01 トイレに行ったら魔王失職
魔王城最上階の一室。魔王軍最高会議室は厳かな雰囲気に包まれていた。
議題は大陸の南半分を支配する人間侵略について。
蝋燭の灯だけが頼りの薄暗い室内で、出席者の魔王軍四天王はテーブルを挟んで議論する。
スライム族の長・スラグランが「西と東に戦力を分散して挟み撃ちにしてみては?」と言えば「いや、防衛ラインの維持を優先させるべきだ」とケンタウロス族の長・ケンタウロロイスが言う。「ふん。小細工無用。まっすぐ潰しにかかればいいだけのこと」魔人族の長・ガランが屈強な腕を組んで両者をけん制し「落ち着いてあなたたち。まずは今月の被害状況の確認が先よ」サキュバス族の長・ユミレが舵を取る。
魔王軍の未来を決める大事な会議。加えて優れた意見を出して魔王に目をかけられるようになれば、次期魔王の座が近づく。集団としても、種族としても、個人としても、この会議にかける想いは強い。
静かに、しかし熱い議論が黒石のテーブル上を行き来する。口論が行き過ぎて一触即発になる場面もみられるほど。
熱を帯びる会議室。
「ちょっといいか」
一時間が過ぎたとき、低く落ち着いた声が議論を止めた。
狭い空間に緊張が走る。
四天王が一斉に議長室に顔を向けた。
「どうしましたか? 魔王様」
無言を貫いていた魔王の突然の発言。議論の内容に不満を抱いたのだろうか。ユミレが恐る恐る尋ねる。
対して、魔王。右手を挙げておずおずと言った。
「すまんが、トイレ行っていいかな?」
『…………』
「さっきから我慢してたんだよ。でも場の緊張感が凄くてなかなか言い出せなかった。でももう限界だ」
よっこいしょ、とオッサンのように立ち上がり、全身を覆う甲冑をカチャカチャと鳴らしながら部屋を出た。
場を乱された四天王は呆れてため息をつくことしかできなかった。
「ふー。出た出た。めちゃ出たわぁ。人食いフィッシュが住んでるクロニカ湖あるだろ? あれくらい出た。我、小便で湖作れるかも」
雰囲気ぶち壊しで戻ってきた魔王。どっこいしょー、とオッサンのように座る。
「しかしお前たち。もっと緩い雰囲気で話し合った方が良いんじゃないか?」
甲冑の奥に揺らめく赤い目を細めて笑顔を作る魔王様。
「こんな固い雰囲気だと気軽にトイレにも行けないではないか。我なんて邪魔しちゃ悪いなと思って我慢したせいで、膀胱が湖になったんだからな。もう少しで大洪水だよ。魔王城が魔王の小便で流されたってなったら人間から笑われるぞ」
「……魔王様。たった今議論が終わり、採決の途中です。我々は全員賛成。あとは魔王様だけです」
「あ、そう。じゃあ賛成で。お前たちを信用しているからな。うんうん。全会一致はいいことだ。で、何が決まったのだ? 軍の施設の増強? 配給の件? それとも人間との交渉? あ、このあとの打ち上げの話とか?」
呑気に尋ねる魔王に、ユミレが淡々と答えた。
「魔王様の追放です」
「はいはい。それじゃあさっそく手続きしないと……え?」
「魔王様。今からあなたは元魔王です」
「へ?」
「では。これにて会議はお開きです。ありがとうございました」
席を立ち、部屋を出る四天王。
残された魔王は席に着いたまま茫然自失。
「え? 我、クビ?」
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