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お助けジェシカの冒険  作者: 五所川原しなこ
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また、あの時の夢を見た。

女神に選ばれなかった時の夢を。

ベッドから起き上がって洗面所に向かうと、寝起きの顔が鏡に映る。

ふわふわした栗色の髪に茶色の瞳。困り眉で愛嬌がある。

この顔はゲームで何度も見た。

ホチミチことファンタジーRPG『星の導き』の主人公のクラスメイトで、困った時にアドバイスをくれる伯爵令嬢。

通称『お助けジェシカ』こと、ジェシカ・バートレット。

それが私。

女神は私に加護は与えられないと言っていた。それでもいい、モブでいいから生まれたいと思ったこの世界で、私はお助けキャラだった。

2年前、それを思い出した時、身体中が歓喜に震えた。

私、お助けジェシカだあ。

ヒロインが世界の破滅を救う時に、身近にいて手助けできる。それって、なんて素敵なことかしら。

それから、2年間、私は必死で勉強した。

特別な加護がないと言われた通り、スペックはゲームの設定とほぼ同じだったので、そこそこの魔法の力を持ってはいたけれど、あくまでそこそこ。

油断してうっかり魔法学園に入れなかったら困る。

他にもヒロインを助けるスキルを磨くべく、いろいろ研究に勤しんでいて、最近は乗馬にも挑戦しているのだ。

ジェシカは便利屋さんのサポートキャラだけあって、都合のいい時にだけ出てくるキャラなので、何が出来て何が出来ないかは細かく描写されていない。

と、いうことは、とりあえず何でもできないと。

さすがに剣術なんかは無理だけど、馬くらいは乗りこなしたい。

ゲームには田舎育ちのヒロインが颯爽と馬に乗るシーンがあった。画面に映らないところでジェシカも乗っていたかもしれない。

ジェシカの家、バートレット伯爵家の領地は王都からちょっと距離のある、しかし、海に近くて交易が盛んな場所にある。

兄弟が多いし、父は特に何か国の仕事をしているでもなかったので、家族みんなでのんびり領地で暮らしていた。

だが、今、広い領主館には、末っ子のジェシカと両親が暮らすのみだ。

一番上の姉と二番目の姉はもう嫁いだ。ちょっと早目ではあるが、私より10歳上なので、普通に適齢期の範疇だ。この世界の田舎の女の子の婚期は早い。

長兄のダグラスは農業を学ぶために隣国に留学している。

今年になって、2歳年上の次兄であるヒューイットが、王都にある幼年騎士学校に入学するために家を出て行った。

ヒュー兄は陽気で騒がしい子供だったので、家の中はあきらかに寂しくなった。

私は陽気なおしゃべりだが、やること自体は女の子らしくおとなしいので、騒がしさの桁が違う。

まあ、そのうちダグ兄が嫁をもらって赤ん坊がくれば、まだ騒がしくなるだろう。

その時には私はどうなってるかわからないけど。

だって世界を破滅から救う手伝いをしないといけないんだもの。

普段はあまり意識していないが、たまに転生した時の夢を見ると、不思議な気持ちになる。

お助けジェシカになるべく頑張っていろいろやってるけど、いつも暮らしている世界はとても平和で、本当に世界の危機が来ちゃうのかな、夢は夢で、邪竜なんて来なかったりするんじゃないかしら、と思ったりもする。

そんなことを考えててもどうしようもないけど。

身支度をして朝食を食べるために食堂に降りていくと、両親が何やら話をしていた。

「全く知らなかったが、もうお住まいになっているらしいよ」

朝食は丸いパンと卵とベーコン。蒸した野菜とスープとフルーツジュース。

食べながら聴くともなしに聴いていたが、どうも隣の領地の話のようだった。

あまり詳しくは知らないが、隣の領主は王都の役人だったはずだ。こちらにはあまり来なかったが、すごいおじいちゃんだった。

「ちょっとだけ覚えてる、御髭がまで真っ白だった」

口を挟むと父がこちらを振り向いた。

「いや、それが、前のご領主さまだな。お亡くなりになったらしいんだよ」

それは知らなかった。代替わりで知らされないということはまずないのだが。

「お葬式しなかったのね」

「王都でしたんじゃないかな」

そうかもしれない。こちらに来るほうが稀だったから。夏休みシーズンとかに1人でちょこちょこ来ては、いろんな指示をしていたっぽい。

「家族は見たことないなあ」

「お子様はおられなかったようだ」

それで、遠縁に当たる人が跡を継いだらしい。王都で活躍している魔術師さまで、ずっと家族ともども王都に住んでいたのだそうだ。

しかし、最近、奥方が体調を崩し、母子だけ一時的に領地で過ごすことになったらしい。

「へえ。どんなかたなのかしら」

「気難しい人じゃないといいけど」

母がため息をついた。

これまでは付き合いもなくて話題にもならなかったが、ずっと住むとなると話は別だ。

挨拶に行かないといけないだろうという話をしていたようだ。

「同じ伯爵位だけれど、すごい魔術師で高位貴族の皆様とも親交があるというじゃない。そんな御方となにを話したらいいのかしら」

「療養のためなら、静かにお暮しになるのではないかな」

まあ、そうだろうなあ。

通常、領地が隣同士であれば、境界の話や水の話、魔物対策などで協力し合うことは多い。

しかし、これまでは管理人が代行して問題なく対応していたし、夫人しか来ないのであれば、それが変わることはないだろう。

「そういえば、ジェシカくらいの年齢の男の子がいるらしいよ」

「まあ、そうなの。お兄ちゃんたちがいる時期に来てたら仲良くなったかもねえ」

「いやあ、セントジョン伯爵家のご子息といえば、ものすごい魔法の天才と聞いているよ。うちの子たちじゃなあ」

その瞬間、卵が咽喉に詰まりそうになってむせた。

聞き捨てならないことを聞いてしまった。

セントジョン家のご子息。

セントジョン家?

魔法の天才?

それは、ホシミチ攻略対象の天才魔法使い、ハーヴィル・セントジョンではないのだろうか。

「親子そろってすごい魔法使いなんだそうだよ」

「それで、あまりお見えにならなかったのかしら」

「そうだね。お忙しいだろうし」

両親は領主が変わった話を続けていたが、ちっとも頭に入ってこなかった。

代わりに、ゲームの美麗なビジュアルが思い出されてくる。


ハーヴィル・セントジョン。

長い黒髪に紫がかった黒い瞳を持つ神秘的な美青年。あまり飾りっ気のないシンプルな装いの彼の髪に光る繊細な銀の髪留めは母親の形見だ。

母親は少年だったハーヴィルと馬車に乗っていた時に、橋が壊れて馬車こと川に落ちた。

少年時代から強い魔力を持っていたハーヴィルだったが、とっさのことに母を救えず、目の前で母を失った経験は彼を深く傷つけた。

ハーヴィルの父親は妻を失った悲しみに、息子を顧みることもなく、領地で酒浸りの生活を送る。

そんな父を軽蔑すると同時に、母を救えなかった申し訳なさを感じるハーヴィルは、一人、魔法の研究に没頭する。

孤独で自分の殻にこもったままのハーヴィル。

しかし、天真爛漫なヒロインの明るさに、少しずつ心を開いていくのだった。

最終的にヒロインがハーヴィルと結婚したルートだと、父親と和解する感動的なスチルも見られる。

ゲームの設定の序列的には、王子フィリップ、騎士エドワードに次ぐ三番目の攻略対象だ。


当たり前のことだが、攻略対象キャラが実在しているという事実に、私の心は震えた。

見てみたい。

だって憧れだったし。

一番好きだったのは、陽気でまっすぐな性格で、剣を使う姿が最高にカッコよかったエドワードだったけど、全員好きだし全世界好き。

モブとしてでもいいから、この世界に触れたいという気持ちで転生してきたんだもの。

攻略対象が近くにいて、テンションが上がらないわけがない。

見たい。

午前中、勉強の時間は全然頭に入らなかった。

気になってしょうがない。

行ってみようと思ったのは、午後の自由時間だった。

今の私は馬に乗れる。

うちの領地はあまり大きくないから、隣の領まで行くのも造作もない。

もちろん、領地内に立ち入るのは法律違反だ。私は子供だから問答無用で攻撃されることはないだろうが、うっかり立ち入ったら侵入者として処罰されることもある。

そこまでする気はないけれども、近くにいるかもしれないという喜びに浸るのは自由だ。

そうと決まったら、さっそく厩舎に行って、おとなしい牝馬を出してもらう。

良く晴れた暖かい日で、絶好の乗馬日和だ。気分よく馬を走らせる。

ハーヴィルがいる。

この世界に。

私の愛したキャラ達が実在している。

浮きたつ気分が、私を油断させていたのかもしれない。

目の前に光の矢が飛んできた。

光っているので実物ではない、魔法の矢だ。

馬が驚いていななきをあげ、前足を踏み鳴らした。

落とされる。そう思った時だった。

ふわりと柔らかいものに包まれて、ゆっくりと地面におろされる。

何が起こったのかわからなかった。

向こうから人が走ってくる。

「大丈夫ですか」

美しい女性だった。いかにも身分の高い貴族女性が着そうな優雅なデイドレスに美しく結い上げられた髪の毛はつややかな黒髪だ。

このへんでは見ないような洒落たバッグ。

「お怪我はないかしら?」

女性がかがみこんできたので、慌てて立ち上がった。

「大丈夫です。ちゃんと落ろしてもらいました」

この人が魔法をつかったのだろうか。

彼女は、後ろから誰かを押し出してきた。

「ハーヴィル、謝りなさい」

出てきたのは、どこかで見たような美少年だった。華奢で儚げな美貌。

もちろん、名前を聞くまでもなく、美しいスチルが浮かんできた。

画面から抜け出てきたような美少年はそっと目を伏せた。まつ毛が長い。

「ごめん。侵入者だと思ったんだ」

「だとしても、馬を驚かせてはいけないわ。とても危険なことよ」

諭すように言う。見ていて気が付いた。これはハーヴィルのお母さまだ。

「あれ?この辺はうちの領地では?」

範囲内で馬を走らせていたはずなのに。

ハーヴィル親子は顔を見合わせた。

「違うよ」

「そうね。もうここは領主館の近くだから」

そんなに近づいていたなんて。どうも、浮かれすぎて、ぼんやりしていたようだ。

「あなたはお隣のお嬢さん?」

「ジェシカ・バートレットです」

「そうなのね。じゃあ、お隣までお送りするわ」

遠慮しようと思ったけれど、乗っていた馬はどこかに逃げてしまった。さすがに徒歩で帰りたい距離ではない。

それで、いったん、ハーヴィルのお屋敷まで戻って、馬車を出してもらうことになった。

通常なら御者に送らせてくれればいいのだけれど、ハーヴィルのお母様リアーナ・セントジョン伯爵夫人は、せっかくなので、私の母に非公式に挨拶もしたいという。

子供が怪我をしたかもしれないのだから当然のことだ、という意見らしいので、きちんとした方だ。

乗るように勧められた馬車は、紋章の入った豪華な四輪立て。まさか、この馬車はゲームで川に沈んだ馬車ではなかろうか。

そう考えると複雑な気持ちだ。

馬車の中はゆったりと広めにとられていて、ハーヴィルとお母さま、私が乗っても、まだゆったりしている。

よくある4人乗りではなく6人くらい乗れそうなサイズだ。

とても手の込んだしつらえの馬車は、内装までもが美しかった。通常の馬車よりはるかに重い、この仕様がよくなかったのか。

揺られながら考える。

もしここで、私が注意を促したら、このお母さまは助かるのだろうか。

それとも、妄言だと一蹴されて、ゲームのままに亡くなるのだろうか。

おそらくは後者であろうと考えて口をつぐんだ。

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