第3話 カゲギツネ?
「そもそも、キミ達の世界のキツネやイヌは空に浮ける?」
「浮けない、ね」
「でしょ? そんなコト、ボクに指摘される前に気付きなよ。キミってかなり抜けてない?」
この状況を把握する迄は親に隠しておきたいので、ドアを閉めてから話し合うことにした。
(やっと全身が見えた)
近すぎて相手の顔すらはっきり見え難いので離れてもらうと、少し不満そうにではあるが従ってくれた。
その際、改めて相手を観察し、思わず頬が緩むのを抑えられない。
成猫より少し小さいくらいのサイズに、ベビーブルーの艷やかな毛並み。小さな顔の中に丸くて大きなタンザナイトの瞳がキラキラと輝いている。ピンと立った大きな耳は、色のせいか見ようによってはリボンのよう。
そしてモッフモフの尻尾が七本、ぴょこぴょこ動いている。
まるで生きるぬいぐるみだ。
(さっきから言い方は、ちょっとキツいけど)
だが馬鹿にしているような感じではなく、明香に理解してもらおうと必死になっているように見える。
「じゃあ貴方は何なの?」
これ以上興奮しては疲れるだろうから、こちらがしっかり聞く気があると知らせるべきだろう。
そう思って質問すると、嬉しそうに尻尾がパタパタ動く。
「よく訊いてくれたね。ボクはカゲギツネだよ」
「かげ…ぎつね?」
「そう! でも、キミが思っているキツネとは違う。動物じゃなくって精霊の一種なんだ」
こういう時に気を失ったり、パニックになって喚き散らしたり出来ると楽そうだなとしみじみ思った。先程の壁の異変が起きた時も、この青い狐が出て来た時も多少は思ったけれど、まだマシだった、かもしれない。
部屋に魔法陣が現れたり、喋って宙に浮く狐が出て来たりするのを受け入れられるなら、精霊も大した問題ではなさそうに思われるのだが、彼女にとっては違うようだ。
(だって、魔法陣は厨二病だったら描きそうだし、壁が蠢くのだってプロジェクションマッピングで……気付かれずに仕込むのは、ちょっと難しそうだけど、不可能じゃない、筈。宙に浮いて言葉を話すぬいぐるみだって、現代の技術を注ぎ込めば無理にでも作れるかもしれない。でも、精霊とか妖精とか妖怪は……そういうのとは違う!)
「あれ〜、大丈夫? ねえねえ、ちょっと意識飛んでない?」
気が遠くなりそうな明香が心配になり、尻尾でそっと彼女の腕を撫でた。
「ハッ! 今、撫でた?」
「うん、撫でたよ。それより、大丈夫なの?」
「何とか、モフモフ効果でね。でも精霊って、本当に?」
「ボクを疑うの?」
睨め付けていても、元々が円らな瞳なので愛らしく、思わず笑ってしまいそうになる。
「だって、精霊なんてファンタジーの世界だよ」
それに不法侵入をやらかしている相手を信用する方がおかしいだろう。相手が小さなモフモフだろうと関係ない。
「まあ、この世界の精霊は人には見えないみたいだし、信じられないのも仕方ないか」
「えっ! まさか、この辺にもいるの?精霊」
「うん、いるよ」
当然のように言う様子は、嘘を吐いているようには見えない。騙されていないとは断言できないけれど、いちいち疑っていては話が進まないだろう。
「貴方は妖狐みたいな存在なのかな?」
「何? それ……ああ、そのヨウコってのは、どっちかと言うと魔族だね。ボクらとは違う」
影狐は精霊の一種ではあるが、実はこの個体に限っては魔族に近付いてしまっているのは、彼自身も気付いていない。
「ねえ、今更だけど、さっきも説明してないのに分かってたよね。どうして?」
「本当に今更だね、まあ混乱してたから仕方ないか。キミの記憶を見たんだよ」
「へえ、凄いね」
感心しているその顔には、他意は見られない。実際、彼女はただ感心しているだけなのだ。
「いやいや、それだけ?『勝手に記憶見るな』とか言わないの?」
「そう思うのなら最初から見なければ良いでしょ? でもさっき迄は早く話を進めるために必要だったんだろうし、気にしないよ」
「キミって……いや、何でもない」
意外と細かいことは気にしない彼女の性格に呆れながらも、ヒステリックな反応をされるより遥かに良いと気を取り直す。
一方の明香も、何を言いかけたのか気にすることもなく、質問をぶつける。
「ところで、さっきから『この世界』って言ってるけど、貴方は違う世界から来たの?」
「うん! パートナーに会いに来たんだよ」
「ぱーとなー」
「そうだよ!」
キラキラの瞳を更にキラッキラに輝かせて迫り来るモフモフは可愛い。文句なしに可愛い。可愛さ余ってギュッと抱き締めて、うっかり潰してしまいそうな程に可愛い。
それは確かだ。
だが、それに惑わされてはいけない、正気を保てと自分に言い聞かせる。
(だってこの流れだと、そのパートナーって確実に)
「ボクと契約してパートナーになってよ!」
「いっ、いやああああああ!!!!!!」