰囲気の男女の常識でもある。

「でも、まだ、早くないかしら」

「全然。ここに侍女の一人もいないのをなんだと思ってるんだよ」

言われて気がついた。

貴族社会では男女交際については厳しい。婚約者でもない未婚の男女が付き添いもなく同席しない。

子供はその限りではなく、私たちは子供の頃から一緒だったからうっかりしていた。

15歳になった今、他に侍女も誰もいないというのは、もう婚約するからいいだろう、ということだったのだ。

婚約。

こんやく。

私とハーヴィルが。

自分でもびっくりするほど動揺した。カップを持つ手が震える。

「どうしたんだよ」

「なんでもないわ」

ハーヴィルは素敵だ。

顔は文句なく美形だし、頭もいい。努力家で研究熱心だ。性格もいい。

お母さまを失わなかったので、明るく、人に優しい。女性に対しても紳士的だ。

ちょっとやんちゃで口が悪くなってしまったが、全然普通。

でも。

ハーヴィルは攻略対象なのだ。

学園に行って、ヒロインに会って、恋に落ちなければならない。

その時、設定に無い婚約者がいるってどうなのかしら。

マイラならまだいい。原作寄りだから。

よりによってお助けジェシカって。ヒロインとハーヴィルの進展を後押ししなければならない立場なのに。

ヒロインは、普通にメインヒーロールート選択をした場合に、婚約者エミリアからフィリップ王子を奪い取る女性ではあるので、ハーヴィルの隣にいるのが誰であろうと、さっそうと奪い取るのも可能だろうけど。

ただ、不安もある。

あまりにキャラが違いすぎるのってどうなのかしら。

ものすごく今更なことも気になる。

もうずっと一緒に育ってきたから、そういうことが気にならなくなっていた。

私はお助けジェシカであるために、相応の努力を払ってきたけれども、いつもいつもそんなことばかり考えては生活していられない。

一緒に遊んで勉強して。普通に幼馴染として楽しく生きてた。

「俺はジェシカのことを『いい』と思う」

ハーヴィルが紅茶をずずっと啜った。

「可愛いし優しい」

そんな風に思ってくれていたんだ。

ちょっと嬉しくなる。攻略対象なので恋愛対象にはできないが、大事な幼馴染だ。

でも、ハーヴィルはなにか不満げな顔をしていた。

なにかを言おうとして言いよどむ。

ちょっとガサツになって物言いに遠慮がなくなった最近の彼にしては珍しい。

「おまえは」

言いかけて唇を噛む。

普段はあまりやらない仕草に不安になる。

ハーヴィルは何事かを振り切るように頭を振った。

「おまえは、俺に心を開いていないよな」

言われてドキっとした。

「なんか俺のこと見ながら、常に誰か他の人と比べているような」

まっすぐな視線に息がつまる。

返事が出来なかった。

鋭い。

人の機微とかに詳しいタイプだとは思ってなかった。

「俺には言えないことかよ?」

ハーヴィルは私の返事を待っていた。

言ってもいいかしら。

っていうか、適当にごまかしていいことじゃない気がするから。

ハーヴィルは私に嘘をついたりしないのに、私は隠しごととごまかしばかりだ。

婚約するかどうかというような真面目な話なら、私も誠実でないといけない。

ちゃんと、わかってもらわないと。

手を丸めて指をぎゅっと握りこむ。

「私、他の世界から転生してきたの」

一息に言い切った。

すごく、ものすごく意を決して言ったのに。ハーヴィルはぽかんとした顔で私を見返した。

「転生…って何?」

そこから?ってそうよね。この世界にも小説や演劇はあるけど、漫画は無いし、内容もそんなに充実していない。そんな物語みたいな非現実的な知識はないだろう。

こんなにファンタジーな世界なのに、住んでいる人たちはその世界なりの現実の中で生きている。

「ここじゃなくて、魔法とか魔物のない世界があって、そこで病気で死んで、生まれ変わってきたの」

なんだか言いながら恥ずかしい。

「生まれ変わり」

「そう、生まれ変わりよ」

一応そこは通じるらしい。

輪廻転生といった概念はないけれども、偉い人が生まれ変わるみたいなのはある。

「他の世界」

「そうね。一般的に異世界っていうかな」

「異世界。なんでそんな」

「この世界を作った女神リリーナの加護を受けて、この世界に生まれたの」

「女神リリーナ。本当にいるのか」

この世界はファンタジーっぽい世界でありながら、誰も見たことがないという理由で女神リリーナは存在しない伝説の生き物のように思われている。

「いるのよ。会ったの」

「まさか」

ハーヴィルが目を丸くする。

こんなにも不思議なものを見るような目で見られるとやりにくいなあ。

「それで、今から3年後、この世界にピンチが訪れて、女神様に選ばれた聖女が世界を救うんだけど

 私はその救世主を助ける役目を女神からいただいているの」

ハーヴィルは呆然としていた。

「そんなおまえが救世主なんて偉い人と会うことないだろ?」

会うよ。なんなら、私よりハーヴィルのほうが重要人物だ。

「魔法学園で会うのよ。前に、なんでそんなに勉強してるのって聞いてきたことあったよね。私はそのために勉強してきたの」

魔法学園でゲームのヒロインであり、この世界の救世主である女性に会って、彼女の行動をサポートするために。

まとめると、私が頭のおかしい人みたいだ。

現代日本で『私、魔法のある世界から生まれ変わってきたの』みたいな子がいたら、厨二病の嘘つきだと思われちゃう。

今の私はまさにそれ。

「なんだよ、それ」

ハーヴィルは明らかに不審がっていた。

「ジェシカ・・・どうしたんだよ?」

どうしちゃったんでしょうねえ。

冷静になったら、自分で自分が頭おかしいと思うところだ。

でも。本当のことなのだ。

何故なら、私には、この世界では知るはずのない知識があるから。

ただの病弱な高校生だった私にできることは少なかった。

この世界でも役に立つような機械を発明したりするのは全然無理。

でも、そういうものが存在しているということはわかっている。

それに、もっと簡単なところで、ちょっとした便利グッズの知識はあった。

自立する鍋の蓋とか。狭いところに物が干せる形のハンガーとか。

あと、この世界ではまったく見たこともないけど、漫画があったことを覚えている。画力があれば描ける。画力はないけど。

ハーヴィルだって言ったではないか。転生って何?って。

転生の概念自体を理解している。

そういう細かいことの積みかさねで、私は自分のことを頭がおかしいと思わずに生きている。

「本当なんだよ。魔法学園に行ったらわかるの」

魔法学園。

受験は各地方ごとに行われるから、実際に王都には行ってないけど、私がゲームで見たままの建物があるはず。

ダンスフロアがある素敵なホール、魔法で鍵のかかる図書館、ハーヴィルのお気に入りの植物園。

行ったことのない私がものすごく詳しかったら、ハーヴィルも信じてくれるのではないかしら。

でも、魔法学園の細部を知ることは不可能ではないし。

何らかの方法で情報を入手したと思うほうが当たり前かもしれない。

理屈が通っていないファンタジックな現実よりも、それこそ王都にいる兄に教えてもらったみたいな受け入れやすい意見に飛びついてしまうかも。

頭の中がぐるぐるする。

「馬鹿じゃねえ」

ふいに、ハーヴィルの声音ががらりと変わった。

「俺と婚約したくないならそう言えばいいじゃん。そんなわけわからねえ言い訳しないで」

「それは違うよ」

「違わねえじゃん。結局は俺と婚約したくないだけなんだろ」

ハーヴィルは私の言うことを上手く呑み込めなくて、勘違いしてしまったようだ。

それは違うと言いたかったが、私はハーヴィルと婚約できない。

したくないんじゃなくて、できない。

ハーヴィルは攻略対象だもの。

お助けキャラと婚約したりしててはいけない。いくら好きでも。

ああそうか。

私もハーヴィルを『いい』と思っていたんだ。

そう、恋愛対象じゃないとか言いつつ、私だってハーヴィルのことは素敵だと思っていた。

だって、見た目が良くて頭もよくて魔法も使えるの。

それでいて、陽気で気が良くて、村の子たちとも仲良く出来るの。

動物も好きで馬や犬の世話も得意。

誰だって憧れちゃうじゃない?

でも、大丈夫。

情熱的に一刻も離れられないみたいな愛じゃないから。

私は彼を諦めることが出来る。

結論が出た。

ハーヴィルが魔法学園に行ってヒロインと出会うためにはどうしたらいいのか。

私がハーヴィルを振って立ち去ればいい。

そうすれば、失意のハーヴィルは魔法学園に行って、ヒロインに癒され、心惹かれるだろう。

「ハ-ヴィルは私のこと、信じてくれないんだ。だったらもういいよ」

勢いよく立ち上がった。

「私は私のことを信じてくれない人とは婚約できない」

そのまま走り去る。おそらく、これが最適解。悲しいけど。

でも、私はお助けジェシカだから。

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