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異世界からモフモフがおしかけて来ました  作者: 鴨頭草
第1章 おしかけパートナー
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第5話 消えた?

(それにしても)


 いつの間にか、ちゃっかり膝の上で寛いでいる影狐を撫でながら、改めてその様子を観察する。

 ふわふわモフモフの毛並みは艷やかで毛足が長い。それでいて、ほつれなどは皆無。お陰で指通りは極上。

 明香の撫でる手が止まると頭を擦り付けて催促する姿は、人馴れした動物そのもの。


(でも精霊なんだよね)


 確かに見た目より軽い気がするけれど、驚く程ではない。

 この狐を構成する要素と自分の中の常識が、目の前の生き物を動物だと認識させる。


(でも動物なら、こんな香りはしないか)


 膝の上で寛ぐ毛玉、もといモフモフから林檎と洋梨を合わせたような芳醇な香りが漂う。獣臭さは皆無。のみならず、手入れの行き届いた動物に出会った時に感じる、天日干しした布団のような香りもしない。



「……ねえ」

「ん〜? なあに?」

「これって私の幻覚、なのかな? やっぱり」

「えっ、今更? 勿論違うよ!って言うか、人の存在を勝手に否定しないでよ!」


 丸い目を更に大きく見開いているのを見るに、結構驚いているようだ。

 だが、明香は本気で疑っている。

 非現実な出来事の連続に最初はスルーしてしまったけれど、完全な狐の姿で普通に言葉が話せるのがおかしいのだ。


(細かく唇を動かせる訳じゃないから、人間の言葉を話すのって難しそうなんだけど。でも九官鳥とかは上手に話すよね。うーん、考えるだけ無駄か)


「ちょっと、何か言ってよ」

「貴方さっき、自分のことを〈人〉って言わなかった?」

「言ったよ。何か文句ある? キミには動物にしか見えないのかもしれないけど、違うんだからね」


 拗ねたような言い方だけれど、今はそれどころではない。


「じゃあ、人化できるの?」

「えっ!?」

「精霊だったら出来そうかなって。妖狐とは違うって言っても見た目は狐なんだから、人の姿になると美形なんでしょ?」


 もっとはっきり顔が見たい。

 狐を抱き上げ、顔の近くに持ってくる。心なしか呆れているように見えるが、気のせいだろう。


「ちょっと、幻覚問題はもう良いの? 人が変わったように生き生きしちゃって。あと、いきなり前のめりになられても、ちょっと反応に困るよ」

「だってモフモフが人型に変化するのって、二次元だけだと思ってたもの。今それが見られるなら、もう幻覚でも何でも良いよ」

「やっぱり疑ってるんだね。まあそこはもう良いよ。あと、人型になったことも、なろうと思ったこともないから分からない」

「そんな…………」


 思わず手の力が抜けた彼女の腕から抜け出して顔を覗き込み、あまりの表情の変化に絶句した。

 今までの様子から、どちらかと言うと情緒が安定しているであろう彼女が、夢も希望もない現実に打ちのめされたように遠くを見ている。

 出会ったばかりではあるが、大切なパートナーにそんな顔をさせてしまって焦る精霊が、何とか彼女を元気付けてやりたいと思うのも無理はないだろう。


「過去には、そういうのもいたって、聞いた、ような、気が……」

「ホント!?」


 ずいっと迫られ、思わずのけぞる。


「うん。友人、いや、顔馴染み。ううん、知人……が言ってたような」

「ちょっと、それ一人の人を指してるの? 何かどんどん親愛度が下がってるんだけど。もう友達で良いじゃない」


 でも、かの魔王との関係をどう表現して良いのか分からないのだ。


「その人が聞いたら傷付くよ、多分」

「そうかな? 優しいヤツだから何かと気にかけてくれるけど、ちょっと良く分からない関係なんだよ。ボクはアイツから友達って思われてたら嬉しいとは思う。ような気がするけど」

「はっきりしないなあ。そこは言い切ろうよ。その人と貴方は友達ってことで話を進めるからね」


 相手がこの場にいない以上、そこを掘り下げようとするのは時間の無駄。彼女の言う通りにすべきだろう。



「話を戻すと、人化については誰かが言ってたらしいって、ソイツから聞いた。でも、それも元を辿れないくらいの又聞きだから」

「ふうん、そっかあ。でも可能性はあるってことなんでしょ? 何時か出来るかもしれないから、気長に待つよ」


(それって人族の番を持った個体の話だから、ボクには当てはまらないんだよね。でも黙っておこう)


 パートナーであると同時に番でもあった例は、過去に一件もなかったらしい。実際に、彼女とこれ程近くで触れ合っても、感じるのは安らぎだけ。強い衝動は起きないし、この先も無いだろう。


 それはともかく、彼女の発言に引っかかりを感じる。


「ちょっと待って。気長にって、つまり、ボクはこれからも此処にいて良いってコト?」

「何を今更。こんなに堂々と人の部屋に落書きしといて」


 そう言いつつ壁に目をやり絶句する。


「…………消えてる」


 あんなに光って存在を主張していたのが嘘のように、普段と何ら変わりない壁。

 会話に夢中だった上に、壁に殆ど背中を向けた姿勢だったので気付かなかったらしい。


「ホントは残ってるけど、使わない時は見えなくなってるよ」

「じゃあ今もあるの?」

「うん」


(また急に光り出したらびっくりするだろうけど、ずっと見えてるとお母さんに何か言われそうだし、この方が良いよね)


 考え込んでいる明香の様子を不満があると勘違いしたのか、青い毛玉が焦って話し始める。


「こんなモノを勝手に設置して悪いと思うけどさ、キミに会えると凄く癒やされるって言うか、いてくれないとボクが凄く困るって言うか、とにかく」

「えっ? 別に嫌じゃないよ」

「そうなの? ボクが好きな時に、直接キミの部屋に来られる扉を勝手に設置したんだよ。怒らないの?」


 そう思うなら最初からしなければ、と記憶を見られた時にも思ったのだが、明香としては苦情を述べる程ではない。

 勿論、相手が人間であれば苦言を呈していたとは思う。でも、彼は精霊。尚且つ見た目は動物、と言うより動くぬいぐるみ。何にしろ、人の理が通じる相手ではなさそうだ。

 ならば一先ず受け入れて、その上で条件を付ける方が建設的だろう。


「直前でも良いから、来る前に教えてくれたら構わないよ。パートナーなんだからテレパシーみたいなの、あるでしょ?」

「多分。ちょっと待って」


 言うなり目を閉じて静かに佇む彼の姿は、可愛らしいのに不思議と威厳に満ちている。


(もしかして、位の高い精霊だったりするのかな? いや、それはないか)

〘ちょっと、失礼じゃない?〙


 頭に響く声に動機が激しくなり、身体が硬直する。表面上は全くそう見えないのだが、実際は心臓が止まりそうな程度には驚いていた。


「今の、耳からじゃなくて頭に直接響いてた」

「うん。試しにやってみたけど、問題なさそうだね。でも向こうの世界から話しかけられるかは分からない。あと、キミからボクに繫げるのは難しいかも」

「そっか。まあ無理だったら仕方ないよ。その時は諦める」

「キミがパートナーで本当に良かったよ。ありがとう」

「……うん」


(どうしてそんなに寂しそうに言うのかな?)


 きっと踏み込んではいけないのだろう。少なくとも、今はまだ。

 一緒にいる時間を重ねて信頼関係を築いていれば、何時かは話してくれる日も来るだろう。


 それに、もっと他に知るべき事柄がある。


「それはそうと、今更な質問しても良い?」

「何?」

「貴方のお名前は?」

「ホント今更だね」

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