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お助けジェシカの冒険  作者: 五所川原しなこ
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まずいことになったと気が付いたのは、馬を見せてもらった帰りだった。

ハーヴィルに送ってもらっている時に、領内の村人たちが資材を運んでいるのが目に付いたのだ。

大きな建築物に使う、いかにも重そうな石材だ。

「なにか建てるの?」

何の気なしに聞いた。

領地にはいろいろな施設がある。ハーヴィルとお母さまがお住まいになることになったので、最近のセントジョン領はいろんなところを補修している。

「ちょっと前に橋が壊れたんだ。東のほうに大きい川があるでしょ」

川はある。ハーヴィルとお母さまが馬車ごと沈んだやつが。

「荷馬車が通ってる時に崩れちゃって」

なんだか、嫌な予感がする。

「一瞬で崩れちゃったんだって。紐が外れて馬と御者は無事だったんだけど、荷物は沈んで全滅したんだよね」

「へえ」

「でもまあ、そこまでの損失じゃなかったよ」

荷物も金額的にはたいした被害ではなかったらしい。なるほど、それで、そう話題にもならず、私の家までは伝わってこなかったのか。

「君と最初に会った日だったかな。実はあの時、川向こうの街に買い物に行く予定だったんだ。

 でも、君んちでお茶をしてたら遅くなっちゃって、取りやめになったんだよね」

それで、橋を渡って行かなかったのだそうだ。

そういえば、うちの母が誘った時に、何か予定があるようなことを言ってたっけ。

「向こうに行って帰りに橋が無かったら立ち往生して困ったところだったよ。迂回するにもすごく回らないといけないしさ。あの時、ジェシカと会ってラッキーだったかも」

感謝された。

でも、帰りに橋が落ちていて立往生した可能性は低い。

むしろ買い物に言っていたら、行く時、馬車ごと落ちてた。

その橋は、渡っている途中で壊れて、あなたのお母さまの命を奪ったはずの橋だから。

私はハーヴィルだけでなくお母さまとも仲良くなったので、リアーナ夫人がお亡くなりにならなかったことは素直に嬉しい。

しかし、同時に、歴史を変えてしまったという失態に対して、圧倒的な責任を感じている。

これが、ハーヴィル親子と親しくなって、どうしても助けたいという気持ちでやったのであれば、それはそれで私の意志だったのだけれど。

そして、今となってはそれもやぶさかではなかったのだけれど。

でも、いわば、うっかりだ。

この世界を何よりも愛するお助けジェシカとしては、考えざるをえない。

現代日本のエンタメ作品ではタイムリープものもたくさん見た。

あれってどうなってたんだっけ。

どれもこれも歴史を変えてしまっていた気がする。

ちょっと考えてみよう。

ゲーム通りにハーヴィルがお母さまを失くしていたら、研究ばかりしている偏屈な天才魔術師が出来上がって、ヒロインに恋をして世界を救う。

お母さまが生きていたら?

でも、魔術の才能が有って性格的に凝り性なら、研究しないという選択肢はない。

ならば、魔法学園に行ってヒロインに恋をして世界を救えばいい。

結論としてセーフ。


療養のためにしばらく滞在する予定だったハーヴィル母子が、ずっと領地で暮らすことになったという話を聞いたのは母からだった。

母はハーヴィルのお母さま、セントジョン伯爵夫人とすっかり仲良くなった。

その情報によると、ハーヴィルのお母様はこちらに来てすぐ、ご懐妊されたのだそうだ。

ずっと都会育ちで領地に来たこともなかったが、来てみると思いのほか、のどかな田舎が性に合った。

そして、子供を授かり、落ち着いた環境で産み育てたいと思うようになった。

子供も、ハーヴィルの弟か妹をずっとほしかったが、なかなか恵まれなかったのだという。

それなのに、こちらに来てすぐに出来たということに運命的な物を感じたのだそうだ。

まあ現代日本から来た私としては、今までの生活がストレスMAXだったんだろう推察するけど。

この世界にも気苦労で体調不良という概念自体はあるので、そう遠いことでもない。

そういった事情で、一時的な療養ではなく、本格的に落ち着くことになったのだ。

魔術師団にいたお父様もこちらで暮らすことを決めたそうだ。魔術師団に勤めていたセントジョン伯爵は、退団こそしないものの、今後は在野の研究者として常勤ではない形になるという。

それは、正直、嬉しかった。

ゲームでは、お母様が亡くなった後、お父様は田舎に引っ込んで、酒浸りの隠遁生活を送っていたのだ。

こういう場合の田舎というと普通は領地だ。

悲惨な事故のあった場所に引きこもるものだろうかとも思うが、菩提を弔うのならば、現場近くのほうがいいのかもしれない。

しかし、事故が起こらなかったこの世界では、お父様は今も現役で魔術師団にいる。

ついうっかり手柄を立てて、魔術師団長などになった日には、歴史が大幅に改変されてしまう。

それならば、田舎で領地経営をしながらのんびり暮らしてくれるほうがゲームに近い。

うん。セーフ。

うっかりで歴史を変えてしまったジェシカ的にセーフ。


奥方を無くすという悲劇を回避したセントジョン伯爵は、とても感じのいい人だった。

ゲームで見ていたところからのものすごい偏見で、とても性格が悪いように思っていたので、ちょっとびっくりだ。

隣の領地の子供である私にも気さくに接してくる。

領民にも親切だし、お隣さんである我が家にも親切だ。

来てすぐなのに、周囲を観察して、魔術を使って魔物を防ぐ柵に対してのアドバイスをくれた。

魔法石を使えば、魔術が仕えなくても代用が出来るそうで、最近発見された方式らしい。

うちの両親は田舎に住んでいて最新情報には疎く、領民たちと一緒になって、ひたすら感心している。

それもどうかと思うんだけど。

「いいなあ。私ももっと魔法が使えるようになりたいな」

横で見ながらつぶやくと、両親が笑った。

いや、本当に笑い事ではないんだけど。

「ジェシカ嬢は魔法を使いたいのかね?」

「もちろん」

伯爵に問われて私は強く頷いた。

私は『お助けジェシカ』として、王立魔法学園に入学しないといけないけれども、実力が少々足りていない。

ヒロインの気のいい友達だから、ヒロインや攻略対象たちほど優秀である必要はないけれど、この国で100人しか入学できないレベルの学校に合格する程度には優秀でないとならない。

しかも、クラスメイトだ。

と、いうことはクラス分けが成績順の魔法学園で上から50人に入らないといけないのだ。

全国で51位だと駄目。

ゲームの設定って時々無茶だよね。

冷静に考えたら、とても優秀なエリートだったお助けジェシカ。

しかも、ジェシカは魔力はあんまり高くない。

魔法学園は魔法学園というだけあって、受験の配分として学力よりも魔法のほうが大きいのだ。

そのくらい、魔法というのは貴重なものだから。

ハーヴィルの設定はゲーム通りだったから、ジェシカとして普通にしていれば大丈夫なのではないかという気もするが、ゲーム補正的な物があるかどうかはわからない。

ただ、楽天的になるには、かかっているものが大きい。

世界の破滅がかかっているのだ。

ジェシカはゲームでヒロインのクラスメイトだったのだから、ある程度の素質はある。

他の兄弟たちよりは明らかに魔力に秀でている。

しかし、それでは不十分ではないかと、私はずっと不安に感じていた。

そして魔力だけではなく、学力も入学試験を突破できるまでに磨かなくてはならない。

貴族の子供なので家庭教師はついていた。

兄を教えていた人が一緒に面倒を見てくれていて、それは兄は学校に行ってからも続いているので、そこそこには出来る。ただ、あくまでのメインは兄だったので、この先、彼が辞めたら、代わりの人が来てくれるかはわからない。刺繍と水彩画の得意な女家庭教師になる可能性も高い。

それでは困る。

ただ。

それを話すと頭のおかしい子供とみられること確実だ。

「魔法だけじゃなくて、いろいろ勉強したいです」

「まったく、この子ったらお転婆さんで。女の子なのに。誰に似ちゃったのかしらねえ」

母が笑う。

「いや、この先、女子教育は重要になってくる気運ですよ。王都では既にそうなっています」

伯爵が言った。

「女子だけではなく、平民にだって必要なのですよ」

「そうよ」

思わず大声を上げた。

「魔力は貴族だけの特権ではないわ」

貴族だって家を継ぐ長男以外は平民になるし、貧乏で裕福な平民に嫁ぐ令嬢もいる。

「発掘されないだけで、平民であっても魔力のある子もいるじゃない」

もちろ、。高位貴族の持つ魔力のほうがはるかに大きいし、この付近の若者がちょっと訓練するくらいでは問題にもならない。

しかし、そのちょっとが生活の質を上げる。

そうして、い働き手がどんどんレベルアップしたことで、領地もどんどん栄えていく。

そういうサイクルを作ることが重要なのだ。

と、いう話を力説したら、周囲が静まり返った。

父も母も、私をいつまでも子供のように思っていて、こういう話を聞いてくれないのだ。

しかし、セントジョン伯爵だけは違っていた。

「ジェシカ嬢はいろいろと物を考えているのだな」

周囲が笑っているのをよそに、深いまなざしが私を見た。

「良ければ、私が魔術を教えよう」

びっくりした。

それは、なんという幸運なんだろう。

うちの両親がどう思ったかはわからないが、私はハーヴィルがお父様に魔法を教えて貰う横で、一緒に学ぶことを許された

セントジョン伯爵は本人が優秀な魔術師であるだけではなく、優秀な指導者でもあった。私の魔術は向上したし、元から才能のあるハーヴィルはもっと向上した。

子供ながらに高度な魔法をこなすハーヴィルに、これが天才魔術師ハーヴィル・セントジョンか!とテンションも上がった。

優秀な生徒を持つ先生は楽しい。

そうでなくても、必死に頑張る子を教えて、出来るようになるのも楽しい。

やりがいというのであれば、あっという間になんでもマスターするハーヴィルよりも私のほうが断然、教える喜びがあったはずだ。と、思う。

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