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02 ゆとり魔王は追放を前向きに受け入れる


 魔王の間にある私物を整理していたところ、両開きの荘厳な扉が勢いよく開かれた。


「ちょっと魔王様! 魔王の座を降りるって本当ですか?」

「おおリノ。そうなんだよ。今日中に魔王城を出ろって言われちゃった」

「なんてこと……」


 頭を抑える女性。

 彼女はリノ。魔人族の娘にして魔王専属秘書官。外見上は人間と差がなく、後ろで結んだ金色の髪、凛とした碧眼は人間も魔物も魅了する。


 ただし、今は美しい顔を崩して魔王に詰め寄っている。


「いきなりすぎます! なにがあったんですか!」

「定例会議でな、我を追放させる議案が可決されたんだ。まさか信頼する部下たちに追放されるとは思わなかったよ。やれやれ」

「やれやれ、じゃないですよ! その会議には魔王様も出席していたでしょ? どうして止めなかったんですか?」

「トイレ行ってた」

「バカ!」

「帰ってきたら話し合いが終わってたから、内容を聞かずに承認しちゃった」

「アホ!」


 迫真のリノ。さすがに声を荒らげざるを得ない。


「部下から追放ってクーデターじゃないですか! 呑気に受け入れてる場合じゃありません! 今すぐ四天王に抗議して撤回させましょう」


 リノは魔王の手を引こうとしたが、その手を払われた。


「いや。不要だ。これは正式な会議で決まったこと。これが彼らの望んだ未来なら、甘んじて受け入れる。それが王の務めよ」


 意志が固いとみるや、リノは深くため息をつく。


「……そんなだから追放されるんですよ。魔王様は緩いんです。何事においても」

「緩い?」

「はい。魔王軍の方針から部下への接し方まで、すべてがゆるゆる。歴代魔王の強権政治とは真逆。平和主義というか、ゆとり主義というか」


 リノの言う通り、魔王は陰で『ゆとり魔王』と呼称されるほど温厚な性格をしている。


 現魔王・黒甲冑のクルーシュは今から百年前に魔王の座に就任した。彼の戦闘能力は凄まじく、就任時点で史上最強の魔王と称された。

 クルーシュなら長らく拮抗していた人間との戦争に終止符を打てるのではないか。終わりの見えない争いに疲弊していた魔王軍は期待を寄せた。


 実際、彼は戦争の大部分を止めることができた。しかしそのやり方は想像とは真逆のものだった。


「我が同志たちよ。人間の王と協議して戦闘地域を領土の境界近辺に限定することとなった。これで争いは小規模化する。無用な消耗は避け、ゆっくりしようではないか」


 力ではなく対話での解決。


 モンスターの反応は二つ。

 人間と調和を求める穏健派は喜び、人間の滅亡を求める過激派は非難した。


 とはいえ魔王の決定は絶対。誰も逆らえぬまま百年が過ぎた。

 その百年、大陸統一を目指す過激派の不満は募る一方。おまけに魔王は娯楽や生活水準の向上に力を注ぎ、軍力を縮小させる。このままでは人間に負けてしまうのではないか。不安も膨らんでいった。


 そして我慢の限界を迎えた結果、クーデターに至ったというわけだ。


「過激派の種族をあえて四天王にすることでゆとりの魅力に気付いてほしかったのだが、力不足だったな」


 ため息をつくクルーシュ。対してリノはまだ諦め切れない様子。


「魔王様。今からでも遅くありません。闘う意思を示しましょう。そうすれば魔王の座は降ろされたとしても、魔王軍に籍を残すことは許してもらえるはずです。魔王様は必要な戦力なのですから」

「いや、やめておこう」


 即答する。


「我は我の信念を貫き通す。余生も気楽に生きるよ」

「どうしてそこまでしてゆとりを求めるのですか」


 厳しい魔界で生き抜き、魔王専属秘書にまで上り詰めたリノには理解できない。弱肉強食。それが魔界の常識。

 真剣な眼差しを受けた魔王は小さく笑って、


「ゆとりはいいぞ。一度きりの人生。きつく縛るよりも、ゆーるく楽しんだ方が良いだろ?」

「魔王のセリフじゃないんですよ、それ。魔王とは普通、残酷で厳しいものです」

「固定観念にとらわれる必要はない。我々は自由なのだから。君ももう少し肩の力を抜いたほうがいい。それでは身が持たんぞ」

「余計なお世話です」

「まあ、そういうわけだ。我は魔王軍を去る」


 話を区切る。


「リノ。君とは十年ほどか。短い期間だったが世話になったな」

「魔王様……」

「元魔王だな。とにかく、もう我に構う必要はない。次の魔王に尽くしたまえ。もし何かわからないことがあれば遠慮せず相談しに来るがいい。いつでも対応しよう」


 労いとしてリノの肩をポンと叩き、魔王の間をあとにしようとした。


「……いやです」

「ん?」


 振り返ると、不満げに俯くリノ。


「私、最後まで魔王様の信念を理解できませんでした。このままお別れなんて許せません」

「ならばいっしょに来るか?」

「え?」

「我も一人では寂しいと思っていたところ。仲間がいたほうが楽しいだろ?」

「でも、私には秘書官として魔王軍に貢献するという務めが……」


 迷うリノに、魔王は選択を突き付ける。


「続けたければ続ければいい。我と一緒に行きたければやめればいい。君は誰にも縛れない。自由だ」

「自由……」

「焦る必要はない。時間をかけて考えるといい。君の人生がかかっているからな。我は魔王城の出口で休んでいるから、結論が出たら教えてくれ」


 そう言い残して部屋を出た。


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